インド仏跡巡礼(36)/サルナート①初転法輪の地 | 創業280年★京都の石屋イシモの伝言

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サルナートは“初転法輪の地”で有名な仏教四大聖地の一つである。

初転法輪(しょてんほうりん)とは、釈尊(ブッダ)がブッダガヤで
悟った後に、初めて人に法(教え)の輪を、転じ(伝え)た事を云う。
 
法輪は古代インドで使われた手裏剣ような武器。その破壊力の如く、
仏の法(教え)が、人々の迷いや悩みを打ち破ると云う、喩のようだ。

法輪の形は、釈尊(ブッダ)の教えを八方向に広めるとの意味合い
から車輪のように描かれているが、インドで仏像が作られる以前は、
仏足石や蓮華と同じく、釈尊自身を象徴する形として描かれていた。

また法輪は、現インド共和国の旗の中央にも、デザインされている。

 


 サルナートは、ベナレスの北方約10kmの地点にある。

聖地として3000年以上の歴史があるベナレスに近い、この地域は、
古くから学問の中心地であり、多くの思想家や修行者が集っていた。

ブッダガヤで悟りを得た釈尊(ブッダ)は、その教えを誰かに伝えよう
と思うが、周りには理解できそうな人がいなく、昔、苦行仲間だった
五人の修行者が、サルナートにいる事を知り、この地をめざした。

約250kmの道を約1週間かけて、一人、釈尊(ブッダ)は荒野を進んだ。

                                        ◆

早朝のガトーからホテルに戻り、朝食をすませて、バスは出発した。
今日の午後には帰国する為、荷造りは既に終えている。

早朝の“ベナレスの衝撃”がまだ、胸に強くのしかかっている、が、
そんな凡夫におかまいなく、バスはサルナート遺跡公園へと向った。

途中、バスは遺跡公園の800m程手前にある「迎仏塔」で止まった。

  

此処は釈尊と修行者との再会場所とされ、後世に塔が建立されたが、
既に崩れ、今、煉瓦で積まれた塚の上にある八角の塔は、16世紀に
インドを統一したイスラムのムガル帝国が建てた見張りの塔だと云う。

仏教出会いの場が、イスラム見張りの場に…。世は常ならずである。




初め、修行者達は、釈尊が会いに来たら、無視するつもりだった。

苦行を止め、乳粥を食べた釈尊は、堕落したと軽蔑していたからだ。
だが釈尊が近づくと、そのオーラに圧倒され、彼らの態度は一変する。

或る者は釈尊の鉢を受け、或る者は上衣を持ち、座る場を開ける者、
足を濯ぐ水を持つ者と、思わず、夫々が歓迎の意を表したのである。

                               ◆

釈尊(ブッダ)が修行者達に、初めて法を説いた「初転法輪」の場所は、
この先の遺跡公園内に残る、ダルマラージカ塔跡だと云われている。

我々は「迎仏塔」を後に、再度、サルナート遺跡公園へと向かった。


インド仏跡巡礼(37)へ、続く