《福っくらトーク》の話題は節分の「鬼」です | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

《福っくらトーク》は「福」ならぬ「鬼」です。

写真図1 ポスター

     玉尾照雄《福っくらトーク》代表作成

日時:2月3日(土曜日)午後2時~3時30分

会場:妙壽寺会館(駐車場有) 福島区鷺洲2丁目15-10

 

ポスターにはお馴染みの怖そうな鬼さんの顔が見えます。

 

写真図2 パワーポイント版表紙

「福は内、鬼は外」

第8回 福っくらトークの話題は

「言葉から探る「鬼」の正体」です。

はたして鬼さんは、大昔から悪者なのでしょうか?

そんな問題意識から調べ始めました。

 

写真図3 コンテンツ

1 大阪「鬼」めぐり 

2 「鬼」の成句

3 「鬼」の形相

4 絵巻物の「鬼」

5 「鬼」の善行

6 節分の「鬼」の正体

 

《1 大阪「鬼」めぐり》では、

「渡る世間に鬼ばかり」都会大阪に

「鬼」めぐりをしました。

道頓堀の戎橋南詰西の「グリ下」に出かけました。

昔、風邪が流行った時、風の神を送ったのが市中の川々です。

昔、戦争があった時、焼け野が原に賽の河原の地蔵さんの傍らに鬼が佇んでました。

昔、祭りの宵、大江山から鬼が橋の下で見物客が溢れ墜ちるのを待機していました。

 

《2 「鬼」の成句》を挙げましょう。

「鬼に金棒」、「鬼の空念仏」、「鬼瓦にも化粧」

「鬼瓦」なんぞ睨みを利かしていますが、

「鬼鰧(おにおこぜ)」なんぞグロテスクですが、美味らしい。

 

今回の調査で一番、厳つい顔はこれです。

《3 「鬼」の形相》の一コマです。

写真図4 賽の河原の地蔵さんの傍らの鬼

まるで歴代トップの記録を樹立した横綱の、

制限一杯一杯時の気迫の籠もった面構えを彷彿します。

 

《4 絵巻物の「鬼」》では、

画質は悪いですが、今日の鬼の原形と云うべき鬼の形相を

アップします。

折口信夫「神々と民俗」1954年1月によりますと、

「残忍無慚なもので、その憎むべき心」を表現したもののようです。

鎌倉時代の絵巻に描かれた鬼の形相を御覧に入れます。

 

いったい何時から鬼は悪者扱いされ、追い払われる存在になったのでしょう。

一般的には宮中に奈良時代から中国から齎された「追儺の儀」が嚆矢とされます。

ここで『広辞苑 第七版』 (C)2018 株式会社岩波書店で確認します。

◆つい‐な【追儺】

 宮中の年中行事の一つ。大晦日の夜、悪鬼を払い疫病を除く儀式。

 鬼に扮装した舎人(とねり)を、内裏の四門をめぐって追いまわす。

 大舎人長が鬼を払う方相氏(ほうそうし)の役をつとめ、黄金四つ目の仮面をかぶり、

 黒い衣に朱の裳(も)を着け、手に矛・楯を持つ。これを大儺(たいな)といい、

 紺の衣に緋の末額(まっこう)を着けて大儺に従って駆けまわる童子を

 小儺(しょうな)とよぶ。(以下略)

 

本番《7 節分の「鬼」の正体》では、

『公事十二ヶ月絵巻』 冷泉為恭画「追儺」国立国会図書館デジタルコレコレクションで

サラッと紹介します。

この宮中の「追儺」は民間の社寺にも波及したものの、

「鬼を払う方相氏」が鬼役を務めるなど、

渡来の行事は相当、手が加わったようです。

 

いったい「鬼」は何者なのでしょう。

《5 「鬼」の善行》を踏まえるならば、

一概に悪者とばかり云えません。

私たちが目に為る鬼さんは、いつも退散を余儀なくされる

弱い鬼さんばかりです。

この演出には意味がありそうです。

 

折口の「豊橋鬼舞」(昭和22(1947)年作歌)の歌で締めます。

〽山の鬼 里におり来て舞ふ見れば、

 しみゝに 春は到りけらしも

長閑な里の春の景です。 

 

いつもの《福っくらトーク》です。

和やかに情報を交換しましょう。

参加手続き不要、参加費無料です。

毎回、20名程度で開いています。

お早めにどうぞ。

 

究会代表

大阪区民カレッジ講師

大阪あそ歩公認ガイド 田野 登