最後の大花見前日のご案内 | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

2024年3月31日は、

大阪市港区磯路桜通りのお花見の最後の日です。

大阪あそぼ市岡安治川コースでは、その前日30日にガイドをします。

3月18日(土)に下見をしました。

 

JR大阪環状線弁天町駅をスタートします。

駅舎東側は2025万博に向けて工事中です。

コースは北進し、まず波除公園に。

さながら安治川開削時に川村瑞賢が築いた「波除山」を擬えたかの如き、

人工の山が設えられています。

写真図1 波除公園の人工の山

当日は「登山」して国見をしましょうか?

今日3月27日の陽気に花盛りかも?

この日は、安治川水門を安治川左岸を行くも、閉じられていて、

いっそ安治川大橋から全貌を一目見んとて

長い階段を登り川の中央に立ち、下流を眺めました。

なんと閉じられていた水門が海に向かって起き上がり始めました。

写真図2 安治川水門作動開始

登り口で、その高さに泣きじゃくっていた園児をあやしていた母親に

「水門が動き出しましたよ」と大声で知らせました。

親子とは50mほど離れて、暫し一緒に眺めていました。

園児もご機嫌を取り戻したのか、礼を言われて立ち去られました。

写真図3 平常時に戻る寸前の安治川水門

水門が平常時に戻ったのを確かめ、

長くて緩いスロープを下り、西進し弁天東公園の「波除山碑」に向かいました。

なぜ、この水門にこだわったのかですが、

実は、三大水門と云われる安治川、尻無川、木津川に架かる水門は、

前にあった0万博の年、1970年に設置されたもので、老朽化が進み、

撤去され新たな水門が建設されるとのこと。

これが最初で最後の見納めでしょうか?

 

前の万博に先立つ1965年、弁天埠頭が完成しました。

それが埠頭の一部の建物を残し観光バスの駐車場とトラックターミナルとなりました。

今や懐かしの瀬戸内航路です。

写真図4 弁天埠頭緑地から東の眺め

上流に安治川水門が見えます。

磯路町通を南下し中央大通、みなと通を西進します。

お目当ては、磯路桜通りです。

 

お馴染みの白地に紅色の「磯路三丁目 桜通り」

桜通りを世話する桂音会の旧音羽町側からの看板です。

写真図5 「磯路三丁目 桜通り」

桜の蕾は固い、まだ開花は先のことです。

通りを隔てた桂町側にも看板が立っています。

「3/31㊐桜まつりの為 通行止め 午前九時より午後五時まで

 ご協力お願い致します。」

やったア。コロナ禍明けの久々のイベントか?

それも大阪あそ歩の翌日です。

それにしても昨夏は、老朽化している桜の木を切るとかの

掲示が桜の木に括られていたはずです。

あそ歩を始めて10年来、年に数回しか訪問しない者のとまどいです。

この日は、訊ねる方は昨年亡くなられておられない。

 

この日も夕凪の交差点まで出て、市岡パラダイス跡地をめぐって

いつもの小学校近くの文房具店のあった掲示板に目を走らせました。

「磯路地域活動協議会通信133号」2024年3月とあります。

◆町並み清掃 3月30日(土)7時~8時

 桜通り・小学校周辺

 桜まつりの開催に向けて、清掃作業のご協力よろしくお願い致します。

 

「桜まつりの開催」とあります。

大阪市による伐採計画は、住民の反対によって頓挫したのか?

桜通りには、手作りの雪洞が吊り下げられています。

校舎フェンスにはメッセージのようなのが貼られています。

「磯路小学校2023年5年生さくら通りproject

[私達の想い]」とあり9名の児童からの桜へのお手紙でした。

中に、こんなのがありました。

◆毎年春に木の上から学校や児童たちを見守ってくれてありがとうございました。

 さくら通りには思い出がたくさんあります。

 そう思うととても悲しいです。

 本当に60年間、今まで私達を楽しませてくれてありがとう!

 

桂音会HPに当たり、「最初で最後」を目にしました。

◆桜まつり/2024 3/31㊐ 10:00~16:00 最初で最後。

 大阪市港区桜通りで大花見

また同HPには、大阪市建設局「樹木撤去のお知らせ」が貼付されています。

このお知らせは昨年、見た文書です。

 

コースの詳細情報、お申し込みは

  ↓

https://www.osaka-asobo.jp/course717.html

 

究会代表

大阪区民カレッジ講師 田野 登