〈解放②〉相手を通して振り返れる自分の向き合うべき課題について | “私”と世界に恋して生きる♡ブログ/かまたりほ/在り方・恋愛・美容・生活

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この記事の続き✍️✨ 




もう次に進みたくて、散々向き合った上で

「これはもう許して次に行くんだ」って、

きっともう大丈夫、終わった事だって


そう思っていたけど泣き笑い



実はそれらを理解して、自覚して

ちゃんと受け止めて進めたのは

今なのかもしれない看板持ち


と、なんだかいま、改めて自覚してる!笑



でも、それでいいのかも知れないって

今だから思うこともあったから

それも続きで書こうと思います☺︎




私が自分自身にある「強さ」も

ちゃんとわかってあげたい

自覚したいと思ってて


それを自覚するにも、進むにも

必要なことは

自分の不完全さ、ネガティブと

隣り合わせに、一緒に共存していく

そういう弱さを認めることだと感じてた。




そして、そういう自分のできなさ

不完全さを体験したときにはいつも


私は相手を不快にしてしまう。

それは私のせいなんだって

散々向き合って自分を責める声があって、



それは”もう終わったと思ってたとある事”

に対して、まだ怒りの気持ちや

「あなたのせいだ!!」と責める気持ちを

感じたと同時に


自分を自分で縛る意識だったり、

人に実は責められなかったんじゃないか?と


そういう自分の気持ちに

改めて向き合うきっかけになっていました。




私がどうしてずっとそのことを

許せなかったか?というと、


やっぱり、わかってもらいたい

という気持ちがあったからだと思う。




それで、この前の記事を書きながら

自分が整理できたのか、


前回の記事では、



なによりも、私が聞いてもらえない

寂しさや我慢をわかっていなくて、

そんな思いをしたくなくて、

人を勝手にそう観てたんだって思った。



こう書いたんだけど、



さらに何が寂しいのか?我慢してたかって、




私は完璧なはずなのに、

私は愛されるはずなのに、

この世で1番なはずなのに、


私はすごいはずなのに、

あなたよりすごいのに!!




それでも1番には、なれない

認めてもらったり、評価してもらったり、

褒めてもらえることもない。


それを認識してもらって

承認してもらって、「私のすごさ!」を

全然理解してくれない😭!!



と、思い込んでいて、



そんな寂しさや、怒りがあったこと、

それを前回の記事を書いたあとに、

改めて感じていました😌




この「あなたよりすごいのに!」は、


自分をすごく大きいものと捉えていて

その対象は(やっぱり)母に対して

感じていた気持ちだった。



と、なると、私はきっとお母さんの事を

すごく弱くて、小さい存在だと

ジャッチしていて


それは、私を認めてくれない、

私を尊重してくれない、


私を舐めてる!弱く扱ってる!

って言う、怒りという名の甘えと

自分自身のことを「愛されない存在」だと

決めつけていて




それは、自分のネガティブな気持ちの

受容・体感だったり、


存在をただ認めてもらったり、

尊重してもらってない!!!と

そっちにフォーカスしていたからだった

そう思い込んで疑わなかったんだ、

そう感じた。






だって、「私はすごいのに」と

自分の存在の大きさを、自分で自覚してるのに

それでも、それであっても認めてもらえない

(という思い込みなんだけど)


となると、それを認めることすらも

結構きついな…と思った。




だって、もうどんなに完璧でも

どんなに欠けてるところがなくても

それでも、認めてもらえないとしたら


どこかなにか、「この欠けてる所のせいだ」

ってできるより、きつい…。


だってもう、何のせいにも誰のせいにも

できなくなっちゃう。

ああ、そうか。ってそれらを認めて

受け入れるしかなくなっちゃう。



私はそれが悔しかった

負けるみたいで、

すごく嫌だった泣き笑い





でも何度もこういうことに向き合って来て

肌感覚で、これが不完全さと完璧さが

同時に存在するってことだと理解できて


あるものしか”ない”


と言う矛盾、

二極、陰陽、光と影、男女、

ネガティブとポジティブ



それらの本質が、自分でわかった気がして

「ならもう降参しよう」って


それらと戦うことを、説得することを

わかってもらう事の土俵から

すんなり、自分から降りれた気がしたんだ。






実は少し前に、この件について

「どうしたら良いだろう?」とモヤモヤしてて


でも誰にでも言える事じゃないな…と

悩んだ結果勇気を出して

相談したことがあった。



そこで貰ったアドバイスは、


りほちゃんが、自分をジャッジするのを

やめられたら完全に離れることを

許可できると思うよ☺︎

という言葉だったスター




そのときは、今みたいに全てを

理解できたわけじゃなかったんだけど



でもいまは、その言葉の意味も

それがどう言うことかも、

なんだか、すごくよくわかる。





結局、私が許せていなかったのは私自身で、


それを、とあること・とある人物を通して

私が体験する事で、自分のそれらに

向き合うチャンスやタイミングを

貰っていたんだね。




そしてそれは


不完全なまま

あらゆることに

一歩踏み出す


という今の私の課題にも繋がってる✨





私、自分で今回のことに向き合ってる中で

「これもあれも本当はこうしたいという

 気持ちがたくさんあったのかもしれない」

と思ったんだ。


でもそれに踏み出すことができなかった。



それは行動面でもあるし、何か思いや

気持ちを伝えてみたりとか、

断る・お願いする・頼るとか

色んなことが含まれるんだけど



それらも結局、

自分から踏み出すことができなかったのは



失敗することや、できない経験をすること、

時に「届かないこと」もあること、

形にならないこともあることを

体験・経験することになるからだった。



そういうときに感じる

ネガティブな気持ちや、ダメな自分を

感じることそのものを私は自分で

わかってあげられる強さがなかった。





そういうとき、どうするのが楽か?って


誰かに答えや承認をもらうことだったり、

また逆に誰かを、承認するフリをしたり

誰かを助けるふりをして、

自分のことを観ないでいること。



私きっとそれを、人に求めていたから、

「わかって欲しい気持ち」や

説得したり、相手を気にする意識が

抜けなかったんだね。






そこまで理解して、はじめて

そしてやっと「感謝」を感じながら


私の意識の中で、もう卒業できて、

離れられると思った☺︎



ありがとうという気持ちと共に、

私自身の課題と、「こうなろう」

っていうなりたい姿のビジョンも見えた✨!



またまた、長くなりそうなので

見えた課題やビジョンは次に書きます!♡