小説「雨が降り出して5分後に電話が通じたら」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

願掛けをしている。
しかしそれを人に話すと皆呆れて、
「しゃんとしなさいしゃんと!」
と怒るんだか励ましてるんだか、叱咤、のようなことになる。
でも私は密かにこの願掛けに一縷の望みを託していて、
いつも期を伺っているんだけど、願う力が弱いのか単にまぬけなだけなのか、
未だ願いは叶わないままでいる。
私は雨に願いを掛けている。
「雨が降り出して5分後に電話が通じたら、
本当のことを話す。」
誰にめめしいと言われても、大事なことを片付けず
だらだらだらだら生きてるんだと言われても
私はどうしてもこの意味の無い呪詛に自分の先行きを託したいのである。
うけい、と言うものがあったそうだ。
コイン占いみたいなものだと思う。例えば息長姫と言う人が、
自分の先行きを占うのに川で釣りをして、
姿のうつくしい魚がかかれば吉兆、
姿の醜いさかながかかれば凶兆、
と念じて釣り糸を垂れていたら、アユがかかったのだそうだ。
後にそのお姫様はあっとう様な富を手に入れた、というお話だった。
そういう感じ。
あらかじめ、こういう結果になったら未来はこんなふうに変るだろうと、
願いを立てて、私は雨が降るのを待っている。
雨が降り始めて5分後に電話が通じたら
本当のことを話す
本当に、ちゃんと本当のことを話す。
だから私はいつも雨が降るのを待っているのだけど、
私はいつも5分後を逃す。
あるいは電車の中で。あるいは会議中で、あるいはトレイに行っている隙に、
あるいはあるいはもっとどうしようもない理由で。
別の家に暮らしてそれなりに自分を気にかけて、
待っていてくれている人に、私は本当のことを話したい。
私は今どんなものに必然性を感じていて何を大事にして
どんな暮らしをしているのかを。
全部本当のことを話してあげたい。
どうぞもう待っているのは辞めてくださいと言って上げたい。
だから私は雨が降り始めて5分後に電話を掛ける。
しかし私はその時を逃す。いつだって逃す
私の願いは、
この先ずっと、叶うことも無い気配。