【冒頭サンプル】眼鏡、口紅、サイコキネシス | つうしんたいきちゅう

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ポケモンの小説やゲーム状況や何かの感想など

 さすが日曜の昼間とでも言おうか、ホドモエマーケットは沢山の人やポケモンで賑わっている。店の客引きの声や買い物を楽しむ話し声、お菓子でもねだっているのだろうヨーテリーの鳴き声など様々な声が聞こえてくる。そんな賑やかな大通りを行き交う人が、次々に私のことを振り返っていく。
 ある人はランニングを一瞬ストップして、ある人は一緒にいる友達と声をひそめて何事かを囁き合って。散歩中らしい人は連れていたミネズミに怪訝そうな顔で見上げられても尚、私に目を向けた状態で立ち止まっていた。
「ねえ、あの人って……」
「もしかして……」
 フェアリーポケモンのキーホルダーやぬいぐるみを鞄につけて、ミニスカート以上にスカート丈を上げた女子高生たちがひそひそと話している。チラチラこちらを伺っているその様子がチラーミィみたいだ、と思いながら素知らぬ顔で前を通り過ぎた。「ママー、あの人ー」と無邪気な声で私を指差す子供に、その母親は「こらっ! しっ!」と慌てて声を尖らせる。
 やっぱり目立つのかな、と思いながら軽く頭をかく。ジムリーダーや四天王のような人は別としても、青髪のエリートトレーナーやスキンヘッドのように、奇抜な見た目の人なんていくらでもいるのに。カロスの一部で流行っているらしいバッドガールファッションのあまりの奇抜さは、私の理解の範疇を軽々と超えているほどだ。
 明るい緑色に光るこの髪だったら染、めていると言えば良い。頭部に二つ、ちょこんと乗った赤い角だって、少々個性的なアクセサリーと言っておけばいい。吊り目がちだということの方がどちらかと言えば気になる瞳の赤さは、カラコンの色よりも控え目だ。私をじっと見ていたけれどこちらの視線に気がつき慌てて目を逸らす人が、黄色い縁の伊達眼鏡のレンズ越しに見える。
 それでもやはり人目をひくのは、全身から発している違和感のようなものだろうか。どうしよう、やっぱり髪は染めようかな。だけどこの色は気に入ってるし、染髪料は驚くほど高いからそれは避けたい。
 それに、そこまで気にする必要もない。いくら髪が緑で、角みたいな何かがあって、眼が常人のそれと違う色形と言ってもそんなのはほとんどの人にとっては一過性の違和感にしかならない。その程度の興味よりも、もっと単純に心を惹くような魅力の方が、ずっと影響力が大きいだろう。
 実際、今だってそうだ。私に向いていた好奇と疑問の視線は瞬く間に別のものに奪われて、一斉に驚嘆と羨望の色に変わる。この変わりよう、もう慣れたことだけども疲労感を覚えてしまう。まあ、気持ちはわからなくもない。私が同じものを見ていたら、同じ反応をするのだろうから。
 至極自然なことだろう。たかだか「なんかすごいキルリアっぽい」くらいの特徴を持った女の子に向けられる興味など、たかが知れているというものだ。
 それならばもっとこういう、

「ラシュナちゃん! ごめん、待った!?」

 なんでこの子、モデルとか目指さないかなあ。
 道行く男の人のもの女の人のものも、込められた意味は違うにしても視線を独り占めしてこちらに駆け寄ってくる友人に手を振りかえし、会うたびに思うことがまた今日も頭に浮かんだ。


 人と結婚するポケモンがいて、ポケモンと結婚する人がいた。
 昔は人もポケモンも同じだったから普通のことだった。
 シンオウ地方に伝わるこの昔話は有名だけど、これはファンタジーな話ではない。「昔」でなくなった今では「普通のこと」じゃなくなったけれども、人とポケモンの結婚は、この世界の片隅でまだ為されていることなのだ。
 出身地の風習だとか、パートナーになったポケモンとそういった意味でも一生を共にする決意をしただとか理由はそれぞれだけど、今も尚、その文化は消えていない。
 とはいえ数は極端に少ない。公に法律で禁止されているわけではないけれども、暗黙の差別対象ではあることがその理由の一つだ。ポケモンと結婚した人間も、その間に生まれた子供も。変わり者、とみなされた人間に良い未来が待っている可能性が高いとは決して言えない。
 それでもまだ、人と結婚するポケモンがいる。ポケモンと結婚する人がいる。
 私の両親がそうだ。私の父はエルレイド、母は人間。父がラルトスで母が幼い少女だった頃からの付き合いだという、カロス出身の両親は周囲の反対を押し切って結婚に踏み切ったらしい。ここ、人種の坩堝とも呼ばれるイッシュと違って向こうの方では差別がもっと激しいだろうに、両親のエネルギーと決断力と、そしてある種ののうてんきさには感服せざるを得ない。
 まあ、それは少なからず娘である私にも受け継がれている気がしなくもないのだけれど……。俗に言う「ハーフ」、高校に上がったあたりでポケモンの血がキルリアに進化した私は思う。
「緑頭、きめー」
「ホワイトフォレストに帰ってくださーい」
 小学校や中学校でそんなことを言う馬鹿はいたけれど、大概は無視とスルーで通していた。彼らが本心からハーフを気持ち悪がっているというよりは、誰かを攻撃したいだけだということは察していた。それが私の性格によるものか、それとも父親譲りの特性によるものかは不明だけれど。とりあえず、そういう輩は放っておえば飽きていなくなるし、あまりにも目に余った場合はエスパー技で懲らしめれば解決したものだ。
 共通の趣味を持つ友達もいたし、年齢が上がるにつれてそういったイジメのようなものは無くなっていった。所詮、私がハーフだということなんて周囲の人間にとってはその程度のものなのだろう。近くにキルリア人間がいることより、自分の進路とか趣味とか残高とか、そんなことの方がずっと重要になるのだから。
 大学二年生になった今では自分がハーフなのだと自覚するのなんて、先ほどのように赤の他人からの視線を集める時と、初対面の人の驚きまじりの顔、あとは通りすがりのかくとうタイプから怯えの目を向けられる時くらいのものだ。もう、私は見た目を除けばほぼ人間である。

 人間として生きる。
 ポケモンと人間のハーフではなく、人間として生きる。
 幼い頃から私はそう決めていて、きっとこれからもそれが揺らぐことは無いのだろう。


「それにしても、ゼミの課題がドラゴンポケモンの捕獲だなんて面白い教授だね~」
 とりあえず入った手近なカフェで私と向かい合って座り、頭にモルフォンをとめてのんびりと笑っている彼女もまた、私のことを特異な目で見ない人の一人だ。高校生の頃に知り合ったこの女の子は、出会った当初から私をそういった意味で特別視したことはない。ホドモエ大学携帯獣学部という、同じ進路に進んでからもそれは同じである。
 もっともこの子の場合、私が完全な人間だろうと完全なキルリアだろうと、もっと言えば二足歩行して喋るバッフロンだろうと、何も気にせず接してくれるのかもしれない。むしポケモンとポケモンバトルのことで脳内の八割ほどが構成されているような気がする彼女は、それ以外のことならば何が起ころうとほとんど動じない性格なのだ。
 むし使いのエリートトレーナーを目指す彼女は相棒のモルフォンをはじめ、アリアドスやシュバルゴ、アギルダーなどを華麗に操るかなりの凄腕だけれども、バトルフィールド以外での彼女は単なるむしポケモン厨としか言いようがない。このカフェがポケモン同伴なことをいいことに、最近育て始めたのだというメラルバを膝の上に乗せて撫でている。すごい幸せそう。
 綺麗にウェーブのかかったブロンドの髪、ピンクにほんのり染まった頬と碧色の大きな瞳。肌は俗に言う「陶器のよう」で、優しく温かみのある白さとなめらかさだ。オマケにメリハリのあるスタイルは抜群で、スカートから覗く素足は長い。キルリアのフォルムのせいか母親からの遺伝のせいか、いあいぎりで切れることでお馴染みの木みたいな胴体である私からすると、時々カゲボウズを呼び寄せそうになってしまうほどである。
「ちょっとマートル、他人事だと思って笑ってるでしょ」
 もしもポケモンバトル以外のこと、例えば自分の容姿の価値にもう少しでも興味があれば、この子の人生は多いに変わったのだろうな、などと思いつつ口を尖らせる。彼女の着ている半袖ブラウスの水色に、頭上のモルフォンの鱗粉が舞い落ちてきらきらと光った。
「ドラゴンポケモン専攻コース、まさかこんな罠があるだなんて……」
「えー、楽しそうじゃん! 私のゼミなんて文献使っての研究か、教授の手伝いばっかりだもん。そうやって外に出るような活動全然無いし、夏休みの課題なんてアレだよ? ヌケニンにならなかったテッカニンの抜け殻を探して標本にして来いって奴」
「それはそれで嫌ね……確かに、ゼミみんなでフィールドワーク行ったりは楽しいし、教授も愉快な方だけど……」
 だからと言って今回ばかりは話が別だ、と言う代わりに溜息を一つつく。二週間後に控えた大学の夏休み、私は一つの壁にぶち当たっていた。
 携帯獣学部携帯獣学科では二年次の春から、タイプごとの専攻に分かれての研究をゼミ単位で行う。彼女、マートルは勿論の事むしポケモンゼミで私はドラゴンポケモンゼミ。見た目や能力の格好良さという理由と、学外活動の盛んな楽しいゼミだと評判だったのだ。高い倍率を幸運にもくぐり抜けて入れたのだけれども、三日前のゼミで二年生に宣告された夏休みの課題が私にとって地獄なのである。

 ドラゴンポケモンを、一匹捕まえてくること。既に持っている者も新たに捕獲、尚野生ポケモンに限る。

 私のようにバトルに明るくない学生にとっては非情な宿題だ。ドラゴンポケモンは小さいうちから強い個体が多く、その上プライドも高く人間に対してそう簡単に懐いてくれない。つまり、捕獲には他のタイプ以上にトレーナーとしての実力が問われるのである。そんなポケモンたちに慕われるドラゴン使いが一目置かれるのもそのためだ。
「この子はバトルのためのポケモンじゃないし、あまり強いわけじゃないから無理させたくないの。それに、……」
 私の足元で行儀良く座っているデルビル、アルトはバトル向きに育てていない。物凄く弱いというわけではないと思うけど、ドラゴンポケモンと張り合えるかどうかと聞かれたら少し考え込んでしまう。私の視線に「くぅん」と申し訳なさそうに鳴いたアルトに、心配しないでと頭を撫でた。
「それに?」
 マートルが自分も負けじと足元のアリアドスの頭を撫でながらいう。話をわかっているのかわかっていないのかは不明だけど何やら気になるらしい、空いた椅子に座っているシュバルゴとアギルダーも私を見た。
 はあ、ともう一度溜息をつく。それに、の後に続く別の理由。どちらかと言えば、こっちの方が重要だった。首を傾げるマートルに、私は重い声で言う。
「それにさ……だって、私だよ?」
 マートルが「あっ」と思い出したように顔を曇らせる。その様子をモルフォンの丸い目玉が覗き込んだ。
 私は、かくとうポケモンやドラゴンポケモンと折り合いが悪い。勿論、こちらに攻撃する気なんて毛ほども無い。無いけれど、私の半分を占めるエスパーとフェアリー、相性の悪いタイプの相手だということで、向こうは警戒してしまうのだろう。トレーナーがいるポケモンでも野生のポケモンでも、その二つのタイプのポケモンはどう控えめに見ても私を避けるのだ。
 うぬぬ、とマートルが形の良い眉を寄せて渋い顔になる。大学構内で、遊びに行った先で、私がポケモンに避けられているのを彼女は何度も見てきた。私がドラゴンポケモンを捕まえることがいかに困難なのかよく知っている一人である。
「やっぱり、ちゃんと教授に説明してどうにかしてもらった方が」
「そうだ!!」
 気の抜けた声色で吐き出される私の言葉を、マートルの明るい声が遮った。一体なんだ、と私だけでなく机周りのポケモンたちも彼女を見る。
「リュウラセンの塔だよ! あそこに行けばドラゴンポケモンいっぱいいるし、ラシュナちゃんのこと怖がらない子もきっといるって!」
「リュウラセン……まあ、それは確かにそうだけど……」
 名案だとばかりに声を高くするマートルとは違い、私の歯切れは悪い。そう、リュウラセンの塔まで行けばドラゴンポケモンの生息数はぐっと多くなり、同時に強気な個体がいる可能性も高くなる。だが、肝心の私とアルトがそこに住んでいるポケモンたちと相対出来るようなレベルには程遠いのだ。下手をすれば、ドラゴンタイプに出会う以前に他のポケモンに倒されることだって大いにあり得る。
 変な意地を張る相手でも無いので、正直に「私そんなに強く無いから」と肩を竦める。しかしマートルは底抜けに明るい声で「大丈夫!」と返してきた。
「私も手伝うから! ほら、むしポケモンはドラゴンに相性いいもん」
「そんな、流石にそれは悪いよ」
「ううん、私もバトルの特訓になるし。あの辺トレーナーさんいると思うんだ、いい機会だよ」
「でも遠くない? 一日で出来るかどうか、あまり自信無いんだけど……」
「じゃあ泊まりで行こう! せっかく夏休みだし、セッカ観光も兼ねて。なんか安い民宿探してさ!!」
「ふむ……」
 子供のように、彼女が目を輝かせて無邪気に言う。旅行、か。なるほど、長い夏休みだしいいかもしれない。彼女と行けば楽しいこと間違いなしだし。
「いいね、うん……行こう! リュウラセンの塔!」
「決まりだね! 早色々調べないと……」
「失礼いたします、ご注文のパスタセットAと日替わりランチ、本日のきのみプレート六つになります」
 盛り上がる私たちに料理が運ばれてきた。トレーを手に席まで来てくれたウェイトレスの視線がまずマートルの顔に行き、ちょっとの間を置いて私に移る。先程注文を取りにきたウェイターと全く同じその動きに、通りにいた時と同じ安堵を覚えつつも若干複雑な気持ちになった。特性で例えると、とうそうしんと言ったところだろうか。
 微妙な顔をしていたのだろう、モルフォンを頭から下ろしてプレートの前に移動させていた彼女が疑問の色を表情に浮かべた。その可愛さに、私のニドラン的感情などあっという間に掻き消える。純粋そのものな親友に抱くのはいつも癒しだ。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。それよりさ、まず何から調べればいいかな……やっぱり泊まるとこ?」
「私たち飛べないし、バスも見ないと……」
 オリジナルブレンドのコーヒーを一口飲んで、携帯から旅行サイトを呼び出す。足元のアルトがマトマの辛さに吠え声をあげる隣では、アリアドスがゴスに牙を立てている。モルフォンが優雅にシーヤの汁を吸っている脇でシュバルゴとアギルダーのコンビが仲良くヨロギを分け合っている……と思いきや、あれは互いに押し付けあっているだけだった。黄色の実が二匹の間を行ったり来たりする。
 ちゃっかりマートルのサンドイッチを分けてもらっていたメラルバが、気持ち良さそうに膝に丸まる。私たちが大体の予定を立てて店を出た時には、とうに日が西に沈んでいた。


「ただいまー」と玄関口で声をかける。すぐに家の中へ走って行こうとするアルトの腰を引っつかんで止め、下駄箱横に置いてあるタオルで足を拭いてやった。うう、と唸り声をあげる口から舌が垂れる。
「あら、お帰りなさい」
『お帰り』
 菜箸を持ったエプロン姿のママが廊下の向こうから、胸の赤い突起にお風呂用のタオルを引っ掛けたパパが洗面所から顔を覗かせる。ポケモンセンターにいるポケモンとコミュニケーションを取り、症状を人間に教えるのが仕事のパパは私とママ、仕事場であるセンターの人間たちにこうして念力でものを伝えている。けれど私は、そして他の人間は多分それ以上に、複雑な情報はあまり受け取れない。それでもママとはかなり「話して」いるらしいから、その辺りは夫婦の成せる業というものなのだろう。
 両親にもう一度ただいまを告げて階段を上って自室の扉を開ける。洗面所兼脱衣所はパパが使っているから、うがい手洗いは後回しにすることにした。アルトが自分の定位置であるベッドの右下に飛び乗っている間に、私は学校のテキストやレポートの資料が積まれた机に置いたパソコンのスイッチをつける。ウィーン、という音と共に画面が明るくなった。
『おーい』
 ソフトを起動して、今はカントーで一人暮らしをしている中学以来の友達、そして少しばかり特異な趣味を持つ同じ穴のマッスグマにチャットを飛ばす。彼女はもう夏休みのはずだ、どうせ作業中だからすぐ反応するに違いない。
 案の定チャットが素早く返ってくる、どうせ今回もまたギリギリなのだろう。ちょっとからかってみることにした。
『おうどうした』
『進捗どうですか?』
『順調だったらお前のチャットなんぞに反応してないでタマムシデパートでパフェでも貪り食ってるわ』
『そう思う~~~』
『腹立つわ~~~ 』
 カントーのヤマブキで年二回開かれる大規模同人即売会、コミマート。チャット相手も私も、その辺りの文化にかなり傾倒しているのだけど深くは語るまい。まあ、中学時代に美術部メンバー揃ってうっかり道を誤り、今や自分たちが出す側になったというわけである。今年の夏も三日目に参戦予定だ。
 彼女と合同サークルでイベント参加するのはこれが初めてでは無いけれど、夏休みの宿題を溜め込むタイプの彼女はいつも締切という敵が相手の、ピッピにんぎょうの使えないバトルで目の前が真っ暗になっている。予想通り今回もそうらしい、「これが脱稿の余裕か~~~いいな~~トリックルームして」などとチャットが飛んできたけど、悪いのは自分なので無視を決め込むことにした。
『私さー、ゼミの課題と観光兼ねて一週間リュウラセン付近に旅行することにしたんだ』
『一週間!? 長いな、でも大学生だとそんなものか。ああ、それで原稿手伝えないってこと? 今回は前ほどやばくないから大丈夫大丈夫』
『あ、それもあるけど。良かった大丈夫で……違うんだよ、むしろ逆。この前背景手伝ったおんがえしってことで頼み事したいんだけど、入稿後でいいから』
『んー? それならいいよ、こないだ助かったし。何?』
『コピー本出すことにした。文書データ送るんで製本お願いします』
『は!? あんたバカじゃないの、今から一冊分書くって!?』
『だってだってだって!! あんた今月号のトレーナーマガジン読んでないの!? サブマスインタビュー記事マジ上下!!』
『いや、今号ギーマさん載ってないから……そうなんだ、あんた本当に好きだね……』
『滾ったから死ぬ気で書くわ、というわけでよろしく』
『おう……頼むから死なないでね……死なれたら次のイベント修羅場で助けてくれる人がいなくなってしまう』
『それは知らん』
 本当の楽しみ方と若干違う読み方をしているのであろう、トレーナーものの雑誌をめくって陶酔する私に、引いている画面越しの彼女がありありと想像出来た。しかしそんなのは慣れたものなので今更傷ついたりはしない。ナマモノなんだから注意書き気をつけろよー、と言ってきた彼女にわかってるとの旨を返す。
 彼女は彼女で、テレビ番組からの『公式による供給』があったらしい。しばらくそんな話で盛り上がっていると「そういえば」と彼女が話題を変えた。
『あんた今回もウィッグで来るの?』
 飛ばされた質問に「うん」とキーボードをタップするまで、数秒の間が空いてしまった。そうか、とやはり少し時間を置いて返ってきた彼女の相槌に「やっぱカントーだしね」と飛ばす。
『いっそコスプレすればいいじゃん。地毛で出来るキャラあるでしょ、ほら、あんたも見てるって言ってた春アニメの魔法少女ものの緑髪……』
『無理。緑は巨乳だから……』
『ああ……そうね、あんたのお父さん色違いだったら良かったのにね……』
『はっ倒すぞ』
 水色の髪がトレードマークであるクールキャラの、クレベースのごとき胸部が瞬時に頭に浮かぶ。草だけ生やしてきた友人のチャットに怒りを覚えたが、同時にそれが彼女なりの優しさだということもわかった。それ以上怒りのメッセージを送るのはやめて別れの挨拶を適当に交わす。チャットを閉じて席を立った。
 振り向いた後ろにある大きな本棚には沢山の本が詰まっている。天井まで届きそうなそれに用も無く近づき、上から下までをぼんやりと眺めた。小説に漫画に雑誌に、ポケモンに関する専門誌やポフレレシピ本などの実用書、そして他の本でカモフラージュした薄い本たちが私に背表紙を向けている。本を読むことも、自分で書いてみることも昔からよくやっていた。
それが好きだから、という理由は嘘じゃない。
だけど私にはそれ以外の、もしかしたら無意識下ではそれ以上に大きいかもしれない理由があった。
 何かを読み、そして何かを表す。これは私にとって、極めて人間らしい行為であるように思えたのだ。ポケモンと人間を隔てろ歴とした違いなのだと感じた私が、文字での受け取りと表現が出来る自分は人間なのだと言い聞かせるようにその二つをしてきたことは否定出来ない。
 並ぶ本に背を向けて部屋を出た。寝ているアルトを起こすのは偲びないのでそっと扉を閉め、いい加減に手を洗いに行く。チャットに興じている内にパパはお風呂から出たらしく、まだ湿気と蒸し暑さの残る洗面所には誰もいない。
 私の姿が鏡に映る。紅い吊り目を少しでも隠すための伊達眼鏡、不自然なほどに真っ白な顔を色付けるべく、欠かさず塗っている口紅。手足も同じように白過ぎるから、この暑い夏だというのに黄色い長袖のカーディガンを羽織っている。鏡の中の自分から目を逸らそうと落とした視線の先、スカートから伸びる自分の脚は暑苦しいタイツに包まれていた。
 パパとママは大好きで、そんな二人によく似たこの見た目も、自分で言うのはどうかと思うがそれでも好きだ。
 好きだ、けど。好き嫌いの問題じゃない、心の別の部分が私の姿を隠させる。
ぱん、と頬を両手で叩く。揺らがない。揺らがせない。
私の決意を、私は決して覆さないと自分に誓ったのだ。

 私は、人間として生きるのだと。