【冒頭サンプル】Buttel Subway | つうしんたいきちゅう

つうしんたいきちゅう

ポケモンの小説やゲーム状況や何かの感想など

序章


遠い昔、偉大なる王はポケモンを「生命」と呼んだ。
遠い昔、双子の英雄と一匹の龍が国を作り上げた。
遠い昔、真実と理想が争った。
遠い昔、長きに渡る戦いの後に二匹の龍は地を焼き尽くした。
遠い昔、その地は真っ暗な闇となった。

そして、長い時が過ぎた今。
イッシュは人とポケモンが混ざり合い、一つに見える地だとされている。多様な人と多様なポケモンが一緒に生きるその地では、誰もが手を取り合って生きることが出来るのだ。両者の関係性に異を唱える者がいたとしても、その片方を利用しようとする者がいたとしても、自身の欲望の為にどちらも使おうという者がいたとしても、それでも、尚。その誰もを飲み込み、混ざり合い、今日もイッシュは命に満ちている。
何もかもを包み込み、一つの生命となるイッシュ。そこでは真実も理想も関係無い、生きとし生けるものならば誰でも同じになれるのだ。

 
しかし、本当にそうなのだろうか?


本当に、イッシュは「一つ」なのだろうか?

全てが混じり合い、一緒に生きる土地なのだろうか?

誰もが同じになれる場所だと呼べるのだろうか?


そんなことを、一体誰が言い切れる?

偉大なる王、ハルモニアが生きていた頃。人とポケモンは「仲間」になった。
イッシュの龍が、まだ一匹であった頃。人とポケモンが共に生きる国が作られた。
その龍が二つ、ゼクロムとレシラムに分かれた頃。イッシュは、真実と理想に裂けてしまった。
長い長い戦争の果て、イッシュが暗闇と化した頃。ウルガモスの炎が太陽となって、人とポケモンの未来を照らした。

では、その中で。

両者とも「仲間」になれなかった者たちは。
共に生きることが許されなかった者たちは。
真実でも理想でも無く、どちらにもつけなかった者たちは。
戦争に参加することすら、出来なかった者たちは。

そして、全ての命の輝きであったはずの、ウルガモスの目映い光を浴びることも叶わなかった者たちは。

そんな者たちがいなかったと、誰が証明出来るのだろう?
 
そしてもしもいたとして――。


彼らは、今、どこにいる?

人とポケモンが混じり合って一つに見える、このイッシュで。
混じり合えず、一つになれない彼らは、


どこに行って、しまったのだろう?

忌み嫌われて、地の底へ


 それは、いつの間にかそこにいた。
 いつから自分が存在しているのか、どこからやってきたのか、はたまたどうやって生まれてきたのか、全く以てわかっていなかった。何のために生まれたのかも、自分が何をすべきなのかも、これからどこに行けば良いのかも、何もかもわかっていなかった。
 そもそも、自分が一体全体何者であるのかもわからなかったのだ。
 
 それは、何でも無かった。
 人でもポケモンでもそれ以外でも――それは、何でも無いものだった。

 それは人では無い。ポケモンでは無い。
 それは理想を持たない。真実を知らない。
 それは白に染まらない。黒に塗り潰されることは無い。
 それは、何とも混ざらない。

 それは、イッシュの地でいつも一つだけだった。
 ハルモニアがポケモンと出会い、人とポケモンが手を取り合ったその時も。
 双子の英雄と一匹の龍を中心に、人とポケモンの力によって国がどんどん発達していったその時も。
 真実を追い求める者と理想を追い求める者とに分かれ、最初の戦いが始まったその時も。
 いつになっても終わらない戦争に怒りを覚え、二匹の龍がイッシュ一体全てを破壊したその時も。
 
 それは、いつだって蚊帳の外であったのだ。
 人でも無く、ポケモンでも無く。
 一緒になれないそれは、世界の外側からイッシュを見ていた。

 しかし、それはある日動き出した。
 レシラムの紅蓮が緑を焼き払い、ゼクロムの雷鳴が天地を割ったその日、荒れ果てたイッシュの地へとそれは進みだしたのだ。
人とポケモンの誰もが途方に暮れているとは言え、木々は枯れて水は干上がっているとは言え、多くの生命が失われたとは言え、それでもイッシュの地にはまだまだ沢山の未来が息づいていた。絶望と死の臭いがそこら中に漂っていても尚、希望と生の気配が皆を奮い立たせていた。  
その光景は、それの心を躍らせた。初めて見た生命は、まだまだ辛苦に沈んでいたけれど、ひたすらに美しく輝いていた。
それは胸を高鳴らせた。生命とは、こんなにも素晴らしいものなのかと。こんなにも光に満ちているのかと。こんなにも、貴く煌びやかであるのかと。
それは強く感動した。そして、出来ることならばその生命に自分も混ざりたいものだと切に願った。

 しかし、生命、というものは身勝手なものだった。
 あれだけ、それが夢見た生命は、それが思い描いたものとはかけ離れていた。

 人とポケモンは、イッシュが一度壊されたという事実が自分たちが争いをしていたせいだとどうしても認めようとしなかった。多くの命が消えたのは、同じ命が原因なのだという現実から、何としてでも目を逸らしたがっていた。人とポケモンが生きるイッシュが滅んだのは、他ならぬ、その人とポケモンが悪いのだということを、そしてその血が自分にも流れているのだということを、何が何でも忘れたかった。

 だからイッシュは、捻じ曲げることにした。
 前を向いて進むために。未来を見据えるために。辛い過去から目を背けることだって時には必要なのだと自分たちに言い聞かせながら、人とポケモンはある選択をした。

人とポケモンは、それに全ての罪を押し付けた。
人とポケモンは、何者でも無かったそれを諸悪の根源だと位置づけた。
 自分たちが争うことになったのは、他の命を奪ったのは、自らの利益に目を眩ませて破壊衝動に勤しむようになってしまったのは、それのせいだと定義した。イッシュが一度滅ぶことになったのは、全て、それが皆の心を惑わしたせいであると唱え始めた。
 
 人でも無く、ポケモンでも無く。
 真実でも無く、理想でも無く。
 善悪どちらにも属さない、白黒どちらにも染まらないそれは、格好の存在であったのだろう。
 人にもポケモンにも非ず、それは何もかもを押し付けて排除するにはこれ以上無いほど適していた。
 それは、何も知らないままに、全てを背負わされて、イッシュの地下深く深くに追いやられてしまった。

 人とポケモンの目論見は、果たして成功したと言える。
 それから間も無くイッシュにはウルガモスの光が満ち、新たな生命を照らし始めた。自分たちの犯した過ちを、自分たちの領域を凌駕したものへと転嫁した彼らは、それを封印したことによって前に進み出すことを可能にしていた。
 もう、二度と過ちは繰り返されない。全ての根源であるそれをしまいこんだ今、過ちは繰り返されるはずも無い。人もポケモンも、誰もがそう確信していた。争いも諍いも決して起きるわけが無いのだと、皆がそう信じて疑わなかった。
 そしてその通りであった。どちらにも属さないそれがいなくなったのだと考えている人とポケモンは、互いに手をとって離すことは無くなった。

 人とポケモンが混ざり合って、一つに見える地へ。
 イッシュ地方は、間違いなくそんな場所へとなっていた。

 さて、その頃、それは。
 ウルガモスの光も、太陽の光も遮られるほどに深い地の底に送られてイッシュにいることを許されなかった、それは。

 人とポケモンどちらでも無いことを理由に、人とポケモンどちらからも忌み嫌われ、人とポケモンどちらもが手を取り合って生きるイッシュ地方から追い出された、それは。


 今のイッシュで、それを知る者はもういない。
 人もポケモンも皆それを忘れて、自分の生を謳歌しているだけである。


 だけど、それはまだ、イッシュ地方の外側から生命を見ているのだ。
 深い深い、地の底で。

 忌み嫌われても尚、生命の輝きに胸を焦がしたそれは、イッシュの人とイッシュのポケモンに憧れ続けている。人とポケモンに混ざって、自分も一緒に生きたいと望み続けている。たとえそれが叶わぬ夢だと知っていても、イッシュの生命を貴く想い続けている。

人でも無く、ポケモンでも無く。
どちらにも属さずに、どちらにも寄り添いたがり、出来ることならば自分もその輪に入りたいと願う、それは。

 それは、今でもイッシュの地下で息づいているのだ。


 それをそれとは気づかずに、イッシュの者はそれをこう呼んでいる。