本編では、如何にも自分ただ一人が苦しんでいるかの様に、自己中心的な私であるが、この頃の私は本当にダンスしか無かった。
スタジオでダンス、クラブでダンス、シャザームの仕事でダンス。
起きればその日のレッスンスケジュールの事を考え、スタジオに行けば「どうやったら上手くなるか?」しか頭にはなく、クラブに遊びに行けば無心に踊り続け、週末のシャザームの現場では、客を楽しませようと必死であった。
そんな日々の中、ダニエルと食事に出掛ける事も少なくなかったが、ある日私は大失態を演じてしまう。
その日もダニエルに誘われ、飲みに出掛けた私達。
面子はダニエルと私、そして当時のダニエルの彼女であった。
当時ダニエルは日本人女性と付き合っていた。
今で言う、遠距離恋愛である(・・・とは言っても、ダニエルにすればほんの一時の事であり、決して彼女にのめり込んでいた訳でもなかったのだが・・・)。
その彼女が、ニューヨークにやって来たから飲みに行こう!と言う訳である。
私は・・・
「せっかくダニエルを訪ねて日本から来たんだし、滞在期間も短い。こんな時くらい、二人で過ごせばいいのに・・・。」
と助言を試みたのだが、ダニエルは「一緒に来い!」と言って聞かなかった。
この日本人の彼女、私が知るダニエルの歴代のガールフレンドの中でも、ダントツの美人である。
それもその筈、彼女は「ミスユニバース」だか何だかのコンテストに入賞を果たし、モデルの仕事をしていたのである。
私達は、ダニエルのお気に入りの店で食事を済ませ、これまたダニエルの行き付けのバーで飲み始めたのだった。
ダニエルはやたらにテンションが高く、私も彼女もやや呆れ気味だった。
何より私は、二人にとって・・・いや・・・彼女にとっては立派な「お邪魔虫」であるから、出来るだけ早くおいとましようと、タイミングを測っていたのだが、ダニエルはお構いなしで私を離そうとはしなかった。
面白くないのは彼女である。
そりゃ当然!
わざわざ日本から長時間のフライトを経て、ようやく会えた最愛の人は、ペットよろしく子分を脇に従えさせたままである。
さぞかし早く二人っきりになりたいに違いない。
「ねぇ、ダニエル!俺、そろそろ帰るよ!」
「なんでだ?まだ早いじゃないか!ダメだ!まだ居ろ!」
「でもさぁ・・・。」
私は彼女の顔色を窺った。
既に、笑顔が無い。
一体、ダニエルはどう言うつもりなのか・・・?
私は立ち上がりかけた腰を再び下ろす。
「ダニエル?カズミが可哀想よ、帰りたがってるじゃない。」
彼女が空かさず言い放つ。
ダニエルはニヤリと笑うと言った。
「よし!じゃあ、ゲームをしよう!それにオマエが勝ったら帰してやる!」
もう既に、しこたま飲んでいた私達。
ダニエルもいい具合に酔っていたし、私も相当飲んでいたので、腹はタプタプであった。
「ジャイアントストロベリーフローズンマルガリータを3つ!!」
ダニエルが大声でオーダーする。
「ゲームって何さ?」
ダニエルはまたニヤつくと言った。
「ストローを口にくわえて、マルガリータに文字を書く。他の二人がその単語を当てるんだ。」
「ええ?何それ?」
ダニエルは手を添えずにストローをくわえ、首を動かしてフローズンマルガリータの表面に文字を書く。
フローズンマルガリータは、書いた文字が残るほど固くない。書かれた文字はあっという間に消えてしまった。
しかも、ストローに手を添えられない為に、力が安定せずヨレヨレの文字しか書けない。
バカにしていた私も彼女も、一瞬顔を見合わせた。
「な?分かったろ?結構難しいぞ(笑)!」
こんな事こそ、彼女と二人でやって貰いたいモンである・・・。
なぁ~んで私が、こんなゲームに参加しなきゃならんのだ!と思いながら、私は渋々とストローを口にくわえた。
さて、恐らく皆さんは、このストロベリーフローズンマルガリータのグラスのサイズを把握出来ていない筈である。
半端じゃない大きさなのである。
ラーメン丼いっぱいにフローズンマルガリータが入っている・・・と思って頂きたい。
私はストローをくわえた口をフゴフゴさせながら、ダニエルに聞いた。
K「勝敗は?」
D「俺達二人共が当てられたらOKだ。」
K「二人とも分んなかったら俺の負けって事?」
D「そうだ!」
K「勝ったら帰るよ。」
D「ああ。だが負けたら、それを一気に飲み干せよ(笑)!」
K「えええええーっ!!!!!」
D「オマエが勝つまで続けるぞ!」
K「ダニエルが負けたら、そん時も帰るからな!」
D「ダメだ(笑)!帰りたきゃ、勝て!」
全く・・・やんちゃ坊主もいいとこである。お話にならない・・・。
絶対に帰さない!と言う、ダニエルの意地悪作戦である。
そして私は・・・・
ラーメン丼いっぱいのフローズンマルガリータを・・・
一気に・・・しかもストローで・・・
何杯も飲まされる羽目に陥り・・・・
その場で再起不能になってしまったのだった・・・。
後から聞いた話に寄れば、ダニエルは意識を失った私を肩に担ぎタクシーに乗せ、そしてまた私を肩に担いでアパートまで送り届けたそうである。
D「オマエを担いで送ってやったんだ!ありがたく思えよ!これでオマエはもう、俺に頭が上がらない(笑)!」
K「ズルイよ!帰りたがってるのに、あんなゲーム仕掛けて!」
D「勝てば良かったんだ!」
K「・・・だって・・・あんなの・・・上手く書けないよ・・・。」
D「『ありがとう』は、どうした?」
K「なんで、俺が?!」
D「オマエを危険な夜中のマンハッタンの路上にほっぽらかして帰っても良かったんだぜ(笑)!」
K「くっ・・・・!」
全く持って腹立たしい!
K「あ・・・ありがと・・・・」
D「あ?なんて?聞こえんぞ(笑)!」
K「ありがとう!!!!!!」
D「よ~し!!!」
会えばいまだに言われる・・・この事件。
恐らくは・・・
死ぬまで言われ続けるに違いない・・・。
「あん時、俺がオマエを担いでやったんだぞ!」