この記事では、私が10年前にSNSで書こうとして中々に声に出せなかった、形に出来なかったことを代弁してくれた方々のツイートも転載しております。
一色登希彦@ishikitokihiko日本映画って、どうしてこんなに頻繁に、人物が金切り声で絶叫するんですかね?予告編からしてそうで、そこで観る気がかなり削がれるんだけど、作っている人たちはどう考えているのだろう。絶叫が何回以上ないと脚本が通らない、とかの規則でもあるのだろうか。
2022年06月15日 11:30
一色登希彦@ishikitokihikoひとつ思い至ったのは、カメラを手にする側が、激情した被写体を収めないと「人間のドラマを描け(たつもりになれ)ない」心性があるのでは?と。ドラマは人の感情の相互作用の論理的な組み合わせで出来上がるものだけど、その訓練不足が、「激して叫ぶ人を撮ればドラマ」、の短絡を招くのでは?
2022年06月15日 13:12
一色登希彦@ishikitokihikoわかりやすい盛り上がりを(無理にでも)設定しないとドラマを描けているように見えない、あるいは見てもらえない。これフィクションのドラマだけじゃなく、ノンフィクション、ドキュメンタリーにも蔓延ってる。「やらせ」とも通じると思うんだけど、自分も何度かTV媒体に付き合って辟易しました。
2022年06月15日 13:20
一色登希彦@ishikitokihiko現実には、短い取材中にそうそうあり得ないハプニングやピンチや盛り上がりや葛藤や解決や大団円を、カメラを持った側が求めてくるんですよね。あるいはあとで編集やナレーションで捏造する。ハナシ飛んじゃうな。いいや。去年庵野さんのエヴァ制作のNHK?のドキュメントとかあったじゃん、
2022年06月15日 13:26
一色登希彦@ishikitokihikoカメラ持った取材者が、何か面白いことないかと庵野さんだけ追い続けるのにシビレを切らせた庵野さんが取材スタッフ呼び寄せて「僕だけ撮っても何も面白くないですよ、もっと僕の周囲、スタジオ全部、色々見てください」と諭すんだけど、みんなピンと来ないままで、平板なまま番組は終わっちゃった。
2022年06月15日 13:31
一色登希彦@ishikitokihiko強引な仮説というか持論なんですけど、ペンやカメラを持った取材者が、「強い人」「名のある人」に切り込んで行って取材者なりの真実を持って帰ってくる、という技術や社会的な許容が実はもう絶滅しかけているのではないだろうか。(故に政府の広報に成り下り、提灯記事しか書けない、とも言いたい)
2022年06月15日 13:46
鐵正@洋画バカTGM×15(てつまさ)💙💛@masamovie1@ishikitokihiko ただ叫んでいれば演技派とか言われる邦画界www https://t.co/dtNXDA1Fm5
2022年06月15日 21:55
詩歌ごう🌏@shikag0u@ishikitokihiko ワタシは絶叫もそうですが、必ず誰かが死ぬ系もダメです。泣かせるために必要のない悲劇のシュチュエーションを入れる展開が多すぎます
2022年06月16日 09:48
石王イシオウ@fotobiginesu@ishikitokihiko 同じこと考えてました。https://t.co/8Zujg38AbG
2022年06月16日 08:26