熊本PTA裁判「意見書」提出(+心理学会PTA問題シンポ) | まるおの雑記帳  - 加藤薫(日本語・日本文化論)のブログ -

熊本PTA裁判「意見書」提出(+心理学会PTA問題シンポ)

熊本PTA裁判に関して、「意見書」を裁判所に提出しました。

被告PTAの言い分を私なりに把握して、それへの反論を試みました。

被告PTAは、加入の任意性は十分に担保されていたと主張しています。しかし、その言い分はとうてい成り立たないと考えています。
被告PTAのやっていたことは、全国のほとんどのPTA同様、「事実上の強制加入」だと考えます。
そして、「事実上の強制加入」こそがPTA問題の大元にあり、今回の裁判で、もしも被告PTA側の言い分が認められたら、PTA問題はますます深刻化してしまうはずだということを述べました。

では、「意見書」を引用しておきます。
なお、<はじめに>の部分は最初はなかったのですが、弁護士と相談の上、書き加えました。また、<はじめに>の末尾部分に出てくる日本心理学会のシンポジウムですが、行われることが正式に決まりました。シンポの概略は、意見書の引用の後に触れたいと思います。

(以下、引用)

意見書

平成27年7月2日
文化学園大学現代文化学部 教授
加藤 薫
  
<はじめに>
以下、今回の裁判に関して私見を申し述べたいと思うが、その前に、自らとPTA問題とのかかわりについて触れておきたい。
もともとの私の専攻は、日本語・日本文化論である。そんな私がなぜPTA問題について考察するようになったかと言えば、家内がPTA問題で深く悩み「不登校」になってしまい、図らずも保護者として学校に関わるようになったことがそもそもの始まりだった。自身、PTAの役員を引き受け、改革も試み、それなりの成果が得られたものの、これは一筋縄では解けない問題であると感じるようになった(注1)。もう10年ほど前のことだ。
以来、PTA問題を考察するようになり、現在は、日本語の特徴とPTA問題に通底する日本文化のあり方を考究することを主要な研究テーマとしている。
2008年には、PTA問題と日本語のあり方について考える個人のブログ(「まるおの雑記帳」)を開設し、自身の見解を発信すると同時に、全国から寄せられる相談や意見に耳を傾けてきた。そうして、PTA問題の全国的な広がりと根の深さを改めて感じてきた。
近年は、メディアでもPTA問題が盛んに取り上げられるようになり、私も、2012年以降、NHK、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊AERA等に、PTA問題についてコメントを寄せている。また、本年9月の日本心理学会第79回大会において、PTA問題がシンポジウムのテーマとして取り上げられる予定であるが、同シンポジウムに指定討論者として参加する予定である。
 
<本論>
PTAにより負担の重い仕事を押し付けられることで、心や体に大きなダメージを受けた保護者を多く見てきた。PTA等の活動による負担は、子どもを学校に通わせる母親の精神科受診の少なからぬ原因になっているとの精神科医の証言もある(注2)。また、PTAの役職決めのプレッシャーにより保護者同士のコミュニケーションがかえって阻害されているという面も大きな問題だと考える。最近では、PTA問題は保護者の学校不信にもつながってきている。
ここ数年、PTAの問題はメディアでも盛んに取り上げられ、社会問題化していると言っても過言ではない(注3)。

なぜPTA問題は起きているのか。私は、PTAへの加入のあり方に最大の問題があると考えている。
ごく一部の例外を除き、全国的に小学校や中学校の保護者には、PTAに加入しないという選択肢が実質としては与えられていない。これは冷静に考えてみれば、異常なことではないだろうか。
言うまでもなくPTAは入会の義務のない任意団体なので(注4)、保護者側が明確な意思表示を行えば入らないことも理屈の上では可能なのだが、保護者側から特別なアクションを取らない限り、PTAは保護者を勝手に会員として扱い、会費を請求し、そして仕事を割り当てるのである。
しかも、このPTAの行為には学校が深く関与しているので(注5)、保護者にとってその体制にあえて逆らうことは非常に難しい。PTAの加入率が限りなく100パーセントに近い現状がそのことを示している。

日本のPTAには、「保護者全員が会員になる」という類の説明が規約等においてなされているような、明確に強制性を帯びたものもあれば、加入の任意性をそれとなく示しているものもある。このようなバリエーションが見られるものの、“加入の任意性が明確に示され、その上で一人一人の保護者がみずからの自由意思により加入・非加入の選択ができる”PTAは、ごく一部の例外を除いてないのが現状である(注6)。
要するに、日本のほとんどのPTAは「適切な説明のうえ、合意を得る」という、当たり前の手続き(インフォームドコンセント)を踏んでいないのである。
そして、加入の段階でないがしろにされた保護者一人一人の自由意思は、加入後も尊重されることはない。委員会制の下、委員の定数が定められていて、立候補者がおらず定数が満たされない場合は、くじ等による役の強要がなされるのである(注7)。
このように、「事実上の強制加入」体制が「委員会制」とあいまって、保護者間における仕事の押し付け合いを生み、その結果、心や体に大きなダメージを受ける者(ほとんどが母親)が現われてしまうのである。
PTAは、その原点に立ち返り、PTA活動に意欲を持つ保護者が自らの意思とペースを大切にしながら進めるべきである。
PTA問題の解決のためには、PTAに入るか入らないかの実質的な選択肢が保護者に与えられるべきだと考える。

(帯山西小PTAを含む日本のほとんどのPTAに認められる)「狭義の強制とまでは言えないかもしれないが事実上は強制」という状態がもしも当裁判において容認されたならば、PTA問題はますます深刻化するのではないかと懸念される。
PTA問題の解決のためには、「学校とは独立した、あくまでも有志により構成される自由参加の団体」というPTAの本来のあり方が社会的に再確認され、多くの人の知るところになることがまずもって必要であると考える(注8)。
そのような意味で、今回の裁判の社会的な意義は大変大きなものであると考えている。


(注1)その時の改革の試みについては、川端裕人『PTA再活用論 –悩ましき現実を超えて』(中公新書ラクレ)第三章で紹介されている。
(注2)ブログ<精神科 本当の話・PTA地域活動に悩む母親達2011.07.18>
http://blog.goo.ne.jp/sumirex1/e/e9e95bd97998f6e7c72508323538e95e
(注3)PTAのあり方が社会問題化しメディアでもさかんに取り上げられるようになったここ数年の推移については、加藤薫(2014)参照。なお、2015年に入り、PTA問題はいっそう盛んに取り上げられるようになっている。
(注4)文科省もPTAは「任意加入の団体」であると明言している。
http://www.think-pta.com/PTA_kiyaku/bassui/monkarenraku-2.pdf
(注5)多くの学校で校長・教頭等の管理職がPTAの顧問や本部役員になっている。また、入学式やクラス懇談会といった学校主催の行事を利用してPTAの役員決めが行われたり、クラスからの役員・委員の選出を担任教師がサポートしたり、給食費やドリル代等の学校納入金と抱き合わせにPTA会費が集められたりしている。またそもそも「自動入会」が成り立つためには学校の協力(保護者に関する情報の提供)が不可欠である。
(注6)任意性が明示された上で、明確な形で入会の意思確認がなされていることが確認されているPTAは、現在のところ、岡山の岡山西小、札幌の札苗小、東京の嶺町小、沖縄の識名小のPTA等、ほんのわずかにすぎない。
(注7)注6で言及した任意加入を推進したPTAでは、同時に、委員会制も見直されていることは注目に値する。
(注8)PTAのあり方を問題視する世論の高まりにもかかわらず、また、前述の通り、文科省もPTAは「任意加入の団体」であると明言しているにもかかわらず、つい先頃の朝日新聞の取材に答えて、日本PTA全国協議会の会長は、今後もこれまで通りの全員参加体制を変えるつもりのない旨、述べている(朝日新聞2015.5.24)。
※なお、会長の発言内容は、下記のネット版の方が詳細に紹介されている。
http://www.asahi.com/articles/ASH5P64FTH5PUTIL03L.html


<参考文献>
加藤薫(2012)「日本型PTAに認められる問題点―ないがしろにされる「主体性」―」『世間の学』VOL.2
加藤薫(2014)<訴えられたPTA(熊本PTA裁判に寄せて)>文化学園大学国際文化・観光学科ブログ”小平の風”2014.7.22
http://bwukokusai.exblog.jp/20022478

(引用終わり)

裁判所に提出した「意見書」は以上です。
先に触れたシンポジウムの概略は以下のようなものです。もう少しくわしい話は追ってできればと思っています。


日本心理学会第79回大会(名古屋大学)
公募シンポジウム
9 月24日(木) 9:20~11:20 第 3 会場/ 4 号館431

SS-074
PTA の現状と課題をどのように「可視化」するか?
―文化,ジェンダー, 道徳性


企画代表者,話題提供者,司会者: 竹尾 和子(東京理科大学)
企画者,話題提供者,司会者: 戸田 有一(大阪教育大学)
話題提供者: 尾見 康博(山梨大学)
指定討論者: 加藤  薫#(文化学園大学)
指定討論者: やまだようこ(立命館大学)

注)#印は日本心理学会会員以外であることを示す。


今回の大会のホームページはこちらです。