心ちゃんキスして・全コマレビュー | ムッシュ速報(Theムッシュビ♂ト公式ブログ)


2017年3月に記したもの。ネタバレしかありませんので、読後にぜひ。

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「心ちゃんキスして」感想

本稿は、3月12日に神戸で開催されたアイドルマスターシンデレラガールズオンリー同人イベント「シンデレラステージ・ステップ5」にて頒布された同人誌「心ちゃんキスして」(著・御田出汁春/サークル・赤提灯エンタテインメント)の全コマレビューである。
全コマレビューという形態をとったのは、この情報過多な作品について、どうにも感想がまとまらなかったからであり、私の筆力の乏しさが浮き彫りになったのだが、それでもアウトプットすることを自身への課題として記すことにする。

P1/1コマ目
電車の中で「メザワヤ」(手芸店「ユザワヤ」の捩りだろう)の紙袋を持っている佐藤ときらり。
きらりが座り、佐藤が立っているところにきらりへの気遣いを感じるカットだ。きらりの魅力は「動物で例えたら大型犬」なのだが、きらりが座っていることで佐藤に「懐いている」感じが伝わる。佐藤が髪を下ろしているところにも注目したい。

P1/2コマ目
2人の足元。同じサンダルでも、2人のキャラクターの違いが描写されている。佐藤は厚底サンダルを履きそう!というイメージの提示。前コマでもそうだけど、佐藤は私服をラフに見せつつも隙を見せないファッションセンスを持っているのだろう。

P1/3コマ目
「蒸し暑いね〜」「もう夏だにぃ」。これだけで2人の景色や空気が伝わる。2人の性格の違いが端的に表現されている。「蒸し暑いね〜」は愚痴というよりきらりへの気遣いであろう。「もう夏だにぃ」と、季節の移ろいを愉しんでいるきらりが愛おしい。

P2/1コマ目
佐藤のマンション。このコマのみ正確なパースが付いている。トリッキーな表現が多用される作品だけに、1コマだけ正確な背景が入ることで世界観を安定させている効果は絶大である。

P2/2コマ目
佐藤のキッチン俯瞰。ワンルームマンション特有の狭さと生活感と同時に清潔感が伝わる。17歳のきらりにとっては、年上の恋人の部屋に入っていく、ドキドキする時間だ。佐藤にとっての「フツー」がきらりにとっての「たっのしみぃ」なのだ。

P2/3コマ目
佐藤の部屋。「スウィーティー」という擬音の書き文字が楽しい。ハート型のクッションは当然として、机は板チョコにも見えるし、「シュガシュガルーム」だ。

P2/4コマ目
はしゃぐきらりと「いつもの惨状は見せらんねーな」と内心思う佐藤。年下の恋人が来るんだから、そりゃがんばるよね。きらりが「いつもの惨状」に気付かなくてよかったね。

P3/1〜2コマ目
「メザワヤ」で買ってきた素材を出す2人。買い物に出かけたあとで戦利品を出す瞬間の愉しみ。佐藤もきらりも楽しそう。しかし、髪を下ろした佐藤はかわいいな。

P3/3コマ目
髪をくくる佐藤。ここで「みんなが知ってる佐藤心」になる場面だ。くくっている動作の方の髪の書き込みが動きを表現している。「ちくりんするだけだゆ」と座り込みながら準備するきらり。

P3/4コマ目
2人の手の描写。ネイルの色の濃さで2人の年齢差を表現している。他のコマでも顕著だけど、御田さんの描く手は柔らかそうで繊細。「今日はがんばっちゃうぞ〜」「にょっわ〜」という2人が楽しそう。

P4
作業する2人を1ページで圧巻の描写。コマ割りがカーテンのようだったり、ボタンだったり、針と糸だったりと、絵画的。「はぁとめも」を見る佐藤の表情の鋭さが美しいし、「にょわっにょわ〜のペッタペタ〜」と呟くきらりは無邪気かわいい。古き良き少女マンガを思わせる、大胆な作画センスに脱帽するページだ。

P5/1〜2コマ目
佐藤のマンションの最寄り駅でデレステらしきゲームをしているモブ。トーンが貼られた背景とパースの狂い方が(夢シリーズの頃の)つげ義春作品を思わせる。本筋に関係ないと言えばないのだが、我々読者であるPの描写をすることで、現実と非現実がクロスオーバーするような幻惑感を感じさせる。

P6/3コマ目
ミシンを使って黙々と作業する佐藤。「黙々、、、」「マジッ‼︎」という書き文字が擬音として機能している。こういう表現はマンガならでは。

P6/4〜5コマ目
かっこいい佐藤を見つめる乙女きらり。唇を触る描写がキスしてほしい気持ちへの伏線に。

P6/6コマ目
不意に目が合ったら「うきゃあああ」ってなるよね。

P7/1コマ目
「きらりちゃん かわい♡」。うん。かわいい。そらきらりんが目の前にいたらそんな顔になっちゃうよ。

P7/2コマ目
素直にきらりんへのラブラブモードになればいいのに、ストイックに作業に戻る佐藤とがっかり顔きらり。不器用な2人をコミカルに描いている。

P7/3コマ目
デレステ?をやってるモブ。走り去る電車に乗らずにホームでやり続けてる廃人。この廃人は僕ら読者なのか、それとも御田氏なのか。いずれにせよ、「ダダダ」と音がする壁を隔てたその部屋では今正に愛し合う2人の事件は起きようとしているわけである。ゲームに夢中な人生と愛を育む人生は壁を隔てた同じ世界に存在する。

P7/4コマ目
キスしてほしいきらり。艶っぽくてかわいい。

P7/5コマ目
「ちく、、、ちく、、、」という擬音が寂しそうなきらりん。佐藤!何やってんだ!目の前のきらりんが寂しそうだぞ!(佐藤のうなじが良い)。

P7/1〜4コマ目
佐藤の部屋の時計による時間経過。ハートに天使の羽根というなかなかハイセンスなデザイン。「肩いってー☆」というコミカルな佐藤に26歳を感じる。

P7/5コマ目
雨だ!

P8
突然の雨で心情は変化する。何があったわけじゃない。雨が降っただけ。それで気持ちが大きく動き、決壊寸前になるのが繊細な乙女だ。何よりもダメ押しは「きらりちゃんが帰るころには晴れてほしいなー」だ。「帰るんだ。何もせずに帰されるんだ」と、期待したきらりの気持ちは打ち砕かれる。次の次のページまできらりの表情は一切描かれていない。ちくん、ちくんと針を通す手が止まる。針を針山に刺したときにきらりの心は大きな決心へと動く。

P9
ただならぬ事態に気づく佐藤。セリフのみのコマでは、吹き出しのみで心情を描写。心細そうな「にぃ」「うん...」だけで胸が疼く。次のコマでは2人の手だけが芝居をしている。きらりの手が結んで、開く。なんて繊細な表情だろうか。つげ義春の「窓の手」のようだ。

P10/1〜3コマ目
意を決するきらり。きらりPだけど、きらりのこんな顔見たことないのが悔しい、と思うくらいに愛おしく、そしてエロい。諸星きらりさん、こんな表情するのかよ!息遣いと体温が伝わる作画!画力高すぎだよ!

P10/4コマ目
ヤッバイ!!!ヤバいよ。非常事態だよ。切実にヤバいよ。このタイミングときらりの表情で自分にとっていい知らせだとは思えないよ。怖い。心臓がバクバクする。

P10/5コマ目
慌てふためく佐藤に被せて、きらりの「きらりとつきあうのやだった?」。きらりも佐藤もいっぱいいっぱいで緊迫する。でも、きらりの目はしっかり佐藤を捉えている。意を決して言葉を繋ぐ。

P11
「きらりのこと好きですか?」。切なそうなきらり(スカートで隠れてるけど女の子座りかわいい)と、予想外の発言に虚を突かれる佐藤。緊迫からの弛緩、テンポの良いマンガは音楽のようだ。

P12/1コマ目
「マジラブだよ!!」。緊迫が弛緩し解放されるシーン。緊迫と弛緩と解放、マンガでも音楽でも映画でも、良いストーリーにはそれを裏付けるリズムがある。安心して、心情を話し始めるきらりがかわいい。

P12/2〜3コマ目
佐藤のシルエットにモノローグが被るという、「昔のギャグマンガ」のような表現が面白く、またモノローグのテンポが良い。「ステディな関係」とか佐藤が使いそうなワードだし。「いやそんな葛藤よりもきらりちゃんを泣かせた今をどーする」がシルエットの外にあり、葛藤以上に重要なモノローグとして表現されている。シルエットから飛び出た不安定なアホ毛の線による心情描写もすごい。そして、きらりが動く。

P13
P9以上の「手の芝居」。膝に置いた手が机に。そして、「ぐッ」と決意して、佐藤の手に重なる...!そして...

P14
「心ちゃん キスして」

P15
「ウッ」「ズギャアン」という凄まじい書き文字、コマからはみ出すほど開いた口、自分に「がんばれ!」、キスを待ってるきらりちゃんかわいすぎだろ....!!!!! そしてついに...!!!!

P16
ママからの電話!「☆ママ☆」と登録してるきらりがかわいい。「もしにょわ」ってかわいい。クマのスマホケースかわいい。そして、佐藤の「ウッ お母様 ごめんなさい」に佐藤の誠実な人柄が感じられる(大事な娘さんに手を出そうとして!)

P18
「えと 帰るねっ!」から逃げるように帰るきらり。誰が悪いわけでもなく、どういう心情とも言えない。でもきらりは帰るしかない。帰るしか行動の取りようがない。繊細さゆえの説明の難しい行動を読み手に納得させるストーリーテリング力に脱帽させられる。「送るよ!」「んーん」「夜だし」「へーきへーき」「雨も」「だいじょぶ!」という掛け合いでドラマチックになっていく台詞回しもすごい。

P19〜20
絶望的に重いドアの音から、「なにしてんのなにしてんのなにしてんのわたし  こんなのダメだろ!」。恋愛に於いては、こんな場面が時折訪れるのだ。状況に身を置いて流されて、自分の意思を忘れていたことを思い出したとき、人間は強く一歩を踏み出すのだ。力強くドアノブを握り締め、佐藤はきらりを追う。必死な顔に余裕なんかない。自分がどんな顔をしているのか自分ではわからない。でも、その顔はどんな顔よりも美しく気高いのだ。佐藤は裸足のままきらりの元へ。愛を伝えるのになりふり構っていられない。「きらりちゃん、待って おねがい」。

P21
追いついた佐藤と、きらりの目のどアップ!本作最大のカタルシスである瞳のシーン。瞳孔が開いて、そして佐藤の目が近づくにつれて目が閉じていく。きらりの瞳は宇宙。吸い込まれそう。

P22
解説することが無粋に思われるほどの美しい一枚絵。

P23/1コマ目
きらりの唇の柔らかさが伝わる。

P23/2コマ目
一世一代の山場を越えて「大人の余裕」すら感じる佐藤と、富士山になって爆発するきらり。キスした瞬間に2人の心情の力点が逆転した。

P23/3コマ目
本作中で一番かわいい(と個人的に思う)佐藤の笑顔。御田さん、いろんな画風を自在に使い分けるからズルいと思う。

P23/4コマ目
「きらり とぉーっても うれすぃよぉ☆」。きらりは嬉しいと抱きついてきます。弊社きらりも同様です。

P23/5コマ目
弊社きらりも、驚いたら「うきゃっ」って言います。

P23/6コマ目
雨が降っていたという伏線が効いている。佐藤はこの先、足がビチョビチョになる度にきらりと初めてキスした日のことを思い出すんだ。そしてその度にじーんとしちゃうんだ。

P24/1コマ目
「吹き出し芝居」も本作の特徴の一つ。「めっ」「うきゅ」とか、このアナクロな感じどっかで見たなと思い出したのが「バカドリル」だ。すごい、これは「バカドリル」でもあり「つげ義春」でもあり「電気グルーヴ」でもあるのに、泣ける恋愛マンガなんだ。

P24/2コマ目
ただただ優しい2人の手。御田さんのマンガは不要で無粋なコマがない。このマンガは、見せたいカットだけをスライドショーのように見せるときがあるけど、しっかりその描かれてない行間を読ませてしまう。読む側が自然に補完するような、うまいコマ割りをするので押し付けがましくないし、説明のためにテンポを落としたりもしていない。いや、いいや。こんなマンガ論崩れなんか、2人の繋いだ手の愛しさの前では無粋だ。

P25
「もう 心ちゃんに 会いたいにぃ」からそっと唇の感触を思い出すきらり。「たたん ととん...」という電車の音が優しく鳴る。