【妄想小話】マリと不思議なカエル | もものすけの気ままなブログ

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千葉県木更津のご当地ヒーロー『鳳神ヤツルギ』のエンディングダンスが、大好きな人達が集まって作った【ヤツルギダンス部】の部長だったり、ご当地ヒーローに会いたかったりするおなごのブログです。

木更津駅近くの商店街を抜けた先、八劔八幡神社は厳か佇んでいる。
正月も七日を過ぎれば参拝客の数も多く無い。それでも、境内には一足遅い初詣に訪れた参拝客の姿がちらほらと見えた。それぞれおみくじで一喜一憂したり、静かに手を合わせたりしている。
そんな穏やかな空気を切り裂くような怒号が、突然神社中に響き渡った。
「アニキィイイイッ!!!」
参拝客は全員目を見開いて声の方を振り返る。
視線の先には、社務所から飛び出してきた金色の髪の青年がいた。
青年は、必死な顔で参拝客達には目もくれず一直線に鳥居をくぐって走っていってしまった。続いて、社務所から飛び出してきたのは高校生くらいの女の子だ。
「逃げるなーーーーっ!!!」
鼻息荒く叫んだ後、女の子はやっと参拝客の視線に気づいたのか、ゆっくりと振り返った。
そして、申し訳なさそうな笑みをつくり深く一礼してから、大急ぎで金髪の青年を追っていく。
残された参拝客は、しばらく二人の去って行った方角を見つめた後、小さく笑みをつくりながらそれぞれの初詣を再開する。
幸いにも、これは境内にいた地元の参拝客達にはとても見慣れた光景だったからだ。


「はぁああ~~あ・・・・・・」
妖怪軍団基地の中、鬼丸は深い溜息を吐き出した。
ヤツルギのおかげで、作戦は立て続けに失敗。伽狐姫様に献上する悲鳴すら、思うように集まらない状況である。この状況が長く続けば、幹部としての立場も危うくなるのは目に見えている。
「なんとかしねぇとな」
そう呟いたもののうまい作戦がすぐに思いつくはずもない。だが、鬼丸はここでじっとしているのもたまらなく嫌だった。じっとしていられない性分なのだろう。
「ま、作戦なんかは、暴れているうちに思いつくさ」
鬼丸は、開き直ると善は急げとばかりにカッパちゃんを呼び出した。
「キュッ!」
「頼んでた素材、集まったか?」
「キュキュ~ッ」
カッパちゃんは、元気よく返事をすると大急ぎで重そうな麻袋を持ってきた。鬼丸が、受け取って中を見ると沢山のガクタが詰め込まれているのが見える。
「よしよし、上出来だな」
「キュ~」
褒められて上機嫌のカッパちゃんを横目に鬼丸は、麻袋の中身を物色する。
ふと、奥の方にいた一体のぬいぐるみが気にかかった。大きさは60センチくらいの青いカエルのぬいぐるみだ。
「なんだ・・・・・・?」
鬼丸は小さく首をかしげた。
麻袋に詰まっているほかのガラクタ達からは、明らかに憎しみの怨念が溢れている。だが、このぬいぐるみから感じるのは少し質の違った怨念だった。
「珍しいな」
鬼丸は、カエルのぬいぐるみを取り出してまじまじとその姿を眺めた。
手垢で汚れた体は、所々黄色味をおびているものの目立って敗れている所などは無い。まだ、捨てられて新しいのかもしれなかった。
「うん、コイツにしよう!」
カエルの額に札をはり儀式の場所に寝かせる。カッパちゃんが見守る中、鬼丸は高らかに叫んだ。
「これに宿りし怨念よ、今こそカタチとなって姿を現せ~!!」
札が怪しく光り、妖気が煙となってあふれ出す。その妖気の濃度に鬼丸は目をみはった。今までの"あやかし"達とは違う怨念が生み出す濃厚な妖気。自然と鬼丸の口元には、微笑みが浮かんだ。
これは、強い"あやかし"になる。
そう確信し、期待に胸膨らませて煙がおさまるのを待った。まるで遠足前夜の小学生くらい、わくわくしながら待っていた。
煙が晴れてくると、"あやかし"となったカエルの姿が見えるはずだ。なのに、煙が晴れてしまっても"あやかし"の姿が無い。
恐る恐る儀式の場所を覗き込んで、鬼丸は目を見開いて絶句した。
そこにいたのは、さっきと何も変わらないカエルのぬいぐるみだったのだ。ぬいぐるみは、動き出す気配も無く、プラスチックの瞳でじっと鬼丸を見返している。
「おいおい、ど~いうことだよ!?」
鬼丸は、ぬいぐるみを持ち上げ上から下までくまなく調べたが、なにも変わっていない。おーいと呼びかけてみても、ピクリと動く気配すらない。
不思議に思いながらぬいぐるみの瞳を見つめていると、心なしかプラスチックの瞳が妖しく光った気がした。
驚いて目をみはると、プラスチックの無機質に見えた瞳が潤いをおびた本物の蛙の様な瞳に変わった。
真っ黒な瞳は、じっと鬼丸の目を真っ直ぐに見返している。
「っ・・・・・・!!」
その瞬間、鬼丸は喉を誰かに思い切り掴まれたような息苦しさに襲われ、動けなくなる。背筋に冷たい汗が流れた。
鬼丸は、心中で地団駄を踏んだ。苦しくて声が出せないだけでなく、指一本動かす事ができない。
体中の筋肉が恐怖に硬直して動けないのか、それともこの奇妙なぬいぐるみの能力なのか、どちらにせよ今の鬼丸は蛇に睨まれた蛙ならぬカエルに睨まれた鬼だ。
ぎょろりと、瞳が動く。微かに鬼丸の手が震えた。
『・・・・・・』
ふと何か声のようなものが聞こえて、ぐるりとカエルの瞳が動いた。すると、鬼丸はカエルの瞳に意識が吸い込まれていくような不思議な感覚に捕らわれた。
そのまま眠りに落ちるように意識が遠退いていく。どうにでもなれ!と覚悟した瞬間、バシンと背中を叩かれた。叩かれた衝撃のおかげか、まるで憑き物が落ちたように息苦しさが消えた。体も自由に動く。
「失敗やな!」
鬼丸のことなど気にもせず、罰天狗は、ぽんと鬼丸の肩に腕を乗せ笑っている。
「も~、鬼丸ったらひどいやないの~俺を一人にするなんて~」
「・・・・・・き、気持ち悪ぃこと言うなっ!!」
鬼丸は、なんとか声を絞り出しいつものように反論した。反対に心の中では、助かったと安堵の息を吐く。
ドクドクと脈打つ心臓の鼓動を気取られないよう、罰天狗に背を向ける。もう一度だけ見つめたカエルのぬいぐるみは、やっぱりただのぬいぐるみにしか見えない。
「ま、こんなこともあるっちゅうことやね~失敗は成功の元!!さっさと次にいきましょか?」
罰天狗は、勝手に袋を開けて次の"あやかし"の材料を物色し始める。ぬいぐるみを持ったまま鬼丸は、なんと言おうか迷っていた。そんな事あるわけないと馬鹿にされる気もしたが、結局喋りたい気持ちに負けて口を開いた。
「な、なあ!罰天狗、ちょっと聞いてくれよ」
振り向いて声をかけると、罰天狗は怪訝そうな顔で鬼丸の方に視線を向ける。
「なんや?お前も手伝えよ~」
「いや、このぬいぐるみなんだけどさ・・・・・・」
鬼丸は、両手で抱えていたぬいぐるみを罰天狗に見せた。
「は?」
罰天狗は、首をかしげた。
「お前、何も持ってへんやないか?」
「え?」
見れば、さっきまで確かに抱えていたはずのぬいぐるみの姿が無い。周りを見わたすが、落ちてもいない。
しかし、手にはあのぬいぐるみのふわふわとした感触がしっかりと残っている。
「・・・・・・消えた」
いつも真っ赤な鬼丸の顔が、急に青くなった。アレが自分達と同じか、もしくはもっと別の何かであった可能性を始めて意識し、背中に言いようの無い悪寒が走る。
「ど~せ、カッパちゃんにでも渡して忘れてしもたんやろ?」
そんな鬼丸の様子を気にもとめず、罰天狗は袋の中身に意識を戻す。鬼丸は、何も言えず空っぽの掌を見つめるしかなかった。



信号が青から赤に変わる。それを見ながらマリは、徐々に走るスピードを緩め、信号機の隣でゆっくりと足を止めた。
信号の向こう側には、大きな赤い橋がいつもと変わらずに佇んでいる。
はぁはぁと荒くなった呼吸を落ち着けるように大きく深呼吸を繰り返す。少し落ち着いたところで、左右の道路を見渡してみたが、あの金髪頭を見つけることは出来なかった。
信号が青に変わるのを待って、ゆっくりと歩き出す。羽織っていたダッフルコートが急に重く感じられて、溜息がこぼれた。
「な~にやってんのかな、私」
どうせ夕方には家に戻ってくるのだから、説教はその時にかえで姉さんからしてもらえばいいじゃないか。マリは歩くのをやめ、色とりどりの絵が描かれた堤防に腰を降ろす。
潮風が火照った頬を撫でていくのが気持ちよかった。
「それにしても、逃げ足ばっかり速いんだから・・・・・・」
溜息を吐き出して、海を覗き込めば困ったような顔の自分がいた。
なんだか昔っからこうやって置いて行かれている気がする。追いかけても追いかけてもアニキは、いつだって自分の遥か前を走っていて追いつけない。結局取り残され、いつだってひとりぼっちだ。
沈んでいきそうな気持ちを奮い立たせるように、マリは勢いよく立ち上がった。
いけない。小さく首を左右に振り、沈んでいきそうな思考に歯止めをかける。
天気もいいし、気分転換に中ノ島大橋にでも行ってみようかと歩き出した。
すると、目の前に落ちている青いカエルのぬいぐるみに気づいた。堂々と道の真ん中に落ちているのに、よく自分も今まで気づかなかったものだ。それほど焦っていたということか。
「忘れものかな?」
ぬいぐるみにしては随分と大きいそれを、マリは抱き上げる。カエルのぬいぐるみは、小さな子供くらいの大きさで、ふかふかの触り心地がとても気持ちいい。
「ちょっとカワイイかも」
ぱっと見た時は間抜け顔だと思ったが、近くで見るとなかなか愛嬌のある顔をしている。プラスチックの瞳には、自分の顔がうつっていた。
目立って汚れている様子も無い事から、最近忘れられた物だろう。マリは、そっとカエルの頭を撫でた。
「お姉さんが交番に届けてあげるからね~」
マリはくるりと踵を返して、微笑んだ。ここに置いておいて、誰かにイタズラでもされたら持ち主が可哀想だ。
『・・・い・・・』
「・・・・・・えっ!?」
突然子供のような声が聞こえ、ぱっとぬいぐるみから目を離し辺りを見回す。
だが、人の姿は見当たらない。聞こえるのは、車が走りすぎる音と波の音だけだ。聞き間違いかと首をかしげる。
『・・・しい・・・よ』
ビクッと体が震える。さっきより、はっきりと子供の声が聞こえた。
マリは、注意深く辺りを見回すがやはり誰の姿も見つけられない。ゾクリと背中が粟立ち、手が小刻みに震えだす。
半信半疑になりながら、ゆっくりとぬいぐるみに視線を戻した。
『さみしいよ・・・』
カエルの瞳が、しっかりと自分を捕らえていた。先程のプラスチックではなく生きた瞳が、マリの驚いている顔をしっかりとうつしている。ぐるりと、黒目が動いた。
「ヒッ・・・・・・」
マリの小さな悲鳴が聞こえ、ぼたりとカエルのぬいぐるみが地面に落ちる。ピンク色のカエルのぬいぐるみは、軽く弾んでから所在なさげに寝転んだ。
マリは、落ちたぬいぐるみにちらっと目をやったが、さっきのように拾おうとはしなかった。
そして、ぬいぐるみをそのままにして駅へ向かって走り出す。その口元には、うっすらと微笑が浮かんでいるように見えた。
取り残されたピンク色のカエルのぬいぐるみは、なんだか途方にくれたような顔でマリの後姿を見送っていた。


市民文化ホールの前を駆け足で通り過ぎ、タケルはようやく後ろを振り返った。
追ってくるマリの姿が無い事に満足しながら、携帯電話を取り出しいつもの相手を呼び出す。
「あ、もしもしカイト?」
『タケル!連絡遅いぞ!!』
呼び出し音が二回鳴って、カイトの怒った声が飛び出してきた。タケルは心得たもので一瞬携帯を耳から離し、難なくやり過ごす。
「わりぃって、マリの奴がしつこくてさ~」
『マリは、本当お兄ちゃん子だな』
「そんなことねぇって、今日だって・・・・・・っ」
突然、タケルを激しい寒気が襲った。
『タケル?』
不思議そうなカイトの声はしっかりと聞こえていたが、返事は出来なかった。
ドクドクと、心臓が大きく早くなり、ぞくぞくと背筋を這い上がってくる感覚に、タケルは唇を噛んだ。
今までよりも強い感覚は、それだけ強い妖気を持ったものの訪れを知らせている。
「また性懲りも無く現れやがったな・・・・・・」
『タケル、どうした?』
「カイト、悪い!!ちょっと用事が出来ちまった!!」
『ちょっ!!タケ・・・』
カイトの言葉を最後まで聞かずに電話を切り、タケルは無我夢中で来た道を戻り始めた。
急がなければいけない。
タケルの頭の中には、もうそれしかなかった。


真っ白な部屋の中で、小さな男の子が私を見て嬉しそうに笑っていた。
小さな腕で力いっぱい私を抱きしめるその姿が、なんとも愛おしい。
君の笑顔を見るだけで、私の心はあたたかなもので満たされた。
それなのに、いつの間にか、君は何処かへ行ってしまった。
君と会えなくて、私はこんなにも寂しい!
ああ、君にもう一度会いたいよ。
どうしたら会いにいけるだろう。
私の願いを叶えるには、どうしたらいいのだろう。
力があれば。
私にもっともっと力があれば。
『今こそカタチとなって姿を現せ~!!』
声が聞こえた。
途端に私の中に力が流れ込んでくる。
力が、この力がアれば。
強い力が私を満たしてイく。熱ク焼けルようナ強い力。
コレで会いにいけル。会イにいケルんだ。
私は、アノ子にまた会イニいケルんダ。
コノチカラヲ使エば、あノ子ニ会えル。
マタ一緒ニ遊ベル。
モウ、寂シクナイヨ。


目を開くと、地面が見えた。
変な夢のせいなのか、頭がくらくらする。
次第にハッキリしてきた目にうつったのはコンクリートのタイルが敷かれた地面。遠くの方には、商店街。
どうやら自分は地面に横向きで寝転がっているようだ。
起き上がらなきゃ。
反射的にマリは体を起こそうとしたが、体に力が入らない。それどころか指一本動かす事が出来なくなっていた。
『なんでっ・・・!?』
マリは、大きな声で叫んだつもりだったが、声はひとつもでない。
『あのカエルのぬいぐるみのせいなの?』
自分がどうなってしまったのか、マリには検討もつかなかった。
ただ、自分の力で声一つ出せない状況に苛立ちだけが募る。
『もうっ!!アニキはどこほっつき歩いてんのよ!!!』
そう叫んだ瞬間、目の前を見慣れた金髪が走り過ぎていった。
『アニキっ!!!』
反射的に叫んでいた。だが、あのタケルが声にならない叫びに気づく筈もない。
マリは、小さく溜息をついた。やっぱりか。
道に寝転がっている妹に気づかないとは、本当になんというアニキだろう。
見れば向こう側から男の人達がしゃべりながら自分の方に歩いてくる。
さすがに、あの人達は自分を見て助けるか何かしてくれるだろうと予想した。
普通の人なら、道の真ん中に倒れている女の子を見れば、どうしたんですか?の一言くらいあるはずだ。
だが、自分の兄と同じように彼らは自分の傍を通り過ぎていってしまったのだ。
おしゃべりに夢中になりながら。自分をちらっと見る事も無く。
『な・・・んで・・・・・・?』
マリは、やっと非常事態だという事に気づいた。
普通の人が、自分に気づかないわけが無い。変な人だと思われたとしてもそれ相応の反応があるはずだ。
なのに、さっきの人達はまったく自分を見なかった。まるでそこに何も無いかのような反応だった。
いったい自分はどうなってしまったんだろう。
もしかして、自分の姿が見えなくなっているのか?
なんというカエルの呪い!
このまま一緒をこの場所で過ごさないといけないのか。
そう考えるととてつもない絶望感に襲われた。
一生、私はこの道に寝転がったままで過ごすんだ。そう思うと、じんわりと目の奥から熱いものが込み上げてきた。
そんなのは、ゼッタイにヤダ。でも、今の自分ではどうする事も出来ない。そのもどかしさが、溢れそうになる。
どこからかバタバタとせわしない足音が近づいてくる。
また期待してしまいそうな自分が嫌で、マリはギュッと目を閉じた。
「なんか気になるんだよなぁ~、このカエル」


タケルは、道の真ん中に転がっているピンク色したカエルのぬいぐるみを抱き上げた。
見た事があるわけでもないし、自分の好みでもないのに、何故か惹かれる。
「あ!こんな事してる場合じゃねぇんだった!」
タケルは、ぬいぐるみを抱えたまま慌てて妖気を感じる方向に走りだす。
そのまま強く感じる方へとひたすら走っていると、港近くの公園にたどり着いた。
ぞくぞくと背筋を這い上がってくる強い妖気。だが、その発生源であろうあやかしの姿は見えない。
その代わりに海の近くの遊歩道をとぼとぼと歩く見慣れた後ろ姿を見つけた。
「マリ~!!」
タケルは、大声でマリの名前を呼びながら近づいていく。マリが無反応でも気にしない。
「おい、無視すんなって~」
マリの肩を叩こうとした瞬間、凄まじい悪寒に襲われた。反射的に後ろにとびのく。それと同時に空気を斬る短い音がした。
「え・・・・・・?」
マリの肩の上。ちょうどさっきまでタケルの首があった位置に紫色の刃が光る。
予想外すぎる出来事に目を見開いたまま、動けなくなる。マリは、ゆっくりと振り向きタケルに微笑んだ。
瞳は、濡れて妖しく輝き、どろりと音が聞こえそうな濃い妖気が、辺りに広がっていく。
「どういう事だよ?」
タケルはすぐさま、マリとの距離をとる。それを何も言わず、ただ微笑みながらマリは見つめていた。
目の前に立っているだけなのに、タケルの足はガクガクと震えた。
恐怖。
タケルの頭の中は、その二文字で埋め尽くされる。
「くそっ!!」
タケルは、震える足をひっぱたいて自分に喝を入れた。自分しか闘える人間はいないんだ。自分が闘わないとこの町が、この町の人達がめちゃくちゃにされてしまう。
ふーっと、大きく息を吐き出しヤツルギの石をぎゅっと握る。
あれは、マリじゃない。きっとあやかしが化けたんだ。
人の妹に化けて油断させるなんて卑怯にもほどがある。
そう思うとなんだか腹が立ってきた。
「ヤツルギッ!」
タケルの声と共に石が宙を舞う。
「招ら・・・・・・」
「待てぇえ~っ!!」
鋭い声と共に、飛び蹴りがタケルの背中に命中した。
「どぅわあああっ!!」
あまりの勢いにタケルは、前のめりに倒れ込んだ。
「間に合ったな」
「かえで姉、いきなりなんだよ~」
かえでは、真剣な眼でマリを見つめながら口を開いた。
「あれは、マリだ」
「えっ!!でも、この妖気は・・・」
マリは、ちょっと首を傾げてただただ二人を見つめている。その笑顔は、何とも気味が悪い。
「体は、マリのもので間違いない。だが、魂はマリのものではない」
「そんな事って、あんのかよ!?」
「私だって半信半疑だ!だが、感じる波動やこの妖気を考えると、それしか答えがない」
くってかかるタケルに負けじと、かえでも声を張り上げた。
「じゃあ、あいつもキサラに変身できるのか」
「いや、その可能性は低い。魂が違ったら変身はできないだろうし、あいつが変身の仕方を知っているとは思えん」
かえでの言葉を聞いてタケルは少し安心したように微笑んだ。
あんな強い妖気のあやかしがキサラの力を使えるなんて、想像すらしたくない。
「とにかく、どうやってマリの体から妖怪の魂をひっぺがすかが問題だ」
かえでの言葉にタケルが頷く。マリの体を傷つけずに魂を抜き取る方法。そして、マリの魂を取り戻す方法を考えなければならない。
「ゆっくり考えている暇は、無いようだがな」
のんびりとではあるが一歩ずつ、確実にマリは笑顔のままで近づいてくる。
その手に握られた紫色の刃は、いつの間にか大きさを変え、切っ先で地面をこするほどの長さになっていた。
「・・・・・・くそっ、何も思いつかねぇ!」
タケルは、思わず手に持っていたカエルのぬいぐるみのお腹にもどかしさを込めた拳をぶつける。
「なんだ、それは?」
「あ、なんか道に落ちてたから拾ったんだ~」
かえでは、タケルからピンク色のカエルを受け取ると、まじまじとその瞳を見つめる。
「・・・・・・タケル、良くやった」
じっくりとカエルと見つめ合った後に、かえでの唇がニヤリと笑みを作る。タケルは、きょとんとした顔でかえでを見返した。
「マリに隙を作れるか?」
「やるっきゃないんでしょ?」
かえでの言葉にタケルはニヤリと笑って応える。タケルの言葉に満足そうに頷くと、かえではマリを見据えた。
「コレに見覚えがあるだろう」
高々とカエルのぬいぐるみを頭上に掲げ、マリに問う。次の瞬間、マリの顔から笑みは消え眉間に深い皺が寄った。
「やはり正解らしいな」
カエルを抱え直すと、タケルの肩をぽんと叩いた。
「私が殺されないうちに頼むぞ」
突然人のものではないうなり声をあげながら、マリがかえでに向かって刃を振りあげて走る。かえでは、素早く右方向にスタートを切った。
マリの動きは素早く、あっという間にかえでの背中を捕らえる。
「マリ、やめろっ!!」
すかさずタケルはマリに覆い被さって、羽交い締めにしようと試みるがあっさりふりほどかれてしまった。
マリは、タケルを振り向きもせずにまたも一直線にかえでえと走っていく。
「くそっ!」
タケルは、今度はかえでとマリの間に割ってはいる。
その瞬間マリは、振りかぶった刃をタケルめがけて振りおろした。
難なくその刃を避けると、刃を持つマリの両腕を掴み刃ごと押さえつける。
「かえで姉っ!!」
マリがはっとして顔を上げるとカエルのぬいぐるみが顔のすぐそばにあった。
「はぁぁあっ!!!」
かえで姉の声が響く。その一瞬で、マリ体から力が抜け紫の刃も消えた。
「マリっ!!しっかりしろよ、マリっ!!」


何が何だか訳が分からなかった。
私は、私の前で薄気味悪く笑っているし、カエルのぬいぐるみになっちゃってるみたいだし、追いかけられるし。
しかも、かえで姉の声がしたかと思ったら、目の前が急に真っ白になった。
『今度は、何よ~』
すると、目の前に青いカエルのぬいぐるみが現れた。
自分が拾いあげたぬいぐるみ。
『あ・・・・・・』
さっき見た夢が蘇る。
あの夢は、この子の記憶だったんだ。
自分の方にゆっくりと進んできたぬいぐるみを抱き止めると、今度はもっと鮮明にぬいぐるみの記憶が流れ込んできた。
白い部屋。飾られてる鮮やかな花。優しく微笑む男の子。
すると突然視界が暗くなった。次は、鮮やかな空と白い建物が見えた。
どうやら窓から落ちてしまったらしい。そこから一気に早送りになった様に景色が動く。
季節を何周かした所でカッパちゃんが現れた。じろじろと嘗める様にこちら見ていたかと思うと、いきなりお腹を掴み、袋に押し込めた。
そういうことだったのか。
『たくさん寂しかったね。会いたくて会いたくてしかたなかったんだもんね』
マリの目から自然と涙がこぼれていた。
『大丈夫、これからは私がいるよ。一人じゃない』
ぎゅっとカエルを抱きしめ、呟く。
『きっと待ってるはずだから、あの子に会いに行こう』



眠ったまま目を覚まさないマリの横で、タケルはじっとしていた。
公園には時折冷たい風が吹き抜ける。そんな風の中で青いカエルのぬいぐるみを抱えたまま、マリは眠っていた。
「そんなに見ていても、起きないと思うぞ」
タケルは苦笑いを浮かべながら、差し出されたあたたかな缶コーヒーをかえでから受け取る。
「わかってるんだけどさ・・・・・・」
タケルは、拳を自分の足にたたきつける。
「俺は、こんな時ですら兄貴として何もしてやれない」
「そうだな、お前はいつも兄として失格だと思う」
かえでは、厳しい言葉の後に小さく笑った。
「でも、お前はちゃんとマリを見つけただろ?」
タケルは、ハッとした顔でかえでを見た。かえでは、何も言わずに頷く。
「・・・うぅ~・・・」
マリの瞼がぴくぴくと痙攣した後、ゆっくりと開かれた。
「マリ!!!」
マリは、二人の慌てた顔を見て、小さく笑った。
「あたし、カエルじゃないよね?」
「ああ、ちゃんと人間の姿だな」
タケルは、覆い被さるようにマリに抱きつく。
「お兄ちゃん・・・」
「よかった・・・ほんとよかった・・・・・・」
泣きそうな声で呟くタケルの体を、マリはそっと抱き返した。
「心配かけて、ごめんね。助けてくれて、ありがとう」
タケルは、応えるようにマリの頭を撫でた。
「さぁ、ここは冷える。神社に戻るぞ」
「おう!」
タケルが勢いよく立ち上がり、マリの前に手を差しのべた。マリは、少し躊躇いながらもその手をとった。
タケルの手は、思ったよりも冷たかった。
ぐいっと手を引かれながら立ち上がり、マリは体についた芝を払い落とす。
自分の体というのは、なんと気持ちがいいのだろう。
「そいつも連れて帰るのか?」
「もちろん!」
マリは、自信満々の顔で頷く。タケルは、不思議そうにマリとカエルの顔を交互に見た。
「ほら、帰るぞ」
「はーい」
マリは、ぎゅっとカエルのぬいぐるみを抱きしめたまま先を歩くかえでを追いかけた。
それにタケルが続く。楽しそうな兄妹の会話を聞きながら、カエルは小さく微笑んだ。


「あ~あ、失敗やな」
赤い大きな橋の上、双眼鏡から顔を離し、罰天狗はため息をついた。
鬼丸の言った事が気になって来て見れば、ヤツルギとキサラを追いつめていい感じではないか。結果を楽しみに見守っていれば、なんともあっさりと和解してしまった。
その証拠にもうあのカエルからは、怨念が感じられない。
拍子抜けだ。
「そうだな・・・・・・」
鬼丸は、橋の手すりに背中を預け、公園とは反対側の空を見ていた。その顔は、残念だと言うよりも何かを迷っているような表情だ。
「どしたん?そんな小難しい顔して~」
罰天狗は、鬼丸に耳元へ唇を寄せた。
「まさかこれでよかったなんて思うてへんやろな?」
冷たい声の囁きに鬼丸は呆れたように手を振った。
「んなわけねぇだろう」
言いながら立ち上がると、ぐいっと腰を伸ばした。
あやかし達の怨念を救う事なんか、考えていたわけじゃない。本当の意味で、彼らを救済できる方法なんか、考えてない。
「帰るぞ」
鬼丸は、低い声で告げ姿を消した。
「ほんま、あいつバレバレやのに」
罰天狗の口元が奇妙に歪んで微笑みの形を作る。その笑みは、楽しそうにも呆れているように見えた。
あれが姫様の邪魔になりそうな障害になるかどうか、まだわからない。
だが、身内に巣食う虫ほど早く対処しなければ、後で大変な事になりかねない。
何事もスピードが大事だ。
「アホやな~」
笑みを消し、罰天狗も姿を消す。
後に残ったのは冬の冷たい空気だけだった。


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こんにちば。
もものすけです。
久しぶりすぎて年が明けてしまった更新です(笑)
ヤツルギ妄想小話。
罰天狗さんをもっと暗く冷たい奴にしたかった(´・ω・`)
マリちゃんは、実はお兄ちゃん大好きなんだよ!って
いうのが書きたくて、こんな話になりました。
かえで姉さんの華麗に闘う姿とかも書いてみたかった。
もっともっと精進せねばっ!!
2014年も皆様、どうぞよろしくおねがいします。m(__)m

前に書いた前編も少し修正しましたので、
完全版で掲載します。
ヤツルギ3もいよいよ終わりに近づいて参りました。
そして、楽しみな映画化(´∀`*)ウフフ♪
どんなお話になるのか、非常に期待してますヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
それでは、この辺で。