下関市特牛港あたり特有のオス牛にまつわる万葉歌 | 日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツを解明します。

基本的に山口県下関市を視座にして、正しい歴史を探求します。

ご質問などはコメント欄にお書きください。

学術研究の立場にあります。具体的なご質問、ご指摘をお願いいたします。

山口県下関市の北部の豊北町に特牛港(こっといこう)がある。ここにはこの地固有の牛の種を古代から繁殖、飼育し、農耕用に販売して来た。特に、気の荒いオス牛を特牛(こっとい)牛と呼んでいる。この語源は不明であるが、日本で唯一の牛の種類の固有名詞である。

{0134BD42-CC35-481E-BD22-9B5E21CA4E06:01}

{CAF49B0C-3C48-41BA-A14E-7B272860BB3C:01}

万葉集16-3838の事負乃牛(ことひのうし)を牡牛(オス牛)と理解することが万葉時代からの常識とすれば、特牛港で飼育、販売される特牛牛はこの時代には中央にまで使役され有名であった証しとなる。他に、巻9-1780番に牡牛(ことひうし)が見える。巻16-3886番は単に牛とある。


参考

万葉集巻16-3838番

原文: 吾妹兒之 額尓生 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡

訓読: 我妹子が額(ひたひ)に生(お)ふる双六の牡(ことひの)牛(うし)の鞍(くら)上(へ)の瘡(かさ)

訳: 私の愛しい妻の額の二つの、双六の勝負に負けた形の牛の、牡牛の倉の、鞍の上の瘡

注:
無心所著謌二首
標訓 心の著(つ)く所無き謌二首(3838と3839)

詠う人も、褒美をあげる人も、それを脇で聞く人も、これら全ての人々が人麻呂時代の万葉集の代表的な歌々を知っていることが、前提の歌で、どれだけ万葉集を楽しんだかを試験されるようで辛い歌(参考)






万葉集巻9-1780番では、「牡牛の」の「ことひうし」(牡牛)は、重い荷物を背負うことのできる、強健な雄牛。その「ことひうし」が貢ぎ物を屯倉(みやけ)に運ぶことから、地名の「三宅」に掛かる枕詞となっている(参考)。