巨石の運搬、建立の実例 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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牛馬を使わずに人力だけで巨石を運搬して、立ち上げる証拠写真があった。以下の写真は明治36年に長府の忌宮神社に養蚕渡来の碑を建立する工事の例である。

蘇我馬子の石舞台古墳の巨石などは、牛馬を使えば簡単に建設出来ることが理解できる。

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完成記念

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人力巻上げ機を3機以上用意して、1機につき8人、合計24人以上で巨石を動かすことになる。


参考

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石舞台古墳、蘇我馬子

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馬鹿な現代人の貧弱な想像図、4、5人で動く訳がない!5000年前のピラミッド建設でも似たような想像図があるが、幾ら鞭打っても無理なものは無理ですね!

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牛2頭と馬1頭で電車車体を輸送、牛馬は古墳時代には居た

蘇我稲目のピラミッド古墳(参考)