オムニバスアルバムその2 Easter Front Live at Ruthie's Inn | 川嶋未来(SIGH)のブログ

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正直に言うと、私はあまりベイエリアスラッシュというのが得意ではない。ヘヴィメタルの持つ邪悪な側面に強く惹かれていた部分があるので、ベイエリアスラッシュの持っていた健全なイメージになじめなかったというのもある。80年代の終わり、ある意味最も反社会的な音楽形態であったはずのスラッシュメタルは、Metallicaの商業的な成功により二匹目のどじょうを狙うレーベルやバンドによってすっかり牙を抜かれてしまった。そこで中心的な役割を果たした、すべての元凶がベイエリアスラッシュという気がしてならないのである。デスメタルやグラインドコアが外部からスラッシュメタルを殺しにかかったとすれば、内部からその崩壊を導く中心的役割を果たしたのがベイエリアスラッシュ。どうも商業主義的な、メディア主導で作られた感もぬぐえない。それまでさんざんスラッシュをバカにしていた連中が、急に手のひらを返して飛びついたもの。コアなスラッシュファンになればなるほどその印象はよろしくない。(ってそんなこと思ってるの俺だけかもしれませんが。)

だがそれは単なる偏見でしかないということを証明するオムニバスアルバムがある。

 "Eastern Front 3 : Live at Ruthie's Inn"。1986年に発売され、その後おそらく正式にCD化はされていないので、現在ではその存在はあまり知られていないかもしれない。だが、これはベイエリアスラッシュがブームになる直前を捉えた知られざる名盤である。



 タイトルにあるRuthie's Innというのは、初期のMetallicaやMegadeth、Exodsu、Slayerなどもプレイしていたカリフォルニアはバークレーにあったクラブ。オーナーのWes Robinsonは、元々John Coltraneなどのフリージャズに深く関わり、その後ハードコアパンクを経てスラッシュメタルに興味を抱いたという、急進的な音楽のシンパであった。Coltraneに傾倒していた人間の興味を引いたくらいであるから、いかに当時スラッシュメタルというものが「新しい音楽」として期待されていたかがわかるだろう。"Eastern Front 3 : Live at Ruthie's Inn"はLP2枚組でリリースされた。1枚目がRuthie's Innでのライブ録音(基本的に85年、Raw PowerとLaaz Rockitのみ83年)、2枚目がデモ音源を集めたもの。(2枚目収録のバンドも、当然Ruthie's Innの常連。)Metallica、Megadeth、Exodusなどが大成功し、次は誰だと各バンドがしのぎを削っていた、ベイエリアが最も熱かった時代の記録である。収録バンドを見てみると、(1枚目)D.R.I.、Stone Vengeance、Violence、Hexx、Sentinel Beast、Raw Power、Laaz Rockit、Fuhrer、Tyrannacide、Forbidden Evil、Morally Bankrupt、(2枚目)Sacrilege、Anti-Mob、Ruffians、Heathen、Death Angel、Chronic Plague、Legacy、Blood Bath、Messiah、Blind Illusion、Aftermath。これを見てまず言えるのは、凄まじい玉石混交であるということ。Legacy(現Testament)、Death Angel、Forbidden Evil(現Forbidden)、Violence、Laaz Rockit、Heathenなど、後に成功を掴んだベイエリアスラッシュのバンドが軒並み収録されている一方で、Sentinel Beast、Sacrilege(後のSacrilege B.C.)やHexxなど、アンダーグラウンドではそこそこ名を馳せたもの、さらにはMessiah(スイスのとは別バンド)、Anti-Mob、Fuhrerのように、その後アルバムを発表することもなく、今ではその正体すら殆ど掴めないようなバンドまでが入っている。これらのバンドが皆、明日のMetallicaを夢見て横並び一直線で競いあっていたのだろう。想像するだけで胸が熱くなる。そしてもう一つ、ベイエリアスラッシュというと、ある程度は画一的なイメージがあるものだが、このコンピレーションに収録されている楽曲は千差万別。Ruffiansなどは完全に普通のへヴィ・メタルだし、テキサスからサンフランシスコに引っ越してきていたD.R.I.はクロスオーヴァー、Raw Powerに至ってはメタリックなエッジは持っていたとは言えハードコアパンク、しかもイタリアのバンドである!80年代当時は、このやたらと雑多な音楽性、そして何故ベイエリアのライブハウスのコンピレーションに、イタリアのバンドが収録されているのか不思議でならなかった。(Raw Powerという別のアメリカのバンドがいるのか、真剣に疑った程だ。)

 当時のRuthie's Innがどんなものだったのか、一度Death Angelに話を聞いたことがある。メタルもパンクも関係ない、この雑多な良い組み合わせはオーナーの意向であり、普段のライブもこのような一見滅茶苦茶な組み合わせで行われていたそうだ。最初は戸惑っていたバンド・ファンたちも、異ジャンル同士の思わぬ化学反応に驚いたことだろう。メタル側の人間は、D.R.I.のそのスピードに大きな衝撃を受けたことは想像に難くない。スラッシュメタルというのは、NWOBHMを親として生まれているが、そのスピードアップにはハードコアパンクという起爆剤が大きく関わっている。ベイエリアがMetallica、Exodusらを輩出し、その後ベイエリアスラッシュというムーヴメントを生み出した背景には、D.R.I.、そしてこちらもやはりテキサスから移住してきていたMDCらハードコアパンクバンドの存在が確実にある。(MDCについてはDeath Angelも度肝を抜かれたと語っていた。)そして当時、ヘヴィメタル、ハードコアパンクというジャンルの垣根を取り払うのに大きな役割を果たしたのがRuthie's Innのオーナー、Wes Robinsonだったのである。Wesはベイエリアスラッシュどころか、スラッシュメタル全体の発展に陰ながら、しかしとてつもなく大きな貢献をしたのである。

 今ではすっかりビッグネームとなったTestamentやDeath Angelらが、「俺たちの方が速い!」「いや俺たちの方がへヴィだ!」と競い合っていた時代。メタルもパンクも関係なく、最も激しい音楽をやっているのは誰なのか、ただただそれだけを追求していたのだ。新たな音楽、新たなシーンの誕生。想像するだけで興奮が湧きあがってくる。ベイエリアスラッシュというと、Anthraxらを中心としたNYのスラッシュメタルとは異なり、あまりハードコアパンクの影を直接的に感じることはないかもしれない。だが、その誕生・発展にはハードコアパンクの力が大きく関わっているのだ。"Eastern Front 3: Live at Ruthie's Inn"は、正にそんなシーンの誕生・発展の様子をそのまま切り取った素晴らしいドキュメンタリーだ。ベイエリア・スラッシュ好きはもちろん、ベイエリアはちょっとなあというコアなスラッシュファンにこそ聞いてもらいたいのだが、おそらく未CD化、LPも発見は容易ではないかもしれない。このメンツでは、権利関係をすべてクリアして再発するというのは至難の業か。まあでも発見は絶対不可能とうい訳でもないと思うので、皆さんの幸運を祈ります。