【御朱印なし】
住宅街にひっそりと佇む神社ですが、
延喜式神名帳に〝志貴県主神社 大月次新嘗〟と書かれていて、
月次祭と新嘗祭に幣帛を受けた大社なのだ。
御祭神は初代神武天皇が御即位した後に結婚した伊須気余理比売(大物主神の娘)との子と伝えられる神八井耳命(かむやいみみのみこと)です。
相殿に天照大御神・春日大神・天児屋根命・比咩大神・住吉三神(表筒男,中筒男,底筒男)・神功皇后
柏原から道明寺付近の水田は志貴県(しきのあがた)という大和朝廷直轄地(御料地)でした。
これを管理していた神八井耳命を始祖とする志貴県主が本拠地に祀り氏神としていた神社‥と考えられています。
志貴県→古代の地方行政単位
神八井耳命は弟の神沼河耳尊(第2代 綏靖天皇)に皇位を譲り、
ご自身は祭祀者となりました。
神八井耳命の子孫の多くは皇族と血縁のある氏族として古事記に記載されています。
古事記の第21代雄略天皇の項に書かれる志貴県主の家に鰹木を作り天皇に叱られた話から、
かなり勢力を張ってた県主だったんだろうなぁ。
その頃の〝叱られた〟はもう命ないだろな。
時代は変わり
律令制が整うと任国に着いた国司は国内有力大社への巡拝が義務付けられました。
巡拝には費用と日数と人員を要することから、
経費節減のために設けられた惣社の制により国府最寄りの大社を総社に定めて国中の神々を合祀しました。
志貴縣主神社は河内国総社に比定されています。
神八井耳命に合祀される神々は河内国内の大社の御祭神です。
枚岡神社とかよ。
▲本殿の屋根かっこいいね
拝殿の脇の小さな「式下大神」は調べても出てこないけどおそらく‥
大和国式下郡(現在の磯城郡田原本町)の大神ということで多坐彌志理都比古神社(通称多神社)の御分霊じゃないかと思います。
神八井耳命が神官を務めた神社です。
だとしたら摂社になるのかな。
▲式下大神
帰りに気づいた Σ(`Д`)!!
正面の鳥居、
明神かと思ったら四脚鳥居だわっ!!
朱鳥居の柱に鉄棒で石柱が繋がってるw
こんなん初めて見ました(^ω^)
どーしてこうなったんだろ?
倒壊防止で後付けされたのかな?
◆志貴縣主神社
大阪府藤井寺市惣社1-6-23
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*志紀縣主神社の御朱印について
志紀縣主神社の御朱印はありません。
道明寺天満宮では今後も兼務社の御朱印を作る予定はなく対応に困っているそうです。
総社めぐりをされてる方はご注意ください。