1985年。
ライブ・エイドでフレディが世界を魅了する頃には、彼はそのスタイルを大きく変貌させていました。
70年代に伸ばした長髪は無く、ノースリーブの白いTシャツ、ハード・ウォッシュのラングラー・ジーンズに鋲付きベルト。金属のアームバンドといった新しい、ラフなスタイルでウェンブリー・スタジアムに旋風を巻き起こしたのです。
次にフレディの代表的衣装と言えば!。。。
6本の金色のバックルと穴飾りに縁取りが付いている、鮮やかなレモンイエローのミリタリー・ジャケット。
これをフレディが初めて着用したのは、1986年のヨーロッパ・マジック・ツアーでした。
Queen史上最高のステージと評される、ウェンブリー・スタジアムでパフォーマンスを行った時です。
この黄色いジャケットを制作したのはフレディの友人でもあり、舞台衣装のデザイナー、ダイアナ・モーズリーという人物です。
モーズリーはスペインのオペラ衣装からヒントを得て作ったと言っています。
オペラというよりは闘牛士なのかな?などと思ったりもしますが・・・(笑)
フレディはそのジャケットに、両脚の横に金の縁取りがある赤いストライプの入った白いパンツを合わせていました。
この日本でもフレディ・マーキュリーを表す時に使われる衣装といえば、ほとんどの場合、これですね。
ちなみにこの衣装は1989年「The Miracle」(ザ・ミラクル)
のミュージック・ビデオでも使われていて、リトル・クイーンたちとの共演を果たしています。
大人のQueenメンバーと子供のクイーン・メンバーとの共演はとても微笑ましく、ほっこりした気分で見られるミュージック・ビデオになっています。
80年代後半にアルバム「Mr. Bad Guy」(ミスター・バッド・ガイ)で自らのソロでの創造性を追求していたフレディは、依然として自分のことを笑い飛ばすことを忘れていなかった、ということを証明してみせました。
フレディの1987年の曲「The Great Pretender」(ザ・グレート・ プリテンダー)のミュージック・ビデオでは、彼の長年にわたるクイーンでの様々なスタイルをパロディにしているのを見ることができます。
デイヴィッド・マレット監督によるこのビデオには、綺麗にヒゲを剃ったフレディが登場します。
晩年のフレディは風変わりなものを求める本能を、大胆な音楽スタイルへと向けていましたが、その一つが伝説的オペラスター、モンセラート・カバリエとのコラボレーションでした。
フレディがカバリエとコラボした時は黒の蝶ネクタイを締め、スタイリッシュなタキシードに身を包んでいました。
フレディによると、フォーマルな服装でライブのパフォーマンスを行ったのはその時が初めてとの事でした。
ピッチピチの半ズボンや、革のパンツ、そしてレオタードやボディ・スーツとは両極端でしたが、これもフレディのカバリエやオペラという古典への敬愛だと見て取れます。
Queen⑫にも詳しい解説をしましたが、このモンセラート・カバリエとのコラボレーションこそが長年夢に見ていたフレディの一番やりたかったこと。
そのものだったのです。
もちろん、Queenとしての活動もそのひとつです。
しかし、天使の歌声と自分自身とのコラボレーションもまた、フレディが長年追い求めた夢の実現でした。
そして皮肉にもこのコラボレーションがフレディにとっての最後のステージとなります。
この頃には病は深刻化し、治療を受けることでフレディの活動は制限されていきます。
その姿は限定的にミュージック・ビデオでしか見られなくなり、世論は憶測で物を言うようになります。
しかし、そのミュージック・ビデオや、パパラッチに撮られたフレディの姿には、明らかに異常が見て取れ、ファンは心配でたまらなくなるのです。
アルバム「THE MIRACLE 」(ザ・ミラクル)は、「A Kind Of Magic」(ア・カインド・オブ・マジック)から3年近く経ってようやくリリースされたアルバムになります。
この間もメンバーたちは精力的に活動を行い、ロジャー・テイラーはザ・クロスを結成。
フレディ・マーキュリーは、前述のスペインのソプラノ・オペラ歌手モンセラート・カバリエとのコラボレーションによって野望を実現し、クラシック・クロスオーヴァー・アルバム「Barcelona」を発表。
ブライアン・メイはスティーヴ・ハケット(元ジェネシスのギタリスト)のアルバム「Feedback 86」に参加した他、後に妻となるアニタ・ドブソンのヒット・シングル「Anyone Can Fall In Love」をプロデュース。
そしてジョン・ディーコンは、映画「ビグルス ‐ 時空を越えた戦士 」のサウンドトラックに取り組みました。
この点については文句のつけようがありません。
しかし、熱心なファンは、彼らがQueenというバンドとして戻ってくることを願っていました。
願わくばもう一度ツアーをして欲しい・・・と。
この時、内輪の聖域外に知らされていなかったのは、フレディが1987年にHIV陽性であると診断されていたことでした。
HIVに感染し、エイズを発症すると、体力と集中力を激しく消耗させる関連疾患が現れます。
しかし、この恐ろしい病気に怯むどころか、連帯感を新たにしたQueenの4人は、スタジオに戻り、新たなアルバムを作ることに心を結束させるのです。
さあ、またQueenの音楽を作るぞ!。
こうしてアルバム「THE MIRACLE」(ザ・ミラクル)は生み出されました。
前述のリトル・クイーンたちとのミュージック・ビデオはQueenとして一番輝いた'86年のあの日を忘れないでくれ、といったメッセージでもあったのかもしれません。