そうして二週間が経ち、徒歩五分程で着く小学校へと足を向ける。



随分と痛みは和らいだものになったが、まだ包帯は取れず若干ガニ股で歩いていた。



弟は、ランドセルの蓋を閉めずに、カッパカッパしながら落ち着きなくはしゃいでいる。



何よりも自分は半ズボンから漏れ出るトランクスが異様に気になっていた。


漏れ出ては、中に折りたたんでしまい込みを繰り替えす。





『ああ!!カラス君久しぶり!!もうお腹治ったん!!?』



『え?ああ、まぁまだ完全じゃないけど・・・・』





学校では、俺はなんだかものすごい腹痛に襲われ、二週間入院したという扱いになっていた。



確かに、真性包茎で二週間休んだ事が大向けにされれば、今後の小学校生活に支障をきたしまくる。


そらそうだと思う反面、なんとも言えない複雑な気分になった。





『カラス、もう大丈夫か?』





担任の先生が、心配そうな顔で俺の顔ではなく、股間を見ていた。


明らかに股間を凝視していた。


やっぱ先生はそら全て知ってるよね・・・・。





『コレ皆で、カラスに早く元気になってもらおうって・・・・・』





そう言って、なんだかごちゃごちゃ書かれた色紙を渡された。





カラス君、早くおなかなおるといいね。しんぱいです。



カラス君、早くおなかなおしてまたいっしょにドッヂしよう!



だいじょうぶ?おなか早くなおして、またけん玉見せてや。





色紙にはクラスメイト全員の言葉が詰め詰めに書かれていた。


思わず先生を見ると、なんとも言えない複雑な顔をしていた。


きっとクラスの誰かが提案して、皆で書こうって事になったんだろう。


子供心に、それを止めることが出来なかった先生の気持ちを察した。



『ありがとう先生、皆。』



激痛を二週間耐え、山を超えた少年はいろんな意味で大人になっていた。


ただ、ソレと同時に自分は他の男とは違うという強い劣等感を持つようにもなっていた。



『カラス君、連れション行こうぜ!!』


『いや、無理・・・。』



その劣等感を引きずり続け、彼は初体験事件で大きなミスを犯してしまうことになるが、


それはまた、かなり未来の話だ。


とにかく、時は流れ、ようやく男たちも剥け始める中学三年生の頃。



『カラス君、なんかヤバイぐらい剥けてるらしいな。

大人すぎるやろ・・・・。』



時代はようやく、自分に追い付き始めた。



『それほどでもないで。』



修学旅行でぞろぞろと旅館の大浴室に向かう男達。


各々が恥ずかしそうにタオルで前隠しをする中で、

大きく片手でタオルをぶん回し肩で背負う男がいた。



『まぁ、コレぐらいのもんよ。』


『なんじゃこりゃ!剥け過ぎwwwwwww』



そこには既に劣等感から、解放されていた自分がいた。



親父・・・・・・ありがとう・・・・・。



感謝してもしきれない。


ありがとう。



そんなありきたりな言葉しか思いつかない。


あの時、あの小さな湯船から始まった物語。



『ほんでよwww俺のソレがベララララララー!!!ってwww

めっさマッハで回転したんよwwwwまさに人間ヘリコプターWWWWWWWWWWW』



ドッと転げまわりながら爆笑する友人達。


今では絶対滑らない鉄板話として、恥ずかしげもなく披露している。


トラウマは、いっそ面白おかしく解き放とう。


劣等感そのものも自分であると、気づくまでに随分とかかった。


今でもそうだ。


彼の男の中心はズル剥けでいて、そして劣等感だらけだ。


だからこそこれからも、男の中心で『 I 』を叫び続ける事だろう。



『あぁ、この前車運転してたら、めっちゃションベンしたくなってさ・・・・』


『おお、んで?』




トイレに出た時は既に満身創痍の状態だった。


いてぇ・・・。


たかがションベン、されどションベン。


かつて、尿意をこんなに恐れたことがあっただろうか。


かつて、こんなに痛すぎて射程が定まらないションベンがあっただろうか。


痛すぎて暴れまくりたい衝動と、便器内にちゃんと収めなくちゃならない葛藤の戦争である。



『あんた、なにしてんの!はよ包帯替えなさい。』



包帯巻き巻き君をぶら下げながら、ゲッソリと歩く息子に母は追い打ちを掛ける。


ふふ、わからんだろう。


あんたにはこの痛み、一生わからんだろうさ・・・。



リビングに入ったところで、床に座り込む。


包チンさんとニラメッコ。


ニラメッコは笑ったら負けだが、笑える要素が一個もない。


かといって、勝つ要素も一個もない。


いや、そんなことはまぁいいさ・・・。


もはや、わけのわからない悟りを開いていた。


少しめくれた包帯の端を掴み、少しずつ少しずつ剥がしていく。


剥がしていく度に、局部へと近づいていく。


それはまるで、刺さった針を一本ずつ抜いていくかのような作業だった。


何度もため息を吐きながら、小休止し、また覚悟ともにめくり始める。



『あぁ、もう!そんなゆっくりやってホンマ!!

サッとやってパッと替えたらいいやないの!!!』



あまりに焦れったすぎる行動に母が苛つき始めた。



『そんなん言うたかて、痛いもんは痛いんや。』


『あんた男やろ。我慢しなさい。』



男やからこそメッサ痛いんじゃボケ!!



もはや半泣きである。



『どうせ痛いなら一瞬の方がいいやろ。

ちょ!!あんたソレ貸してみ!!!』



ソレは一瞬の出来事だった。


一体何が起こってるのかすら、わからなかった。


母は、包帯を奪い取り、まるでベーゴマを回すようにそれをグン!!と引っ張りあげた。



ベララララァァァァ!!!



ヘリコプターのように超マッハで回るそれが見える。



ハギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!



包帯がバッチンと取れても、まだ余韻を残すように回り続けていた。



GYABAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!




『・・・・ほれみぃ、一瞬やろ。』



一仕事終えたような顔で言い放つ母。


床には一つ、死体が転がっていた。


母の言う通り、一瞬で身動き一つできない息子が完成した。


それは空を飛ぶことはできないが、意識を飛ばす事ができるオカンの必殺技。



人間ヘリコプター・・・・。



嘘やろ・・・・。



ちょ、あんたマジか。



我が母ながら、息子の息子の荒使い加減が半端無さすぎる。


普通、もっと丁重に扱わないか?もっと、患部を大事大事にしてあげないか?


誰も見たこと無いぞ、あんな高速回転する息子。


もし、ションベンする前だったら、完全に人間スプリンクラーになっていた事だろう。



泣いた。


完全に号泣である。



『男やろ!!!泣きなさんな!!』



鬼畜。


なんという鬼畜ぶりだろう。


泣かしたのは誰だろう。


むしろ、これは男だから泣くんだよ・・・・。



初めて丸裸にされたそれが体の真ん中で横たわっていた。


あぁ、本当に皮はなくなったんだ。


痛々しいまでに、新しい血が次々と流れている。



『ほら!!!新しい包帯もつけたげるからはよ起きなさい!!!』



戦士に休息は許されない。


次の日から、ウジウジと包帯を替える度にすぐさま母が飛びかかり、

自分でやるから!!あたしがやったるわ!!!というわけのわからない攻防戦が続いた。




つづく

その日は痛みでほとんど寝れずに朝を迎えた。


起き上がろうとする度に強烈な痛みがアソコを襲い、立つことさえ困難を極めている。


なるべく刺激しないように、超不自然な程のガニ股移動を余儀なくされた。


一歩一歩壁に手を当てながら、ゆっくりと歩く。


今この瞬間、誰かに一物にデコピンをされたものなら、十代先まで呪う以前に、

絶叫の末、一秒で死ねる自信があった。


リビングまで行くと親父は既に仕事に行った後で、

弟もランドセルを担ぎ今にも出て行こうとしているところだった。



『学校には電話して、二週間ぐらい休み取ったから。』



母はそう言いながら、忙しなさそうに朝の用事をテキパキとこなしていた。


こんな状態で学校など行けるわけがない、通学途中で野垂れ死ぬと思っていたのでホッとした。



『んじゃ、いってきまーーす!!』



元気に出て行く弟を中腰で見守りつつ、椅子の背もたれに手をかける。


さぁ、俺座るぞ、さぁ、俺ゆっくり座っちゃうぞ!!!


心の中で、覚悟を決めて、いっせいのうでで、ゆっくり腰を下ろす。



『フーーーーー!!!』



無事着席が成功したと同時に、クッションに少しだけソコがこすれた。


ハワアアアアアアアアアアアア!!


めさくそ痛い。


でも、暴れられない。


暴れたら全身全霊を持って、ニッコリと昇天する。


なんじゃこれ。


なんで、たかが座ることでこんな苦労せなあかんねん。


落ち着いてよくよくパジャマのズボンを見てみると見事に前が真っ赤になっていた。


ズボンのゴムを伸ばしてブリーフを見ると更に真っ赤。


あれ?俺いつの間にアントニオ猪木のパンツ履いてたっけってぐらい真っ赤だった。


ブリーフの中を見ようとした所で無理だと悟った。


それは完全に血にこびりついた激戦区を剥がす事を意味するからだ。


無理無理無理無理。


そう思っていると、机の上にバサササ!と何かが乗せられた。



『あんた今日からパンツこれ履きや。』



それは親父のトランクス達だった。


ブリーフだと、真っ赤になるし、何より窮屈で痛みを伴ってしまう。


親父のはぶかぶかだし、触れないで済むだろう。


母なりの気遣いだった。


図らずともトランクスデビューになるわけだが、

それは完全に血にこびりついた激戦区を剥がすことを意味する。


おいおい、殺す気か。


更に、机の上に白い包帯が置かれた。



『コレ毎日自分で替えや。』



思い出した。


そうだった。


毎日包帯を取り替えてくださいとか医者が言ってたな・・・。


ソコには何重にもミイラのごとく包帯が巻かれており、

化膿を防ぐためにも、空気に触れさせるためにも、毎日包帯を取り替える必要があった。


これはブリーフどころではない。


コレはブリーフ脱ぎ剥がすどころの騒ぎじゃないぞ。


机の上に置かれた包帯を見つめ続ける時間だけがだらだらと過ぎていった。


さっさとやれよと思うだろうが、本当にかなりの覚悟が必要だった。



とにかく少しでも前へ、大きな深呼吸をしたと同時に、パジャマのズボンを脱ぐ。


間髪入れず、ブリーフも行こうと思ったが、急がば回れだ。


いや、シャア専用ブリーフすぎて、さすがにびびっただけ。


恐ろしいほどの激痛に耐えながら、ゆっくりと剥がすように脱ぐ。


やがて、ソレは現れた。


グルグルに真っ赤な包帯に包まれたソレは痛々しいまでに腫れていた。


先端だけは見えていて、見事に皮がなくなっていることに気づいた。



まるで棒の先にさくらんぼがついてるみたいだった。


開放感に満ち溢れたのか、それともただ単に腫れ上がっているだけなのか、

二倍程大きくなったように見える。

しかし、初めて自分のソレを確認できたことの喜びはなかった。



この包帯を取れというのか・・・・・。



ただただ、その絶望感に溢れていた。



そして、その絶望は尿意と共に現実となる。


え?行けっつーの?この状態でションベンしろっつーの?



もはや、ヤケだ。


がたっとその場で立ち、超ガニ股でトイレへと移動する。


もちろん、めっさゆっくりだ!!


『我慢したら、膀胱炎になるからね。』


医者のそんな言葉が頭をよぎった。


とにかく出せねば、とにかく!!


少しの刺激でもあれほど痛いのだ。


絶対小を足す事にも激痛が伴うだろう。



どうして、僕だけが・・・・。



そう思わざるを得なかった。





つづく