エエ天気なので、チョイと釣行へ♪
毎度です
ささめ針フィールドテスターの中本で、で、で、おまぁ~す
さて、暖かな日差しを受けて、世は春・春・春の春爛漫です
街の桜並木のツボミも開き、もうすぐソメイヨシノのピンクの花びらが美しく咲き誇る季節が到来しまっせ。
こんなエエ季節で好天の日とくれば、これは釣行しない手はおまヘンわな。
…てなことで、明石と鳴門の2大海峡大橋をわたり、チョイと花見カレイを狙って徳島エリアへと釣行してきましたで
でっ、今回の釣行もまたもや例によってイロイロな出来事&珍事件がおまして…。
詳しい話は5月発売の『関西のつり』に掲載される「やめられまへん!投げ釣りは」に書きますんで、よろしければご購読のほどを
でっ、その釣行での番外”エピソード1”をアナキン・中本ウォーカーがご披露しまひょかな。
納竿間際のことです。僕の赤サーフパワートルクにケッコウな重量感が乗り、なんやエエ感じの引き(抵抗?)まで手元へ伝わってくるやおまへんか
「これは良型のカレイにちがいない」と、ウキウキワイワイYTVでラインを巻き上げていくと、足元で浮いたのは下の写真のヤツですわ
穴だらけのバケツに”崖の下のポニョ”ならぬ「ジョージアのカフェ・オレ」の空き缶が潜り込んでまんがな。
これが、この仕打ちがオッサンの全身全霊を込めて期待したファイナルアンサーでっか。ククッ…
ハッハァ~ン、なぁ~るほどな。海水が満たされた空き缶入りの扁平にヒシャげたバケツはカレイの擬似重量感を生み、穴だらけのバケツに通る水流でカレイの引きを作って単純なオッサンを騙しやがったんでんな…。
フフンッ
「ヤルやないかい、クソったれバケツめェ~」
『LET IT BE』って、恋の鎮魂歌でっか?
毎度でぇ~す
フィールドテスターの中本でおまんにぁわ♪
ポールが厳かに弾きはじめたベース音から一拍遅れたピアノのC 和音から{ G → Am → C/G → F } と進むコード進行のイントロが始まると、青い春だった僕の心は キュッときつく締め付けられたものでんねんわ。
それは中学3年生のとき。神社の境内でふられた初恋の節子ちゃんの顔を思い出すたびに、切なくなるほど繰り返されるサビの部分の『LET IT BE(なすがままに…) 』のメロディが、まるでレスリースピーカーで回転するかのように浮かんできよります
そして、高校3年生のとき。大好きだった恵子ちゃんとよく入った「ボヘミヤン」という喫茶店で別れを告げられたときも『LET IT BE 』の間奏でジョージが弾いたファズギターのナイスなフレーズが鳴り響いていましたな
…って、すべて女にふられたときの思い出ばっかりですやん
『LET IT BE (なすがままに…) 』って、オッサンの恋愛鎮魂歌でっか
でも, 「THE BEATLES 」の中ではフェバリットソングの一つなんでっけどもネ…。
中央 フリーウェイ ♪
毎度です
ささめ針の投げ釣りフィールドテスターの中本でおます。
僕ら50歳代が若き頃、女の子とドライブするときに必携だったのが、ドライブ中のムードを作り出すためにカーステレオ(死語でんな…)へブチ込むカセットテープ。
当時の定番といえば、もォう、サザンオールスターズ。
「いとしのエリー」や「シャナナ」、「栞のテーマ」なんて定番中の定番でおました
そして、夏の定番といえば大滝詠一の「ア・ロングバケーション」や「イーチタイム」といったアルバムはハズせませんでしたな。
また、佐野元春やスターダストレビュー、竹内マリアに山下達郎なんぞの曲も必ず録音していましたもんネ
(そうそう、あの時代は貸しレコード屋なる商売があり、そこでレコードを借りてカセットテープに録音してレコード代を浮かせたもんでしたわ…)
そして、ドライブに誘った女の子を口説き落とすために忘れてはいけない最終兵器アイテムが松任谷由美(ex荒井由美)の各アルバムです
「ひこうき雲」・「MISSLIM」・「コバルトアワー」・「十四番目の月」・「紅雀」・「オリーブ」・「悲しいほどお天気」・「流線型’80」・「時のないホテル」・「サーフ&スノー」・「水の中のアジアへ」・「昨晩お会いしましょう」・「リ・インカネーション」・「パールピアス」・「ボイジャー」・「ダ・デ・ダ」etc
これらのアルバムに入れられたユーミンの楽曲が当時の女の子、とくに都会的センスに満ちた女の子のハートを射止めるには必要不可欠でしてんで
そんな中でも「十四番目の月」に入っている「中央フリーウェイ」はドライブには大定番曲で、片手で肩を抱いてハイウェイを走る恋人の心情を歌った傑作ですわ。
神戸・三宮なんぞのオシャレな港町や異人館なんぞへ遊びに行った帰り道の阪神高速でムードが高まり、ここ一番のタイミングでこの曲が流れてくれば”バシッ”と決まってホテルへGOでっせ
そォう、オッサンもウチの嫁さんとのデートでバシッときめましたもんネェ~
…アッ、しもた。いま考えれば「使いどころ&使う相手」をキッチリ間違ってしもたような気がするような、しないようなぁ~…
僕とSASAMEの『Boy meet girl』でっせ☆
毎度でぇ~す
フィールドテスターの中本でおまんにぁわ♪
さて、僕とささめ針との出会いを語らせてもらいまひょか。
初めてのコンタクトは、僕が月刊『関西のつり』の誌上にて「やめられまへん! 投げ釣りは」を連載させてもらって9年目となる1998年の2月、フィッシングショーの会場でありました。
某広告代理店に転職した最初の連載担当記者だったS君が、投げ釣りのフィールドテスターを探していた【㈱ ささめ針 】の篠倉社長を紹介してくれたのが全ての事の始まりとなります。
当時のささめ針といえば、未だ「市販仕掛けのメーカー」といった印象が強おましたが、若い社員が元気に動き回るフィッシングショーの活気あるブースの裏にあった控え室で篠倉社長とお話をしたとき、何か社長から発せられる温かいオーラを感じてエエ感触で話が進んだように憶えていまっせ。
とくに僕の心の琴線に響いた社長の口上が、
「中本さん、初めから大きなメーカーに入って名を上げてもアタリ前過ぎますやん」、「ウチのような小さな会社と共に努力をして、低いところから手を携えて高みへと登り上がっていくのがオモシロイと思いません」
「その代わりに、落ちるときは”奈落の底”まで一緒でっせ」
この言葉にはメチャクチャ感動したオッサンでおました。
そんな男・中本嗣通を最初に買ってくれた社長の心意気に「惚れて、惚れて、惚れ抜いてぇ~♪」ってな演歌の文句やおまへんが、「よっしゃぁ~ この会社でお世話になろう…」と心に決め、今に至っています。
でっ、ハッと気が付けばささめ針における最古参のフィールドスタッフとして足掛け14年もの歳月が経ちました。
オッサン自体は歳をくらった初老体へ「変身」しただけですが、その間にささめ針は社長をはじめ、会社一丸となった営業努力の賜物で業績をグングンと伸ばし、現在では釣り針メーカーとして確固たる地位を築かれ、これから先にも明るい未来が開けているように思えます。
…ってなことで、篠倉社長とささめ針にはこれからも何かにつけてベッタリとお世話になろうと思っているオッサンですので、ひとつよろしゅうにお願いしまっさ。
いや、ホンマに
(…とはいっても、僕はホ○と違いまんねんけれども…)
ブログ、はじめました♪
毎度です
ささめ針の投げ釣りフィールドテスターをさせてもらっている中本でおます。
さぁ~てと、ささめ針さんからのご協力を得られるということで、
なにを思ったのか調子に乗ったドエライ機械音痴のオッサンが、このたび大の苦手とするPCをさわって「ブログ」を始めることになりましてんわ…。
ナンといってもアナログ感覚に支配されたオッサンでっから、数々の見苦しい点にお気付きになるとは思いますが、ひとつ寛大で博愛な精神でやさしく見守ってやっておくんなはれや♪
てなことで、PCの教則本を片手にボチボチとやらせてもらおうと思いますので、よろしくお願い、アッ、御願いたてまつりまァ~すゥ~
チョチョン、チョチョン、チョン、チョン、チョン、チョン、・・・・・・。(ヨッ、中本屋)。
【PS】
遅くなりましたが、このたびの「東北関東大震災」で被災された地域の皆さんに、 心からお見舞いを申し上げます。
一日でも早く平穏無事な元通りの生活へ戻れるようにと、お祈りしています。