新稀少堂日記 -8ページ目

第9346回「中咽頭癌、入院35日目、ホスピス棟、5度目の日曜日の1日」

 第9346回は、「中咽頭癌、入院35日目、ホスピス棟、5度目の日曜日の1日」です。これまで、病院での1日については書いていませんので、今回取り上げることにしました。


 6時00分・・・・ 起床、目覚めと同時に息が激しくなっています。これまでにない息の荒れ方でした。患者用パジャマを脱ぎ、普段着に着替えます。ジャケットは真夏になっても着用するつもりですので、今日も終日羽織っています。

 6時05分・・・・ さほど効果を期待せずにレスキュー(緊急)用のオプソ5mg内服液を服用しました。それとあわせ、熱いコーヒーを時間をかけて飲むことにします。乾いたのどを癒してくれます。

 6時30分・・・・ 1回目の散歩、私がAコースと呼んでいるルートです。まずKの木神社に立ち寄り、ささやかな御賽銭を投入し、「二礼二拍一礼」の要領で拝礼を済ませます。そして、境内のベンチで一服します・・・・。


 次に向かったのが、JR高架近くの児童公園です。いつもは、ゲートボールの老人たちがたむろしているのですが、今日はお休みのようです。コンビニで買い物と、携帯灰皿の始末をして病院に帰ってきます。出る際は非常口を使っているのですが、戻る時間になりますと、自動ドアから出入りできるようになっています。


 7時00分・・・・ 1時間ほど、パソコンの前で作業。

 8時00分・・・・ 30分近くかけて朝食、主食はおかゆ、副食は1センチ未満にカットされ、さらに煮込んだものがメニューになっています。完全に病人食です。

 8時30分・・・・ 2回目の散歩、今度はBコースです。Aコースは片側三車線のメイン通りの東側を巡回するコースですが、Bコースは西側を回ります。道路を渡り、哲学の道とも言うべきR公園の遊歩道をゆつたり歩き、児童公園のベンチで一服します。日曜日ですので、すでに家族連れが来ています。


 朝方、雨が降ったのですが、すぐに止み終日そこそこの天気でした。汗を若干かくものの、病院に戻ってくると、風呂上がりのような爽やかさが感じられます。そして、時に耳を打つ"風の歌"、生きていることを実感できる一瞬です。


 9時から12時・・・・ ワープロの前で、昨日観た映画「トゥモローランド」のレビューを書きました。その間、気分転換に、再度Aコースを少しバリエーションをとって散歩しています。

12時00分・・・・ 昼食、ほぼ朝食に似た食事です。いずれも2割ほど残していますが、カロリー補給のために、間食も随時とることにしています。


12時30分から15時・・・・ 番外編でも触れていますが、日曜日のこの時間帯は、ホスピス棟ラウンジが"ビア・ガーデン"になります。あえて不愉快さと直面することなく、散歩(Bコース)と病室内での読書に費やします。ブログネタである中編「滝」(奥泉光著)を再読、やはり大変な傑作でした。


15時から18時・・・・ やはり不愉快な子どもたちが走り回っていますが、比較的静寂な時間帯です。先ほどまでの遅れを取り戻すためにパソコン前に座ります。


 その間、洗濯と散歩Aコース、Bコース一回ずつ消化しています。散歩はもちんバリエーションコースを取っています。児童公園では、風の歌が聴こえました。素晴らしい一瞬です・・・・。


18時00分・・・・ 子どもが走り回る中、夕食。やはりビアガーデンと同じく、母親が付いていての放任行動です。

18時30分から20時・・・・ 早めに7回目の散歩、というよりも喫煙外出(Cコース)です。院内禁煙のため、吸いだめとも言うべきチェーン・スモーキングになっています。


 そして、最後の入力、今回のブログはこの時間帯に書いています。そして、最後のC散歩が終わるころに病院はロックされます(門限20時)。今夜はさわやかな風が吹いています。


20時00分から21時00分・・・・ 就寝前の歯磨き、そして、パジャマに着替え。1日が終わりました。長い夜が来ないことを祈りつつベッドに入ります(実際には、この時間帯の行動は、ほぼ狂うことのない予定です)。


(蛇足) ホスピス棟患者につきましては、病院規則で門限後の外出も可なのですが、一度しか使っていません。


(追記) 決して愉快な内容ではありませんが、ブログテーマ「ガン日記」に興味がありましたらアクセスしてください。

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第9345回「朝松健編 神秘界 その3、恐怖率 小中千昭著 ストーリー、ネタバレ」

 第9345回は、「朝松健編 神秘界 その3、恐怖率 小中千昭著 ストーリー、ネタバレ」です。


 「 代表作に、実弟のSF映画監督・小中和哉との映画『くまちゃん』(音楽も担当)、特撮『ウルトラマンティガ』『ウルトラマンガイア』、アニメ『serial experiments lain』などがある。アニメ『ふしぎ魔法ファンファンファーマシィー』では全エピソードの脚本を執筆している。


 初期は主にホラー作品の脚本を執筆。『邪願霊』『ほんとにあった怖い話』などのオリジナルビデオ作品で、のちに映画監督の中田秀夫や黒沢清、脚本家・高橋洋らが展開していく「ジャパニーズ・ホラー映画」に大きな影響を与えた。その表現方法は「小中理論」と呼ばれ、著書『ホラー映画の魅力』(岩波書店)の中で詳細に語られている。 」(ウィキペディア)


「その3、恐怖率」小中千昭著

『本編 1947年 稲見芳江の場合』

 今でいえばOLの芳江は、ニュールックのファッションに身を固めて、新聞広告に掲載されていた玖武(くぶ?)元教授の面接を受けていました。日給八千円は当時の物価からすれば、まとまった金額です。仕事は一晩の恐怖に耐えること・・・・。


 好奇心旺盛な芳江は、とりあえず必要な金ではなかったのですが、チャレンジすることにします。半金の四千円をもらって、連れて行かれた先が、古びた農家でした。玖武元教授の蔵書がずらりと並べられていました。ふと気づいたのですが、芳江以外にも誰かいるようです。


 手持ちぶたさもあり、芳江は家中を歩き回ります。「だれかいますか?」、声をあげて呼びかけます。やはり変です・・・・。先ほど何もなかった部屋が、再びやってくると、床一面、血だらけになっていました。偶然出会ったのが、玖武の実験室にいるという増岡という青年でした。


 増岡は恐怖率について語ります。「人間の意識って時間軸と無縁ではいられない。だから、認識が変れば、その場自体も、時間軸や物理的な絶対位置も変容せざるを得ないんだ。その方程式を導く係数をコスと呼んでいる」(要旨)、その後、ふたりはお互いの出身地など世間話を始めます・・・・。


 以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


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 そんな時、レコードのような音が聴こえてきました。耳を澄ますと、「ふんぐるい」とか「くとぅるふ」という単語が聞き取れます。次第に音は大きくなります。芳江にとっては、ここまでが限界でした。家の外に飛び出します。しかし、外に拡がっていた光景は、地獄とも言うべき異様な光景でした・・・・。


『後日談Ⅰ 1997年、再開発現場で発見された数十体の遺体』

 再発開発現場から多数の遺体が発見されました。事件性ありと鑑定されましたが、年代測定から既に時効にかかっていると判断され、事件化しないまま収束します。


『後日談Ⅱ 現代、澤田泉美の場合』

 澤田泉美は携帯電話の指示に従い、実験現場となっているマンションに行くことにします。有給を取ってのアルバイトでした。依頼者は玖武と名乗る元教授です。オートロックを解除し、室内に入っていきます・・・・。ですが、その後、泉美を見たものは誰もいません。


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9344回「浅田次郎短編 その7、うらぼんえ(盂蘭盆会)、ストーリー、ネタバレ」

 第9344回は、「浅田次郎短編 その7、うらぼんえ(盂蘭盆会)、ストーリー、ネタバレ」です。映像化するのであれば、私にとっては、ヒロインに離婚経験のある竹内結子さん、じいちゃん役には高倉健さんが理想的なのですが・・・・。所詮、ないものねだりです。


「その7、うらぼんえ(盂蘭盆会)」

 ちえ子の両親は幼少時に離婚し、いずれも親権を放棄しました。そんなちえ子を養い親としてだけでなく、戸籍上も娘として育ててくれたのが、しゃきしゃきの江戸っ子の祖父母でした。ですが、祖母はちえ子が高校生の時、祖父は大学3年の時に亡くなりました。もちろん実の両親との絆などありません。


 こうして天涯孤独となったちえ子でしたが、さらなる追い打ちをかけたのが、ぼろアパートの大家でした。マンションを建て替えるからと言って、足元を見て百万円でちえ子を追いだしたのです。こうして、ちえ子には帰る家もなくなりました・・・・。


 場面は新幹線の車内に移ります。ちえ子の横に腰かけていたのが、夫の邦男でした。旧家を誇る邦男の実家では、葬式以上に初盆を盛大に祀るという風習がありました。今年亡くなったのは、身寄りのないちえ子を親身になつて可愛がってくれた邦男の祖父でした。分家と言えど、親戚一同が集まります。


 たたでさえ肩身の狭い思いをしているちえ子にとって、さらなる憂鬱の種となっているのが天涯孤独の身だということでした。呼ぼうにも親戚などいません。そして、薄々感じていたのが、この盂蘭盆会を利用して、子どものできないちえ子をこの際、離婚させようという思惑が動いていたことです。


 この家への反発を隠さない姉嫁は、それとなくちえ子に教えてくれていたのです。ですが、熱愛と言えないまでも、ちえ子には邦男を嫌いではありませんでした。孤独だったちえ子にとっては唯一の家族だったからです。


 盂蘭盆が始まり、親戚一同が勢ぞろいします。門には迎え火が焚かれています。その時でした、ちえ子は唖然とします・・・・。亡くなったはずの祖父が現れたのです。何も言うなと祖父は合図します。祖父の気性は知り尽くしています。曲がったことは絶対許せない、という性分です。


 孫を溺愛する祖父の怒りが、はした金で家から追い出そうとしている邦男の家族に向けられることは、ちえ子には嫌というほど分かっていました。「ちえ子を寄ってたかって、いじめていただいたそうで」、真っ向から邦男たちにぶつけます。


 「ちえ子、おまえは口出しするんじゃねえ。じいちゃんに任せな」、そう言って、祖父は親族の部屋へと入っていきます・・・・。一晩中話し合いがもたれたようです。出てきた祖父は言います。「ちえ子、すまねえ、邦男のことはあきらめてくれ、じいちゃんな、力になれなくって本当にすまねえ」


 兄嫁の話では、祖父は畳に頭をすりつけて、ただひたすら「ちえ子を追い出さねえでくれ」と頼んだそうです。ちえ子にも、邦男との結婚生活がここまでだと言うことは分かりっていました。祖父が、孫娘のために下げたくない頭を下げ続けた真意も・・・・。


 姉嫁に誘われ、送り火を兼ねた精霊流しを見に行きます。「じいちゃんはやっぱり最高だ」、ちえ子はそう思いつつ火を見送ります。


(追記) 「浅田次郎」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"次郎短編"と御入力ください。

第9343回「トゥモローランド ブラッド・バード監督 リンデロフ その2、ストーリー、ネタバレ」





 第9343回、「トゥモローランド ブラッド・バード監督 デイモン・リンデロフ脚本 その2、ストーリー、ネタバレ」(2015年)です。


「プロローグ カメラに向かって」

 フランク・ウォーカー(ジョージ・クルーニー)がカメラに向かって、何かを話そうとしています。横から口を出しをしているのが、17歳のケイシー・ニュートン(ブリット・ロバートソン)でした。話のテーマは、「未来は楽観できるのか、それとも、悲観的であるのか」でした。




 最初に語り出したのは、フランクでした。1964年のニューヨーク万国博覧会(ユニスフィア)での出来事について語り始めます。ラスト、今一度このシーンに戻ります。


「第一部 少年フランクの冒険」(1964年)

 少年だったフランクは、手作りのジェット・パックを持ってユニスフィアの会場に向いました。自分のジェット・パックを出品してもらうためです。しかし、受付のデイヴィッド・ニックス(ヒュー・ロ-リー)から、すげなく持ち帰れと言われました。たしかに、欠陥が多く、畑で飛ばした時も大失敗だったのですが・・・・。




(補足) ジェット・パックとは、「サンダーボール作戦」の冒頭シーンで一躍有名になったジェット噴射器を背中に背負って飛ぶタイプの飛行推進器のことです。


 それでも、フランクとしては納得できません。そんなフランクに声を掛けたのが、デイヴィッドと行動を共にしているアテナ(ラフィー・キャシディ)という少女でした。「気づかれないように後をついてきて」、アテナの後を重たいジェット・パックを持って追いかけます。




 デイヴィッドたちが入ったパビリオンでは、「イッツ・スモール・ワールド」が展示されていました(東京ディズニーランドのものとほぼ同じです)。フランクは、移動用の乗り物であるボートにひとりで乗り込みます。会場を進むうちに、アテナから渡されていた「T」がデザインされたピン・バッジが反応します。


 通が割れ、さらに地下へと送り込まれます。ですが、一歩外に出ると・・・・・。そここそ、「トゥモローランド」でした。しかし、フランクの行く手をロボットが立ちふさがります。ですが、ロボットはジェット・パックを完全な形で補修してくれました。フランクは空を自由自在に飛びまわります・・・・。


「第二部 ケーシーの冒険」(現代)

 ケーシーの父親は、ケープ・カナベラルで働いていました。しかし、今では発射台は廃棄処分にされようとしていました。そのことに怒ったのは父親ではなく、ケーシーでした。彼女は夜ごと破壊工作に動きます。しかし、何度目かについに逮捕されました。


 もちろん、父親が動き保釈処分にしてもらったのですが・・・・。当然、逮捕に際し身の回り品は没収されていましたので、保釈時に保管品が返されます。その中に紛(まぎ)れ込んでいたのが、Tがデザインされたピン・バッジでした。そのバッジに触ると・・・・。周辺は麦畑であり、かなたに未来の街が空高くそびえています。




 しかし、その状態は長くは続きませんでした。断続的につながるだけです。しかし、一度だけ、その"未来世界"の街の中に入り込むことができたことがありました。実にリアルだったのです、彼女はスタッフたちと共に宇宙に飛び出そうとしましたが、気が付けば沼のなかでした・・・・。


 興奮状態で父親にバッジのことを話しますが、父親は信じようとはしません。実際に触らせても、トリップしません・・・・。ケーシーはネットで検索します。すると、マニア・ショップで1964年のユニスフィアで売られていた物だと判明します。




 そのネット販売もしているマニア・ショップで高価買い入れと表示されていました。早速ケーシーは行動を起こします。その店には変なおっさんとおばさんがいたのですが、彼らが興味を示したのは、誰から手に入れたかと言うことでした。そして、ついに牙をむきます。レーザー銃を取り出し、乱射しようとしたのです。


 窮地に陥ったケーシーを助けたのが、少女型アンドロイド(AA)のアテナでした。ピン・バッジも彼女がケーシーに送り届けていたのです。トゥモローランドもこの地球も救える人材として・・・・。


「第三部 地球壊滅まで59日・・・・」

 店内でバトルが繰り広げられます。店員たちもアンドロイドでした。店中を破壊し尽くします。それでも、ケーシーはステラと共に無事脱出に成功します。ステラがケーシーを強引に連れて行った先が、いまや年老いたフランク・ウォーカー(ジョージ・クルーニー)の家でした。




 しかし、ケーシーはまともにステラの言い分も、アテナの話も聞こうとはしませんでした。しかし、ケーシーはフランクの裏をかいて家の中に侵入します。そこのモニターに映し出されていたのが、地球壊滅の模様でした。壊滅まで59日・・・・、カウントダウンが進んでいます。


 ですが、謎のアンドロイド部隊が攻撃を仕掛けて来たのです。ケーシーたちは闘います・・・・。そして、脱出ポッドに乗り込み、3人は逃亡します(バスタブがポッドになっています)。彼らが出現したのは、エッフェル塔でした。しかし、そこにもデイヴィッドの率いる追っ手が迫っていました。




 アテナがさらなる移動用に使ったのがスペース・シャトルでした。エッフェル塔が真っ二つに割れ、発射台になります。しかし、射出されたシャトルは宇宙に向かうのではなく、地上目がけて突進しました。目的地は異次元世界トゥモローランドです。


 この脱出劇を通じて、フランクだけでなくアテナも、トゥモローランドを追放処分にされていたことが明かされます。現在、すべてを取り仕切っているのが、総督のデイヴィッドでした。トゥモローランドは今や死に瀕していました。地球が潰滅するようなデーターを送り続けていたのも、デヴィッド本人でした(このあたりは説明不足になっています)。


 トゥモローランドでの闘いが始まります。老いたフランクも、非力ながらもケーシーも、そして、トゥモローランドを愛してやまないアテナも闘います。そして、アテナの犠牲の上についにフランクたちはトゥモローランドを手に入れることができました。今や、自由自在に地球と接続可能です。


「エピローグ ピン・バッジの輪:未来は楽観できる」

 物語は冒頭のシーンに戻ります。フランクとケーシーは全世界の人々に呼びかけます。「未来は楽観できる」と・・・・。そして、Tがデザインされたピン・バッジを世界中に送り続けます。次第にピン・バッジの輪が広がっていきます。


(補足) 3、4枚目の写真はウィキペディアから、その他の写真は"映画.com"から引用しました。一緒に観た姪の孫ふたりは、物語の設定がよく理解できず、途中から完全に飽きていました・・・・。もつとシンプルで分かりやすいプロットの方が良かったと思いますし、SF設定にも不満が残る作品でした。上映時間130分も子どもには長すぎると言うのが実感です。


 ところで、子どもふたりが、観たがっていた映画が8月1日公開予定の「実写版 進撃の巨人 前編」です。行けるようでしたら、是非とも姪の孫たちと一緒に観に行きたいと考えていますが、果たして・・・・。


(追記) 感想につきましては、"その1"に書いています。興味がありましたらアクセスしてください。

第9342回「トゥモローランド ブラッド・バード監督 その1、感想、ディズニーによる自画自賛」





 第9342回は、「トゥモローランド ブラッド・バード監督 その1、感想、ディズニーランド賛歌」(2015年)です。


 タイトルとなっているトゥモローランドは、ディズニー・ランド(あるいはディズニー・ワールド)の小区分としてのエリア名称です。ですが、未来をテーマとしたアトラクションは、時代の変化によって陳腐化しやすいと言う宿命を背負っています。


 ディズニーワールドのエプコット・センターなども、20年前にして既に無残な光景をさらしていたと言うのが実感です。




 『 初期のトゥモローランドは、カリフォルニアのディズニーランドが開園した当時、人々に未来性を感じさせた宇宙開発技術や自動車技術などを中心に扱ったエリアであった。「未来」という時代と共に変化するテーマの特殊性故、時代の経過とともに幾度かにわたって改装が行われて来た歴史がある。


 トゥモローランドはディズニーランドの中でも最も改装が多く行われており、未来というテーマを扱うことがいかに困難であるかがうかがい知れる。


 1967年に行われた「新しいトゥモローランド」プロジェクトでトゥモローランドが初めて大改装された。 その後、1971年に開園したウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内にあるマジックキングダムのトゥモローランドは、建築様式やデザインなど多くの要素で「新しいトゥモローランド」プロジェクトをベースにしている。


 1983年に開園した東京ディズニーランドのトゥモローランドは、いくつかの施設を除きほとんどの要素がフロリダの古いままのものを複製したものである。 』(ウィキペディア)


 映画は1964年の博覧会から始まり、21世紀初頭に人類は絶滅の危機を迎えます。その危機を知る者は、人類では、じいさんのフランク(ジョージ・クルーニー)とケイシー・(ブリット・ロバートソン)という17歳の少女だけでした。


 ふたりはアテナという少女型アンドロイドに導かれ、人類を破滅から救うために立ち上がります、という展開です。もちろん、VFXは多用されており、子どもが見ても楽しい映画に仕上がっているはずなのですが、同行した姪の孫は退屈し切っていました・・・・。


 内容的には、ディズニーによる自画自賛です。アメリカでの興行成績が気になる一作です、素直に受け入れられたのでしょうか。次回、ストーリーについて書く予定です。


(補足) 1枚目は"映画.com"から、2枚目の写真はウィキペディアから引用しました。

第9341回「中咽頭癌、入院31~34日目、MSコンチンによる睡魔とステロイド効果」

 第9341回は、「中咽頭癌、入院31~34日目、MSコンチンによる睡魔とステロイド効果」です。本日は。4日ぶりに雨の上がった日になりました。「雨中の散歩には、雨降りなりの風情があるさ」と思いつつ散歩していましても、長雨が続きますとさすがにうんざりします・・・・。


 今回は、主に服用している鎮痛剤などの効果と副作用について、備忘的に書いておきたいと思います。

1. MSコンチン・・・・ 6月13日から、従来のオキシコンチンに代え、日量120mgを朝晩2回に分けて服用しています。確かに痛みは減じているのですが、副作用としては、断続的にかなりの眠気に引きずり込まれています。


2. デカドロン(ステロイド剤)・・・・ 6月8日から、日量2mgを朝昼2回に分けて服用しています。主目的は気道の確保です。効果としてはっきり自覚できるようになったのは6月13日頃からです、、痰がすっきり除去できるようになりましたし、一回当たりの呼吸量も格段に上がったと実感できます。副作用もなく、私にとっては魔法のような薬になっています。当面、期待できるのではないでしょうか。


3. オプソ・・・・ レスキュー(緊急、補助)用として、5mg内服液を2本ずつ飲むことにしています。しかし、効果が実感できません。ただ、ステロイド効果により、レスキューとしての意味合いが低下していることも事実です。週明けにも、主治医に相談したいと思っています。


 メモ的な日記として、この間の病状などを簡単に記しておきます。

31日目、6月17日(水)・・・・ 少雨ながら、今日から雨中の散歩が続くことになりましたが、病状としては小康状態です。


 ところで、某テレビ局のT支局が、「ホスピス病棟の看護師」をテーマにドキュメント番組を企画しているそうです。女性スタッフが、今夜の夜勤に常時張り付くという方式で、事前取材に来ていました(来週から正式に撮影)。


32日目、6月18日(木)・・・・ 小康状態が続いています。気温が上がらないため、厚手のジャケットで散歩しました。


33日目、6月19日(金)・・・・ 小康状態です。今夜、ある患者が亡くなりました。患者本人とは面識ありませんが、24時間にわたり看護されていた奥さんとは、早朝のラウンジで何度か顔を合しています。献身的な看護に頭が下がる思いがしました・・・・。翌朝、蔭ながら見送りさせていただきました。


 私が偶然御遺体を拝見した機会は、ホスピス棟に入院して以来、5人ほどいます。何度お見送りしても、厳粛な気分にさせられる体験です。もちろん、その間に鬼籍に入られた方は、倍以上おられるはずですが・・・・。


34日目、6月20日(土)・・・・ 小康状態が続く中、姪と姪の孫ふたりと郊外のシネコンに行ってきました。映画につきましては、回をあらためてレビューを書きたいと思っています。


 最近、浴場の鏡を見まして気になっているのが、下腹部のふくらみです。これまでにはない現象です。原因は、鎮痛剤服用による便秘であることは間違いないと思います。今さら体型を云々(うんぬん)しても、まったく無意味なのですが・・・・。


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第9340回「朝松健編 神秘界 その2、五月二十七日 神野オキナ著 ストーリー、ネタバレ」





 第9340回は、「朝松健編 神秘界 その2、五月二十七日 神野オキナ著 ストーリー、ネタバレ」です。首里城攻防戦を舞台とした歴史的エピソードという体裁を取っています。この戦いを含め沖縄戦は、本土決戦のための「捨て石作戦」と呼ばれていますが、アメリカ軍の被害も甚大でした。


 『 首里防衛線全線でアメリカ軍は日本軍の防衛線を突破したが損害は甚大であった。首里戦線の二か月弱の戦闘で、第24軍団と第三水陸両用軍団の死傷者は合計で26,044名であったが、他に戦闘ストレス反応による傷病兵も海兵隊6,315名、陸軍7,762名の膨大な数に及んだ。


 戦車も陸軍だけで(海兵隊のデーターなし)221両が撃破されたが、これは沖縄戦に投入されたアメリカ陸軍戦車の5.7%にも上り、またその内には貴重で補充ができなかった火炎放射戦車も12両含まれていた。




 バックナーがとった首里防衛線への正面からの両翼包囲作戦は、そのあまりの損害の大きさにマスコミから「大失敗」とか「パールハーバー以上の軍事上の無能な作戦の悪例」と酷評される事になった。 』(ウィキペディア)


 この小説では、日米の兵士各一名の視点から描かれています。そして、米軍兵士は意外なまでに戦闘の恐怖を綿々と語ります。闘いそのものは、米軍による一方的な殺戮ではなかったと・・・・。


「その2、五月二十七日」神野オキナ著

 『 どこからでも、腐敗と垢と、汗と、何かの焼ける匂いが漂ってくる。・・・・一九五四年五月二十七日の沖縄は、そんな状況にあった。 』(作品冒頭)


 牛島中将の命令によって三十二師団は、南部への撤退を決していました。そんな中、殿(しんがり)の部隊として首里城に止まっていたのが、伊妻四郎少尉を小隊長とする8人の兵士たちでした。長続きする梅雨と、絶え間ない米軍による艦砲射撃によって、ただ死を待っているというのが現状でした。


 そこにひとりの女性が、中将からの指令書を持ってやってきます。そこに書かれていたのは、この女性の命ずるままに、ただ従え、と言うものでした・・・・。一方、米軍の海兵隊も陸軍部隊も士気が高いとは言えませんでした。連日の日本軍による夜間攻撃のために、神経がすり減っていたからです。


 塹壕として掘ったタコツボ(塹壕)の中には、水があふれかえり、自ら排泄した汚物のために耐えがたい臭いを発しています。それでも、タコツボから首を出そうと言う兵士は誰もいませんでした。事態が動いたのは、若い指揮官が到着してからです。


 「さあ、出撃するぞ」と隊員たちに声を掛けると、指揮官の背中からはコウモリのような翼が生え、脚が抜け落ちました。ロイ二等兵が見守る中、周辺の兵士たち20名ほどが同様の変貌を遂げていました。そして、首里城に向かって飛んでいきます・・・・。


 その少し前、伊妻小隊長は、伊識名アヤという女性に導かれ地下に移動していました。そして、部下を残して、ふたりだけで秘密通路に入っていきます。そこで伊妻が見たのは、水棲人間(インスマウス)たちでした。かつての琉球王国の繁栄は、インスマウスとの黙契の上に成り立っていたのです。


 そして、コウモリ人間とインスマウスの間で、激しい戦いが始まります。ですが、伊妻はいつしか、水の中で記憶を失っていました・・・・。


 「以上が、シロウ・イヅマとロイ・ウィタカー二等兵から得た証言の全てです」、米軍の調査委員会で報告が行われていました。伊妻は、自白剤による拷問の末にすべてを証言させられました。檻に閉じこめられた彼の顎には、既にエラが生え始めていました・・・・。


 小説は、後日談数件を紹介しています。2年後に南太平洋で秘密裏に核実験が行われたこと、アメリカが最後まで沖縄サミットに反対したこと・・・・。


(補足) 写真はウィキペディアから引用しました。

第9339回「浅田次郎短編 その6、伽羅、ストーリー、ネタバレ」

 第9339回は、「浅田次郎短編 その6、伽羅、ストーリー、ネタバレ」です。短編集「鉄道員」が発表された1997年は、バブル崩壊が激烈な形で現れました。山一證券、北海道拓殖銀行の破綻、そして、アジア危機・・・・。かつてのアパレル業界の活況はもはやありません。


 ヒロイン、立花静を演じるとすれば、30歳の頃の樋口可南子さんが最もふさわしいと思います。現在であれば、満島ひかりさんの顔が浮かびますが、ヒロインのイメージとは少し違うと思います・・・・。この短編のモチーフは、女の生霊です。


「その6、伽羅」

 かつてアパレル業界に身を置いていた中年男性が、20年前を回顧します・・・・。


 当時、広尾にオープンしたばかりの店が「伽羅」でした。オーナーの立花静は30歳をわずかに越したばかりの清楚な美人でした。当時、"俺"はファッション・メーカー"ドミニク"のトップ・セールスマンとして営業を引っ張っていました。


 "俺"と競合していたのが、"ブローニュ"の小谷でした。小谷は露骨に伽羅を食い物にしていきます。"俺"が伽羅を「嵌(は)め」なかったのは、年上の静に対する恋心かもしれません。"俺"も小谷も小さなブティックを嵌めて営業成績を伸ばしてきました。だから、小谷のことをとやかくは言えないのですが・・・・。


 不思議だったのが、「あの店には手を出すな」と言ったのが、売上げには貪欲な社長本人でした。ここで、アパレル業界のインサイド・ストーリーが語られます。"俺"はママにも業界の仕組みを説明します。


 「オートクチュールの商品は請求額の7割を支払えばいいんですよ。それが慣例です。小谷はやがて手形を振り出させるでしょう。それが、ブティックをつぶしメーカーが大儲けするからくりなんですよ」(要旨)、静は、「小谷さんもあなたを信じるな、って言ってたわ」と切り返します。そんな時に話題となったのが、女の生霊でした。「私の主人も亡くなったわ。でも、あなたは心配しなくていいわ」


 やがて伽羅の品揃えは、小谷が卸すブローニュ一色になりました。社長命令でドミニクは撤退していたのです。クリスマスの日でした、小谷が会社の車で死亡事故を引き起こしたと聞いたのは・・・・。これまでに何度か、「生霊」の話題が出ていました。小谷も社長も一笑に付していたのですが・・・・。


 伽羅はやがて消えます。最後に会ったのは初荷の日でした。店の中には入らず、自動車越しに見つめ合いました。静は、髪をシニョンに結い、ネックレスもイアリングも付けず、ドレープのかかったドレスを着ていました。以降、伽羅の噂は聞いていません。


(追記) 「浅田次郎短編」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"次郎短編"と御入力ください。

第9338回「北村薫のミステリー館 その15、本が怒った話、稲垣足穂 その16、契戀他ネタバレ」

 第9338回は、「北村薫のミステリー館 その15、本が怒った話、稲垣足穂著 その16、契戀/桃夭樂、塚本邦雄著 ストーリー、ネタバレ」です。


「その15、本が怒った話」稲垣足穂著

 原稿用紙1枚(文庫で7行)にも満たない散文詩のような、会話主体の文章です。旧仮名遣いで表記されています。著者である稲垣足穂に対する評価をウィキペディアから引用することにします。


 『 ・・・・ すべての自作を処女作「一千一秒物語」の注釈であると宣言し、この「一千一秒物語」をはじめ、主要な作品の殆どが何度も改稿されている。A感覚というものを軸に博引旁証と自己の原体験を紡いだ、足穂の集大成的エッセイ「少年愛の美学」は、単なる少年愛論にとどまらず、独特な精神的性愛論として高く評価されている。 』


 ある日、2階で本を読んでいると、本が「面白いかい?」と訊いて来たので、「面白くない」と答えると、「何が!何が!」と本が怒鳴り散らし、"わたし"を窓から真っ逆さまに突き落としました。おわり。って物語です。


「その16、契戀(ちぎるこひ)/桃夭樂」塚本邦雄著

 塚本は、歌人としての評価の方が高い人物です。『 寺山修司、岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称され、独自の絢爛な語彙とイメージを駆使した旺盛な創作を成した。 』(ウィキペディア)


 この2掌編は、旧漢字旧仮名遣いで表記されています。些細な情感が美しい文章で綴られています。


『契戀(ちぎるこひ)』(「戀」より)

 『 ・・・・ 茂つた藤を見て、春になつたらまたこの邊を二人で散策しようかと蔦子に言つた。彼女はうつそりした目でしばらく眺め、「全部白藤、花盛りには柔かい氷柱(つらら)でも下つたやうな景色でせうね。きつと枯葉混りの今より寂しいと思ひますわ。南條さんは御覧になつたことがありますの?」 』(冒頭直後)


 南條は清楚な美しさを持つ蔦子に淡い恋心を抱きます。契機となったのは、そんな蔦子が素人カメラマンの撮影会にヌード・モデルとして出たことでした。既に何回かモデルをしているようです。南條も撮影会に出ましたが、あまり露骨なカメラマンたちに嫌気がさし、結局、1枚も撮らずじまいでした。


 そんな蔦子の方から南條に声を掛けて来たのです。会ううちに戀心は募っていきます。旅行に誘おうとしましたが、結局行かずじまいになりました。粗暴な男が南條の前に現れたからです。


 『 世界の終りは来ず秋が深くなり、別れを告げた蔦子は憑物の落ちたやうな顔でそれからも時折逢ひにきた。白藤の左巻を猪引原で見たのは下見會の後である。旅行のプランは言はずじまひになつた。来年の春、彼女の言ふ花の氷柱が二人で見られるかどうか。


戀は今日終る

その時思ひ出が始まる ・・・・・

月は美しく痩せて

雲の下を歩む 』(原文ラスト)


『桃夭樂(とうやうらく)』

 良夜少年は、子どもの頃から、食の嗜好がオヤジでした。シュークリームやケーキなどは見向きもせず、榧(かや)の実、蓮の種だけでなく、鰻の肝や海鼠腸(このわた)が好きでした。そんな良夜が長じてはまったのが杏仁の胚子でした。一種の酩酊感が彼を魅了したようです。


 そのため、家に置いてある在庫が尽きると、禁断症状が出る始末でした。ところで、良夜が27歳の時、良縁がまとまりました。お相手は、春鳥羽家の菊絵さまでした。しかし、良夜の異質さにはついて行けませんでした。彼女が良夜の元を永久に去った後の光景が末文として描かれています。


 『 ・・・・ 苦い微笑に口もとを痙攣(ひきつ)らせ、杏の核の残骸に埋もれ、眞裸の四肢は刻一刻死蠟と化しつつある。締め切つた寝室の晝(ひる)の闇に青酸の匂がどろりとたちこめ、牀(とこ)には微塵に砕けたタンブラーの破片が忘れ箱のやうに煌(きら)めいてゐる。 』


(追記) 「北村薫のミステリー館」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"北村薫の"と御入力ください("の"まで入力してください)。

第9337回「浅田次郎短編 その5、角筈にて、ストーリー、ネタバレ」





 第9337回は、「浅田次郎短編 その5、角筈にて、ストーリー、ネタバレ」です。この短編も、西田敏行さんの主演でドラマ化されています。ただ、現在であれば、息子を堤真一さん、親父役を渋めの舞台俳優出身者に演じてもらいたいと言うのが実感です。ただ、親子を一人二役で演出するのは愚策かと思います。


 ところで、角筈(つのはず)とは、新宿歌舞伎町一帯を指す地名でしたが、1978年にはすっかり住居表示が変更されました。私の学生時代には、まだ使われていましたので、角筈という表示への想いは、主人公に通じるものがあります。


「その5、角筈にて」

 貫井(ぬくい)恭一、46歳の壮行会が行われたのは、ホテルのバンケツト・ブーム(宴会場)を借り切ってのことでした。壮行会と言っても、本店営業部長からリオ・デ・ジャネイロ支店長への異動ですから、大変な左遷です。


 一次会がはねると、かつての部下には「明日の見送りには来るな。自分のやれることだけを必死の思いでやっていけ」と言って立ち去りました。貫井が一身に全責任を背負っての異動でしたので、部下としても忸怩(じくじ)たるものがあります。


 酔い気を覚ますために歩いていますと、ふと気になる人影がありました。白のスーツにやはり白のパナマ帽、40年ほど前に失踪した父親の当時の姿そのものでした。父親は帰らず、幼い恭一を残して二度と現れることはなかったのです。恭一にはその当時の状況がいまでも目に焼き付いています。待っても待っても、父親は戻ってきませんでした・・・・。


 結局、8歳の恭一を引き取って育てたのは、伯母夫婦でした。堀内という姓の伯父と伯母の間には、息子の保夫と久美子という娘がいました。叔母夫婦は一切、恭一と実の子どもたちとを差別せず、わが子のように育ててくれました。恭一が東大に合格した時も、自分たちのことのように喜んでくれました。


 そして、壮行会から帰ってきた恭一を出迎えてくれたのも、旧姓堀内久美子でした。父は帰ってくると信じ続けてた恭一のために、あえて堀内姓にしようしとしなかったのです。そして、久美子は恭一と結婚しました。それだけに、今回の左遷は、妻だけでなく伯母夫婦の期待を裏切ったように思えます。


 そんな妻が妊娠した時、父親のことが念頭にあった恭一はすげなく「堕ろせ!」と言いました。結局、その堕胎がたたり、子どもには恵まれませんでした。そのことを久美子に詫びます・・・・。そして、花園神社で父親らしい人物を見かけたことを話します。「もうあれから40年よ、同じ格好でいるわけないじゃない、それに生きていたら高齢になってるわよ」


 一方、かつての部下からは電話が入りました。「部長だけブラジルに飛ばされて、俺たち、全員栄転なんですよ。俺たちも左遷覚悟で、部長が本社に戻れるように運動しますからね」という部下の熱い言葉に、「自分のことだけ考えろ、それが会社ってもんだ。見送りには来るな、いいな?」と答えます・・・・。


 空港には、タクシーで行くことにしました。タクシーが花園神社に差し掛かった時、昨日と同じ白いスーツの男を見かけます。タクシーを待たせて恭一ひとりが降りますと・・・・。やはり親父でした、40年前と変わっていませんでした、あの時のままです。


 「恭ちゃん、俺はおまえを捨てたんだ」、それが恭一が待ち続けた言葉かも知れません。「親父、死んだのかい?」、恭一の質問に、父親は九州で亡くなったと答えます。「兄貴に、おまえの苗字だけは変えてくれるなって頼んだよ」

 そこまで話した時、久美子が声を掛けてきました。「こんなとこで墓参り?」との問いかけに恭一はあいまいに答えます。ですが、もはや故国日本への未練はありませんでした。


(蛇足) 死せる親父が現れた理由については、読者によって様々な思いがあると思います。思いつく限りランダムに挙げますと、

1. 恭一が自らを納得させるために生み出した幻覚。

2. 宇宙の偶然が生み出した、極小確率の事象。

3. 恭一を憐れだ神の奇跡。

4. 死せる親父の霊が顕在化。

5. その他、霊的な現象。


(追記) 「浅田次郎」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"次郎短編"と御入力ください。