新稀少堂日記 -7ページ目

第9356回「朝松健編 神秘界 その6、邪宗門伝来秘史(序) 田中啓文著 ストーリー、ネタバレ」

 第9356回は、「朝松健編 神秘界 その6、邪宗門伝来秘史(序) 田中啓文著 ストーリー、ネタバレ」です。「序」と付けられていますが、長編化はされていないようです。60ページほどの読み応えのある伝奇小説に仕上がっています。


 主人公はフランシスコ・ザビエルです。少し長くなりますが、ウィキペディアからザビエルの日本渡航を中心に抜粋することにします。御面倒でしたら読み飛ばしてください。


 『 1548年11月にゴアで宣教監督となったザビエルは、翌1549年4月15日、イエズス会士コスメ・デ・トーレス神父、フアン・フェルナンデス修道士、マヌエルという中国人、アマドールというインド人、ゴアで洗礼を受けたばかりのヤジロウら3人の日本人とともにジャンク船でゴアを出発、日本を目指した。


 一行は明の上川島(広東省)を経由し、ヤジロウの案内でまずは薩摩の薩摩半島の坊津に上陸、・・・・  しかし、貴久が仏僧の助言を聞き入れ禁教に傾いたため、「京にのぼる」ことを理由に薩摩を去った(仏僧とザビエル一行の対立を気遣った貴久のはからいとの説もある)。


 1550年8月、ザビエル一行は肥前平戸に入り、宣教活動を行った。・・・・ ザビエルは、全国での宣教の許可を「日本国王」から得るため、インド総督とゴアの司教の親書とともに後奈良天皇および足利義輝の拝謁を請願。


 しかし、献上の品がなかったためかなわなかった。また、比叡山延暦寺の僧侶たちとの論戦も試みるが、拒まれた。・・・・ (山口の大内)義隆はザビエルに宣教を許可し、信仰の自由を認めた。また、当時すでに廃寺となっていた大道寺をザビエル一行の住居兼教会として与えた(日本最初の常設の教会堂)。


 ・・・・ 日本滞在が2年を過ぎ、ザビエルはインドからの情報がないことを気にしていた。そして一旦インドに戻ることを決意。(1551年)11月15日、日本人青年4人を選んで同行させ、トーレス神父とフェルナ ンデス修道士らを残して出帆。種子島、中国の上川島を経てインドのゴアを目指した。・・・・


 1552年4月、ザビエルは、日本全土での布教のためには日本文化に大きな影響を与えている中国での宣教が不可欠と考え、バルタザル・ガーゴ神父を自分の代わりに日本へ派遣。ザビエル自らは中国を目指し、同年9月上川島に到着した。


 しかし中国への入境は思うようにいかず、体力も衰え、精神心的にも消耗しており、ザビエルは病を発症。12月3日、上川島でこの世を去った。46歳であった。 』


 物語はほぼこのとおりの史実に基づいて書かれていますが、そこは伝奇小説です。虚実取り混ぜて、クトゥルフ神話が盛り込まれています。当然、ザビエルの事績を知った上で本書を読みますと、より楽しめることに間違いはありません。


 なお、ストーリーの紹介にあたりましては、便宜上、サブタイトルをつけさせていただきます。



「その6、邪宗門伝来秘史(序)」田中啓文著

『プロローグ 宣教師書簡より デウスをダニチ(大日如来)と説く』

 フランシスコ・ザビエルは、布教にあたり仏教での創造神であるダニチ(大日如来)を便法的に使ったことを、書簡からの引用で、巻頭で短く紹介しています。


 ちなみに、『 フランシスコ・ザビエルは来日前、日本人のヤジロウとの問答を通してキリスト教の「Deus」を日本語に訳す場合、大日如来に由来する「大日」(だいにち)を用いるのがふさわしいと考えた。 』(ウィキペディア)、史実とも合致しています、


『ザビエル一行に待ち受ける渡航異変』

 ザビエルは、マラッカをジャンク船で出航しました。航海中、悪夢に悩まされました。不安を訴えた相手が、日本人改宗者のパウロ(アンジロー、史実ではヤジロウ)でした。緑色のぬめったヘドロ状の大小とりまぜた異様な生物が、地にあふれ、襲ってくると・・・・。


 ザビエルの一行には、数名の部下と白人船乗りも同乗していました。ザビエルの危惧は実現する方向で働きました。やがて、ジャンク船とと平行に、水妖とも言うべき怪物がつきまとい始めます。岩礁とも言うべき大きさであり、海中には魚のような胴体部分が隠されていました。


 異変はそれだけに止まりませんでした。絶えられないほどの異臭を発散しながら、巨大な球状の生物が海中から浮上してきたのです。タコのような吸盤を持った数百本の触手を伸ばし、船員たちに襲い掛かります。同行者は体を引き裂かれ無残な死体を甲板上にさらします。


 脅えるザビエルとアンジローはただひたすら神に祈りました。周囲の光景は、教会が説く地獄そのままの様相でした。球状の生物のために海面は割れ、全貌を現します。表面には多数の血管が走り、粘液を吹き飛ばしています。ザビエルははじめて理解しました、夢で自分を呼んでいたのは、この怪物であったと・・・・。


 同行者たちがザビエルに救いを求めました。しかし、ザビエルは非力でした、船員も宣教師も次々と魔物によって悲惨な死を遂げていきます。次第に、祈りを唱え続けるザビエルのろれつが回らなくなりました。生き残っている者は、もはやザビエルとアンジローのふたりのみとなっていました。


 気が付けば、周辺の海は何事もなかったかのごとく平穏であり、殺戮された同行者が以前どおり働いていました。1549年8月15日、ジャンク船は鹿児島に到着します(史実どおり)。


『ザビエル、布教す』 

 海上の異変を体験したザビエルにとっては、かつてのキリスト教など笑止千万なものでした。戦国大名・島津貴久に拝謁したザビエルは、世界征服も可能な権力を暗示し、新しい教義を以て籠絡します。貴久が菩提寺の福昌寺に造らせた奇怪な建物が、日本で初めての南蛮寺となりました。


 当然、家臣・僧侶団の反発がありましたが、貴久は黙殺します。ザビエルの次なる野望は、京でした。翌1550年、平戸を経由し、京に上り、後奈良天皇および足利義輝との拝謁を願い出ますが、すげなく拒否されました。


 ザビエルがここで動きます、京の町中で死せる老婆を蘇らせたのです。市中の評判となりますが、それを冷ややかに見つめていたのが柳生宗厳(むねよし、後の石舟斎)でした。市助なる供の者を連れています(伏線となっています)。


 ザビエルは柳生の存在を感知し、京を即刻立ち去り、平戸に舞い戻りました。そして、周防(山口)に向い、この地でこれまでで最大の布教を開始します。大内義隆を信者とすることに成功したのです。そして、いよいよ本性を現します。多数の子どもたちを誘拐し、喰いつくしたのです。大内義隆は諌める家臣を一括します・・・・。


 ザビエルはさらに大友義鎮(後の宗麟)が領する豊後に手を伸ばしました。そして、老婆を生きかえらせた「虫の玉」を宗麟に飲ませます・・・・。ところで、ここまでの活動を通じて、ザビエルには新しい教えに対する概念がまとまっていました。その用語として使われたのが、次のものです(著者が大好きな遊びです)。


主Christ → C.th.ris(クトルス)

聖母マリア → 不動明王+羅刹天 → フドウラ

No God → Dogon(ドゴン)

 

 ザビエルから教義を聞かされていた宗麟の口元から、虫がだらりとはみだしてきます・・・・。すべては上手くいっているように思えたのですが、下剋上の世の中です。子どもを喰らう領主・大友義隆に対し、家臣から謀反が起きたのです。悪い知らせはさらにありました。屋敷が柳生の手の者によって囲まれていたのです。


 決死の脱出口が始まります。後詰として残ったのがパウロことアンジローでした。その本性を現し、柳生一族に立ち向かいます。ですが、抵抗もれまででした、柳生の者に討ち取られます。それでも、アンジローはザビエル一行を逃すことはできました。


 それでも、崩壊する城を見つめるザビエルには、日本を支配できるとの確信がありました・・・・。


『エピローグ ザビエルの死、そして、聖人に』

 いったん日本を脱出し、ふたたび広東の上川島に戻ったザビエルは、仮小屋の中で伏せっていました。そして、12月3日、亡くなります。ところで、ザビエルが服用した薬は、日本人の市助から購入したものだと言われています・・・・。


 ザビエルの遺体は腐敗することなく、生者のごとく生き生きとしていたと言われています。その後、ヴァチカンによって聖人のひとりに列せられました。


 なお、布教当初、便法的にデウスをダニチ(大日如来)としたことについては、ザビエルの誤りだと指摘されています。一方、日米修好条約の締結によって、外国人居留地内の信仰の自由が認められました。そのことを知った数名の農民が隠れキリシタンであると言ってやって来ています。


 ですが、対応した神父は、農民たちが口にした言葉によって天を仰いだと言われています。『 海の底なる鶴の家におわします御父怒権(ドゴン)、御母不動羅(フドウラ)、天帝たる九都流水(クトルス)の御名によりて、あんめいぞう 』(かっこ書きは、私が書き加えたものです)


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9355回「トリック 山田奈緒子関連本 その1、全部まるっとお見通しだ! ネタバレ」





 第9355回は、「トリック 山田奈緒子関連本 その1、全部まるっとお見通しだ! ネタバレ」です。2004年に刊行された「TRICK トリック」の関連本です。山田奈緒子の視点から全3シーズン、15エピソードが紹介されています。


 大好きなシリーズでしたので、個別の事件を中心に随時取り上げていきたいと思います。事件編のストーリーにつきましては、既に書いているブログから全文再掲することにし、本書で口述されている山田奈緒子の視点を書き加えることで補足したいと思います。


 第1回となる今回は、「はじめに」と「第一章 解剖・山田奈緒子」です。ところで、帯には、山田奈緒子と瓜ふたつの仲間由紀恵さんが推薦文を書かれています。『 山田さんとはお友達になれそうな気がします。 』


 一方、日本科学技術大学の上田次郎教授は、冷静なコメントを寄せています。『 真実がどちらにあるかは、私の本と読み比べればわかるでだろう。 』と・・・・。


 「はじめに」にも書かれていますように、本書はゴースト・ライターによるものではなく、口述筆記の体裁を取っています。山田奈緒子の勘違い及び虚言につきましては、脚注の形で指摘されています。たとえば、

コンセント → コンセプト

池田マンション → 池田荘(大家のハルさんが経営しているボロ・アパート)

スキャット → スリット(スリット美香子編)

魯迅老人ホーム → さかなひと老人ホーム

などですが、山田を責めると言うのは野暮です・・・・。


 ところで、第1章「解剖・山田奈緒子」は、山田奈緒子の自己紹介になっています。「数々の誤解があるようだが」と断り、次のことを指摘しています。


1. 貧乳のように思われているが、Dカップである明言しています。

2. 貧乏暮らしのように思われているが、オートロックのマンションに住んでいます。若くて美しい"私"の身を守るためでございます。

3. Tシャツにつきましては、3枚1000円の物を着ていると思われる方もいるようですが、3枚1万円の間違いです。くれぐれも誤解がないように・・・・。

4. 豊胸パッド?とんでもございません。

5. 時代劇と言えば、「水戸黄門」に尽きます。それに、「暴れん坊将軍」も面白うございます。また、仲間由紀恵さんが主演なすっていた「大奥」も観ております(黒髪を讃えています)。

6. 整理整頓を心がけています。「いつも暇だから、掃除洗濯ができる」だって?誰だ、そんなことを言うやつは!そこへ直れ!オーレイッ!」


 これらのことが、「生い立ち」、「ファッションコンセント(コンセプト)」、「天才メイク」、「華麗なライフスタイル」、「女のキメ台詞」、「時代劇はすばらしい」、「奈緒子の恋」、「熱狂的ファンからの手紙」の8項目で紹介されています。


 ここでタイトルにもなっている決め台詞のバリエーションを引用することにします。

(基本形) 「おまえらのやっていることは全部お見通しだ!」

(応用1) 「おまえらのやっていることは全部すべてまるっとお見通しだ!」

(応用2) 「おまえらのやっていることはスリッとお見通しだ!」


 最後に、ストーカー的熱狂ファンの正体が、愛媛県出身の照喜名(てるきな)保であることが明かされています。蛭子さん似の好青年(?)です。今後、随時15エピソードについて書いていく予定です。

第9354回「世界一優美なワイン選び ジェラルド・アシャー その4、ボルドー、その5テミリオン」





 第9354回は、「世界一優美なワイン選び ジェラルド・アシャー その4、ボルドー、その5、サン=テミリオン」です。


「その4、ボルドー」

 『 ボルドー市街地の大部分が位置するガロンヌ川左岸は、ボルドー湖周辺のように多くの場合湿地である大平原を構成する。いくつかの丘があるにも関わらず、左岸の平均標高はとても低い。この草原は主に砂利が堆積したものである。・・・・ボルドーの街は地質面で極めて類似するメドック(下流)とグラーヴ(上流)の間に位置する。


 ガロンヌ川右岸は平原から石灰岩台地にかわるので、全く違う様相である。標高は崖で90m近く上昇する。この台地上には、世界で最も高いワインを産するサン=テミリオン、ポムロール、フロンサックといった世界的ブドウ園が、ボルドーから約20kmにわたって存在する。 』(マネーの絵画と共にウィキペディアから引用)


 アシャーは、石灰岩質が優良なブドウを生み出したと力説します。そして、ボルドー黄金期の末尾を飾る1988年から90年のワインの質を評します。


1988年・・・・ クラシックな味わい

1989年・・・・ 理想的な偉大な年

1990年・・・・ 出来の分かるワインの年


 そして、テクスチャー(肌理、きめ)、アロマ(果実香)、プケ(熟成香)などの観点から切り込みます・・・・。そして、今でも通用すると思われますが、1960年ごろからのヴィンテージについても触れています。


1966年・・・・ まだ活気があるものの、やせ気味な点は隠せない

1971年・・・・ 濃密な味わい。著者を驚愕させたのが、誰も見向きもしないシャトー・ラフィット=ロートシルト。




「その5、サン=テミリオン」

 「メルロー種、カペルネ・フラン種の芳醇な味わい」とサブタイトルされています。


 『 サン=テミリオンは、ボルドーワインで有名なボルドー 近郊のワイン産地のひとつで、歴史地区は周辺の7つのコミューンの景観とともに、「サン=テミリオン地域」の名でユネスコの世界遺産に登録されている。


 13世紀に誕生した自治組織ジュラードは王から絶大な権限が与えられ、ワインの品質を守る重要な役割を担っていた。サンテミリオンのジュラードは、貨幣を作ることと死刑判決以外はあらゆる権限を認められていた。


 良いワインの樽にはジュラードの焼印が押され、彼らの厳しい審査によって、サンテミリオンの名に値しないと見做されると、ワインは町の広場で樽ごと焼き捨てされ、その作り手は棒で叩かれ、罰せられた。


 このワインの味は、中世に盛んになったサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の途上に立ち寄った旅人たちの間で評判となり、優れたワインのひとつとして知られるようになった。 』(写真と共にウィキペディアから引用)


アシャーは、ポルドーにも共通する石灰岩質の地層について触れ、さらに自治組織ジェラードによる格付けについても語ります。

グラン・クリュ・・・・ 特級(GC)、最上位

グラン・クリュ・クラッセ・・・・ 特級格付け(GCC)

プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ・・・・ 一級特級格付け


 そして、アメリカ流の数値評価の危険性を批判します。数値だけに公正に思えるが、ワインの本質からは外れていると結論付けます。


(追記) 「世界一優美なワイン選び」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"アシャー"と御入力ください。

第9353回「朝松健編 神秘界 その5、苦思楽西遊傳 立原透耶著 ストーリー、ネタバレ」

 第9353回は、「朝松健編 神秘界 その5、苦思楽(クスルウー)西遊傳 立原透耶著 ストーリー、ネタバレ」です。「西遊記」にクトゥルフ神話を加味したような小説です。長編向きの素材なのですが、パイロット的に60ページほどの連作短編にしたようです。三蔵お供の3妖怪に一話ずつ割り振っています。


「その5、苦思楽(クスルウー)西遊傳」立原透耶著

『第一話 孫悟空の述懐』

 孫悟空の一人称"俺"で物語が語られます。


 巨山に封印された悟空の前に現れたのが三蔵法師でした。「おまえを閉じ込めた無名都市の奴らに復讐したいとは思わぬか。わたしは、奴らを封印することが最終目的だ」、三蔵の申し出を悟空は受け入れます。願ってもないことだったからです・・・・。


 無名都市とは、四海(せかい)を支配する水棲生物が構築した世界です。通常の交通手段をもってしてはたどり着けません。その無名都市があると言われているのが、天竺だったのです。そして、無名都市の文化を持ち帰ることも目的のひとつになっていました。




 かくして、玄奘三蔵と悟空の旅が始まります。ある村での出来事です。家人が出してくれたのが「人参果」でした。赤ちゃんのような形をした果物でした。なぜ召しあがらぬのかと悟空に尋ねられ、三蔵法師は答えます。「これは果実に見えて、実は人間の赤ちゃんなのだ、喰ってはならぬ」


 村人たちは、湖底に巣食う苦思楽(クスルウー、クトゥルフ)の部下たちによって喰いつくされていたのです。しかし、人参果にした人肉にさほどの効能はありませんでした。さらなるパワーを得るために三蔵に喰わせ、パワーアップした三蔵を喰って無限の力を得ようと考えていたのです(オリジナル「西遊記」にもこのエピソードは登場します、写真は「知りたい!中国!」から引用)。


 しかし、三蔵と悟空が入った小屋の外には、奴らが迫っていました。悟空は三蔵を抱きあげ逃げ出します。しかし、一瞬の隙を突かれ奴らの爪によって掻っ切られていました、その爪には毒が塗りつけられていました。その毒は悟空の体を蝕みます。そして、ついに追いつめられます。その時でした、「またがれ!」、上空から悟空とは顔なじみの白龍が現れたのです。


 三蔵と悟空は危機を脱します・・・・。ところで、ふたりには魔法のアイテムとも言うべき「笛」と「石」があります。


『第二話 猪悟能の記録』

 猪八戒の日記体の手記で物語は進みます。未だ三蔵と悟空とは出会っていません。猪はデブではありますが、決してブタではなく、まっとうな人間です。物語の雰囲気は「千と千尋の神隠し」(2001年)ににていますが、発表時期は本書の方が若干早いと思われます。


 猪は、愛妻の翠蘭を失くし呆然とします。そんな妻が最後に言い残したのが、「私は死ぬのではありません、故郷に戻るだけなのです」という言葉でした。妻の故郷は、民間信仰「苦思楽」が大流行している鄷都縣(ほうとけん)でした。猪は妻探しの旅を決意します。


 そんな最中に、一匹の猿を連れた旅の僧侶が一夜の宿を乞うたのです。気持ちよく義父の家に泊めます。その僧侶の目を引いたのが、壁にかけられた紋様でした。「悟空、見よ。あれは奴らのものではないか」、この後、義父と猪は言い争ったようですが、紋様のためか、この間の記述は削除されています。


 結局、猪は三蔵法師と孫悟空という名の猿と共に、鄷都に向かうことにしました。数カ月を要してたどり着いた街は、思ったほどは大きくありませんでしたが、道教の聖地らしく立派な道観がありました。到着と同時に、猪は偵察を始めます。貴重な情報を教えてくれたのは、ひとりの老人でした。


(補足) 道観とは、『 道教教団において、出家した道士が集住し、その教義を実践し、なおかつ祭醮を執行する施設である。 』(ウキペディア)のことです。


 道観を境に西側は生者の街、東側は死者の街のようです。「日の出、日の入り、このふたつの時間帯だけ、西側と東側が交通可能となる」、日本的にもエジプト的にも西側が死者のエリアとなっているのですが、苦思楽だけに逆を行っているのかもしれません。


 かくして、猪は妻を求めて東側の地区に入りました。異臭の漂う異様な街でした。真っ暗闇の中、恐怖を押し殺し、妻の遺髪を握りしめ闇雲に進みます。もう西側に戻らなければ、そう思った時に妻の声がしました。顔は見えないものの、それはまさしく亡き妻でした。そして、ここが苦思楽(クトゥルフ)の従者たちの憩いの場であると教えられます。


 闇の中での会話が続く中、日が昇ろうとしていました。そのわずかな一瞬に妻の顔が見えたのです。糜爛した肌、そして、顎には鰓(えら)が生え始めていました。緒は道観目指して逃げ出します・・・・。いったんは気絶したものの、無事その夕には西側に戻れました。


 見てはならぬ死せる妻の風貌、猪にはもはや妻への未練はありませんでした。


『第三話 沙悟浄の物語』

 演義風に「西遊記」第二十二回と付記されています。三人称で沙悟浄の心理と行動を追っていきます。


 行者とも言うべき沙悟浄は、意志の力だけをもって幽体離脱を可能としました。そんな彼が、浮遊中に出会ったのが、一匹の猿とデブの男でした。沙悟浄の存在を知った三蔵も、彼の能力に驚きを禁じえません。そんな沙悟浄でしたが、三蔵には礼をもって接します(従来のものとは異なり、凛々しい三蔵法師像です)。


 沙悟浄に異変が生じたのは、水の中からの攻撃でした。沙悟浄は河童ではなく魚妖とも言うべき存在でした。水中からの攻撃者、それは水妖(インスマウス)でした。水妖は、魚妖族と闘っていたのです、沙悟浄はこの争いに嫌でも巻き込まれてしまいました。沙悟浄は魅き寄せられるように奴らの祭壇に向います。


 そこでは既に封印が解かれていました。沙悟浄の意識は、師父として慕っている三蔵法師に向かいます。「師父に伝えねば」、孤高の沙悟浄の心は既に三蔵法師の一行と共にあります・・・・。


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9352回「世界一優美なワイン選び ジェラルド・アシャー その2ブルゴーニュ、その3シャブリ」





 第9352回は、「世界一優美なワイン選び ジェラルド・アシャー その2、ブルゴーニュ、その3、シャブリ」です。 本書の特徴は、多数のラベルが掲載されていることです(表紙には、コルク栓の写真が使われています)。


「その2、ブルゴーニュ」

 「人生を彩る香り高き一本を選ぶ」とサブタイトルされており、ある作家の言葉を引用しています。『 上等なブルゴーニュのワインが一本あれば、もはやワインを讃える言葉など無用である 』と・・・・。残念ながら、私自身はさほどブルゴーニュ・ワインは飲んでいません。


 著者は、「クリュ(区画、村)」の重要性を強調します、「クリマ」とも呼ばれているそうです。ですが、それ以上に重視すべきが、個々の農家であると主張し、レストランのワイン・リストにはそこまで書かれていないことを残念がっています・・・・。


 そして、ヴィンテージについての誤解を指摘します。『 欧米の消費者は、(ワインの)若いうちはとっつきにくくて優雅さのかけらもない、渋くてタニックなワインこそ、長じて開花する思い込まされている。・・・・ こういうワイン観に生産者自身が便乗し、厄介な作柄をうわべだけ飾りたて、始末の悪いワインを美味なワインよりも高く売りつけようとする。 』(塚原氏訳)


 アシャーは痛烈に批判します。そして、クリュ以上に重要視している個別の生産者名を長々と列挙していきます。そして、個別の生産年(ヴィンテージ)についての見解で締めくくっています。


「その3、シャブリ」

 私がレストランでオーダーしたワインで、最も多いのがこのシャブリです。日本酒に通じる風味が好きだったからかもしれません・・・・。アシャーはブルゴーニュとは別に章立てをしていますが、ブルゴーニュの一地区だと考えている人も少なくないようです。




 『 (シャブリ・ワインは、)基本的にシャルドネ種の葡萄から作られる。シャブリ地区は、キンメリジャンとよばれる石灰岩を主体にした、ミネラル分が豊富な土壌であるため、シャルドネ種の栽培に適している。辛口でミネラルに由来するヴァニラやピーナッツのような優れた香りを持ち、人気が高く辛口白ワインの代名詞的な存在であった。  』(ウィキペディア)


 アシャーは、シャブリの歴史について語ります。それは、赤貧がもたらしたスタイルであると・・・・。


 『 「無職、時に黄金色」をしたワインは、「アロマが高く快適で、風味が強くて優れる」。たぶん木製の容器を手放すまで、シャブリはこんな姿だったのであろう。 』(塚原氏訳)、しかし、ステンレスタンクに移行後、次第に木製の樽に戻っているそうです。


 最後に、クリュとヴィンテージについて紙数を費やし、この章を終えています。


(補足) 写真はウィキペディアから引用しました。

第9351回「朝松健編 神秘界 その4、逆しまの王国 松尾未来著 ストーリー、ネタバレ」

 第9351回は、「朝松健編 神秘界 その4、逆しまの王国 松尾未来著 ストーリー、ネタバレ」です。60ページほどの短編、時代を異とするふたりの女性を主人公に据えています。その名は、いずれもミズキ・・・・。交互にふたりのミズキの物語が進みますが、やがて真実に向かって収斂していきます。


「その4、逆しまの王国」松尾未来著

『台風に翻弄された女、ミズキ』

 ミズキという女性の一人称"わたし"で物語が語られます。


 伊勢湾台風(1959年)以来の超大型台風が室戸から上陸し、東海地方に甚大な被害をもたらしました。当時、電話が家にあった家庭は少なかったものですから、夫からの電話をミズキに取り次いでくれたのは大家のオバサンでした。


 用件は、田舎で地滑り(山津波)が起きたから、至急サイコ(富士五湖の西湖)のオニハマ(鬼浜)に来いと言うものでした。ここで、ミズキの記憶が混濁します。夫には故郷がないと記憶していたからです。それでも、河口湖行きの終電に乗り、現地に向かいます。


 終点に着くと、目が離れ魚のような異臭を放つ駅員に押し出されるようにして、改札口を出ました。そこに待っていたのが、夫の村の男たち三人でした。しかし、「着いて行ってはならない」と心の中でささやく声が聞こえます。迎えに来ていた男たちも駅員と同じく異臭が漂っていたからです・・・・。


 車中で、タゴという男は、村は壊滅したから、これから移住地に向かうと言います。残りのふたりの男は、時に獣のような異様な音を発していました。そして、着いた先の西湖で、ミズキは水の中に落とされました。意識が薄れていきます・・・・。


『孤児、瑞希の半生』

 携帯電話が普及していますので、2000年頃の出来事かと思われます。瑞希は捨て子でしたが、ある夫婦に拾われ育てられました。養母は決して悪い人ではなかったのですが、養父の性的虐待によって、瑞希はこの家を出て行かなければならない破目になりました。


 ですが、幸いなことにスナックでの仕事が見つかり、何とか暮しています。そんな瑞希が、馴染み客の達川に誘われ、富士五湖をドライブすることになりました。そして、日が暮れ、民宿に泊まろうという話になりました。瑞希には、達彦の思惑は分かっていると思っていたのですが・・・・。


 この間、富士五湖の地下水脈などの話題がふたりの間で交わされています。さらに、コウモリ穴の関係から、台風被害によって鬼浜地区の住民が移住したことも、達川の口から語られています。民宿の食事はそこそこのものでした。意外だったのは、宿泊費を前払いした達川が瑞希を外に連れ出したことでした。


 「どこへ?」と瑞希に訊かれた達川は、「きみの故郷さ」とだけ答えます。そして、「みんなが待っている」と瑞希を促します・・・・。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


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『水中に棲む異形のもの(インスマウス)とミズキなる女性』

 湖底で目覚めたミズキは全裸でした、そして、異形のものの触手が下腹部に伸びてきます・・・・。焼けつくような痛みのためにふたたび気を失いました。そして、再度目覚めた時には、湖底の洞窟にいました。赤黒い炎が燃え盛り、周辺には奇怪な存在が蠢(うごめ)いていました。


 そして、ミズキは一瞬にしてすべてを理解します。異形の存在を増殖させるための女性、それは時代は変われど常にミズキと呼ばれていたことを・・・・。


 西湖から戻ってきたミズキは女児を生み落としました。しかし、死産だったのです。亡き赤ちゃんの姿を一目見たいという願いは、奇形児だったと言うことで拒否されました。ミズキは夫と共にいったん自宅に戻ります。その時でした、空家となっている隣家から赤ちゃんの声が聞こえてきたのは・・・・。


 その赤ちゃんは捨て子でした、警察に届け出た後、夫婦の子どもとして育てることにしました、瑞希という名前をつけて・・・・。ですが、年老い今では老人養護施設に入居しているミズキはふと思います。瑞希はいったい誰の子どもだったのか・・・・、そして、今、瑞希はどこにいるのか・・・・。


(蛇足) 意図的に、ミズキの記憶には矛盾があるように描かれています。そのことが逆に興味をそそるという、面白い手法になっています。


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9350回「世界一優美なワイン選び ジェラルド・アシャー はじめに&その1、シャンパーニュ」





 第9350回は、「世界一優美なワイン選び ジェラルド・アシャー はじめに&その1、シャンパーニュ」です。今回から9回にわたり、「世界一優美なワイン選び」、ジェラルド・アシャーのノンフィクションを随時取り上げたいと思います。プレイボーイ誌上に発表されたのは、1994年から96年のことです。


 章立ては、ワインの生産地、各一ヵ所に1章が割り振られており、フランスでは8カ所、アメリカとイタリアからは3カ所ずつ、そして、スペイン2か所にポルトガル1ヵ所の計17カ所の産地が選定されています。今回を除き、2章ずつ取り上げていきたいと思います。


 発表が20年ほど前の1990年代の半ばですので、ヴィンテージに関する記述は避けさせていただきます。


「はじめに」

 著者がワイン商になった経緯が記されています。そして、ワインへの想いも・・・・。著者がこれまで40年にわたりワインを取り扱ってきたのは、アルパイトでワイン販売店で働いたことが契機になりました。その店で問題となったのがヴィンテージでした・・・・。結論としては、ヴィンテージにこだわり過ぎた関係者が右往左往しただけだった、と言うのが実情のようです。


 そして、著者は経験から次のことに留意すべきだと主張します。

 『 所詮ワインは、いくらアルコールやPh、残糖の量や度数を分析したところで、正体がつかめない。また、どこかのワイン評論家が、アロマと風味のなかにかぎけたと称するペリー類やスパイスの類推もどきの一覧表もあてにはならない。


 ワインのスタイルというものは、造り手の各人が過去の事例を導きの糸とし、現在持ち合わせる腕だけを頼りに、風土の環境条件に適合しながらこしらえるものなのだ。 』(塚原正章氏・合田泰子女史共訳)


 さらに、ジャン=バチスト・パロニアンの言葉を引用して、「いつ、どこで、どのように」という技術的要素と、「だれが、なぜ」という人間的要素の総和の上に、ワインの味は決すると断じています。その人間的要素こそが、まさしくワイン歴史であると強調します・・・・。




「第1章 シャンパーニュ」

 『 シャンパーニュは、フランスの地方で、フランスの北東部、パリ盆地の東部に位置する。発泡ワイン(スパークリング・ワイン)の代名詞ともいえるシャンパン(Champagne)の産地として知られ、この地方の中心的都市であるランスを中心としたモンターニュ・ドゥ・ランス、ヴァレ・ドゥ・ラ・マルヌ及びコート・デ・ブランと呼ばれる3つの地域で特に良質のものが造られている。 』(ウィキペディア)


 シャンパンをある人は「洗練された軽薄さ」だと評し、オペレッタ「こうもり」では、「酒の王さま」と讃えています。"教えてGoo"での"operettatheater"さんの回答から、邦訳を一部引用させていただきます。「こうもり」の中でも、最高にノリの言いパートです。


 『 オルロフスキー 「燃えたぎる葡萄は  トラララララララ  それこそ人生だ  トラララララララ  王も皇帝も名誉好きだが  葡萄がなけりゃ生きては行けぬ!  乾杯! 乾杯! 共に讃えよ 酒の王様!酒の王様!」

全員 「乾杯! 乾杯! 乾杯! 」


オルロフスキー 「世界のだれもが 讃え褒める  輝くシャンパンは王様なのさ(王様さ) 」

アデーレ 「どこの国もみんな  トラララララララ  遠いところだって  トラララララララ  シャンパンがあれば悩みは消える  賢い者はそれを知ってる  乾杯! 乾杯! 共に讃えよ  酒の王様!酒の王様!」

全員 「乾杯! 乾杯! 乾杯!」・・・・ 』


 実に享楽的な歌です・・・・。そして、偶然生まれたシャンパンがいかにして現在に至るまで深化を遂げて来たか、著者は詳述します。そして、他のワインにも共通することですが、地域(クリュ)、個別農家、そしてメーカーについて触れます。


 そして、シャンパンを酒の王さまにまで上り詰めさせたドン・ペニリニョンの功績を讃えます。しかし、一方では、自ら招いたこととはいえ、カリフォルニアのスパークリング・ワインに押されていることも指摘します。「シャンパーニュの危機」であると・・・・。


 ところで、シャンパン・メーカーも離合集散を繰り返していますが、少なくともこの本の発表時には、4大メーカーがしのぎを削っていました。ルイ・ヴィトン=モエ・ヘネシー、レミ・マルタン、シーグラム、マルヌ・エ・シャンパーニュ(協同組合連合)・・・・。


 今はどうなっているのでしょうか、50歳ほどまでは100本は飲んでいると思うのですが、それ以降は数えられるほどしか飲んでいません。


(蛇足) ジェラルド・アシャーは、デゴルジェ(抜栓して、澱をぬくこと)など製造工程についても触れています。

第9349回「北村薫のミステリー館 その18、バトン・トゥワラー マイベスト2、ネタバレ」

 第9349回は、「北村薫のミステリー館 その18、バトン・トゥワラー ジェーン・マーティン著、+マイベスト2 ストーリー、ネタバレ」です。「北村薫のミステリー館」(全18編)も今回で終りです。文末にマイベスト2と次点を記すことにします。


「その18、バトン・トゥワラー」ジェーン・マーティン著(村上春樹氏訳)

 わずか数ページの掌編です。冒頭と末尾に、ひとり舞台であることを意味する表記がなされています。


 主人公は黒人女性です。バトン・トゥワリングを通じて、いかに自分が豊かな気分にいられたか、そして、挫折をいかにして克服できたか、観客席に向かって静かに、しかも熱く語っていきます。そして、決して自分はニガーではなくバトン・トゥワらーであるかを強調します・・・・。


 『 いいてすか。私はこの私の銀色のバトンをあなたのためにここに残していきます。・・・・   照明がフェイド・アウトする。 』



「マイベスト2及び次点」

 このアンソロジーは、正しくはミステリ(推理もの)ではありません。絵本などを含め、広く文学をミステリの範疇ととらえています。そのため、私の作品に対する評価も、大きく作者の意図と質に拠っています。


 なお。番号は順位ではありません。URFを付しておきますので、興味がありましたらアクセスしてください。

 

1. 「滝」(奥泉光著)

 120ページほどの中編です。教派神道に帰依する少年たちの山岳行に焦点を合わせ、少年たちの意識を追っていきます。このアンソロジーをブログに取り上げましたのも、この作品が収録されていることが大きく影響しています。素晴らしい中編です。

http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12041752568.html


2. 「フレイザー夫人の消失」(ベイジル・トムスン著)

 19世紀の三都を舞台にしたメタ・ミステリとも言うべき推理小説です。夫人と部屋の消失、ふたりの探偵はいかなる推理を展開するでしょうか・・・・、ミステリ・ファンにとっては楽しい一編に仕上がっています。

http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12039067779.html


次点 「きいろとピンク」(ウィリアム・スタイグ著)

 絵本で描く人形2体の実存証明と創造主(神)の出現・・・・。子どもには難しすぎますが、面白さは伝わると思います。

http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12037179951.html


次点 「二世の契り」(ヘンリイ・スレッサー著)

 『 新興宗教と金と輪廻転生、短編ではもったいないほどのモチーフをうまく処理しています。この小説で登場する教祖アーチボルト・シング博士は、アメリカに実在していそうなネーミングでありキャセクター設定です。 』(この作品について書いたブログの評価部分を再掲)

http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12038678672.html


(追記) 「北村薫のミステリー館」につきまして、過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"北村薫の"と御入力ください("の"まで入力してください)。

第9348回「北村薫のミステリー館 その17、滝 奥泉光著 ストーリー、ネタバレ」

 第9348回は、「北村薫のミステリー館 その17、滝 奥泉光著 ストーリー、ネタバレ」です。 「北村薫のミステリー館」(全18編)も、本作を含めあと2編を残すのみとなりました。


 このアンソロジーをブログに取り上げました最大の理由は、この「滝」が収録されていたからです。高橋和巳の「邪宗門」に通ずる人間ドラマが120ページにわたって展開されます。ある意味、著者は違えど、「邪宗門」の外伝とも言うべき中編です。


 ストーリーの紹介にあたりましては、便宜上、「第○日」と表示させていただきます。


「その17、滝」奥泉光著

 『 最初の誓約(うけい)は凶と出て、少年たちは尾根を下った。 』(冒頭の一文)、ある教派神道の若者組(中学生、高校生)では、お山での「清浄行」が義務付けられています。剣道大会を終えた少年たちは、一班五名編成で十二の班に分けられ、教団が定めた七つの峰を踏破する必要があります。


 峰に祀られた祠には、御神籤(おみくじ)とも言うべき箱から吉凶を占い、白札が出れば次の峰へ、黒札が出れば滝での修業が課されることになっています。黒を引くことは汚れがある証拠と見做され、滝で清める必要があると考えられていたからです。この神の声を聞くことを、教団員は「誓約(うけい)」と呼び習わしていました。


 この物語に登場する班は、勲をリーダーとして四人の者が随行しています。ここでメンバーを紹介しておきます。

① 片桐勲(18歳)・・・・ 教祖の孫にあたり、清浄な雰囲気を漂わせている少年です。若くして見るものを魅了するカリスマ性を備えた不思議な少年です。「まぶしい」存在、それが青少年たち共通の想いです。

② 裕矢・・・・ 勲を尊敬する一途な少年です。家族ぐるみの信徒であり、兄の達彦は「清浄行」では監視役を担当しています。この物語は、この少年の視点・主観で進行します。

③ 黒須・・・・ 直情径行タイプの少年です。体力的には十分清浄行を乗り切れるだけのものはあるのですが、時にキレる普通の少年です。

④ 松尾・・・・ 教団員ではありませんが、教団を支援する政治家の息子であったことから、父親の願いによって、「特例」として参加したという経緯があります。勲に似ているため、勲とは異母兄弟ではないかとの噂もあります。雑学に秀でた少年です。

⑤ 太郎・・・・ 体力的にも精神的にも、弱さを隠し切れない少年です。この班の最大の弱点になりかねない存在ですが、ムードメーカー的な雰囲気を持っています。


 身なりは行者姿の白衣、食料は三泊程度を想定し各自が分担して背負っています。もちろん、予備の食糧もあり、黒札を引き続けなければ、中学生と言えども十分に踏破できる山岳行です。


 万一の場合に備えて、緊急救助要請用の黄色い発煙筒、急病時の医薬品なども所持していますし、監視班が二名一組で随所に目につかない形で、配置されています。


『清浄行 第一日』

 出発早々、第一の峰で黒を引いてしまいました。勲(①)の簡潔な指示で、全員山を下り、滝場に向かい、流水に打たれます・・・・。そして、ふたたび尾根まで引き返し、第二の峰に向かいます。ここでの誓約も黒と出ました。付近で野宿することにします。勲の指示で、全員が夕食の支度をします。


 その夜、裕矢は星を見つめながら、仲間たちに想いを馳せます、特に勲に対して・・・・。一方、監視役の達彦はパートナーの河合に御神籤のからくりについて語っていました。「第一の峰、第二の峰ともすべて黒を入れておいた。第三峰も黒にするつもりだ。それが将来教団を背負って立つ勲を強くするはずだ」


 清浄行では暗黙の了解の下、意図的に黒白が操作されていたのです。


『清浄行 第二日』

 早朝、少年たちは素早く野営地の撤収作業を進めます。第二の滝には先客がいました。勲たちの白衣を見た青年たちは挑発してきます。これ見よがしに教団が神聖視するヘビを殺そうとします。勲は静かに挑発を受け入れ、ひとりふたりと倒します。トラブルはそこまででした。


 予定どおり、作法に従い、滝行を行います。そして、尾根に戻った一行は昼食を取ります。午後、三番の峰に向かいます。誓約(うけい)の結果はまたしても黒でした。勲は顔色ひとつ変えませんでしたが、他の少年たちは複雑な表情を浮かべます。


 その頃、達彦は第四峰の御神籤を操作していました。箱だけでなくメモを置いたのです。「吉は左端にあり」と・・・・。達彦の考えでは、他の少年たちのことを考えれば、勲は白を選ぶべきだとの考えから出たものでした。指導者には、「清濁あわせ飲む」度量も必要だと・・・・。ですが、この達彦の小細工が如何なる結果をもたらすかについては、当の達彦にすら分かっていませんでした。


 参の滝の修行を終え、滝近くに野営地を設営した後に、太郎(⑤)の体調が急変します。発熱を訴えたのです。それでも強がる太郎の面倒を見たのが、これまでも太郎のことを気遣っていた松尾(④)でした。勲は何も語らず、太郎の容体を観察します・・・・。


 黒須を含めて、少年たちに様々な想いが去来します。


『清浄行 第三日』

 幸い、太郎の熱は下がっていました。「太郎は私が背負って歩く、三人には太郎の荷物を分担して背負うように」、霧の中を五人は進みます。先頭は裕矢でした、一度道にはぐれましたが、やがて勲たちが追いついてきました。そして、第四の峰、御神籤の箱の下には、何かが書かれたメモが置かれていました。


 裕矢たちが見つめる中、勲はしばし動こうとはしません。そして、選んだ誓約の結果を伝えます。「黒だ」、これで四回連続、黒を引いたたことになります。もはや裕矢を含め、落胆の色は隠せませんでした。ですが、勲は粛々と次の行動を指示します・・・・。


 昼食時にそのことは露骨な形で現れました。黒須は不貞腐れて動こうとしませんでした。裕矢としても、日頃の冷静さが欠け、仲間への不満が鬱勃と高まっていくのが感じられます。ただ、松尾は太郎の面倒をかいがいしく見ていますし、作業も積極的に行っています。


 第四の滝の修行を終え、一行は第五の峰に向かいます。しかし、たどりついた一行に、もはや覇気はありませんでした。勲を除きだらしなく、大の字に倒れ込みます。裕矢は出口の見えない清浄行に絶望していました。


 一方、望遠鏡で常に監視していた達彦には、勲の選択が嫌でも目につきました。第五の御神籤の下にもメモが置かれていました。勲は何も見ずに御神籤を引きます。やはり黒でした・・・・。第五の滝の清祓(きよはらえ)は翌日に回し、野営することにします。


 ここで、太郎が「すべてぼくの責任なんだ。怖くって、ヘビを殺したんだ」と口走ったのです。そして、さらなる暴露までします。その近くで達彦と松尾が愛し合っていたことを・・・・。もはや、勲の指導力をもってしても収集できる状況ではなくなっていました。


 これまで覇気をなくし沈黙を守っていた黒須が激しく松尾を殴り始めたのです。何度も何度も・・・・、それに対し、勲は一切口出ししませんでした。


『清浄行 第四日』

 第五の滝での修業が始まります。凄い水量で勲を打ちます。続いて裕矢も、不貞腐れた黒須も済ませます。脅える太郎を、勲はやさしく、しかも毅然として、結跏趺坐の姿勢を取らせます。「気を使え、気を使うんだ」、太郎は滝行に耐えます。


 ここで、勲の指示にキレたのが、松尾でした。「俺は絶対やらない」と言い出したのです。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


――――――――――――――――――――――――――――――――








 「おまえが何をやったかは今は問わない、まず清めを受けろ」と言い募る黒須に、松尾はこんな馬鹿なことは嫌だと答えます・・・・。勲の結論は、第六の滝はここから至近だから、清めは第六峰の結果を待たずに、第六の滝で果たそうというものでした。


 しかし、誓約(うけい)の結果を見る必要はあります。そのため、単身で裕矢を向かわせることにしました。第六の峰での御神籤の結果は「白」でした。ですが、その結果にもはや安堵感はありませんでした。裕矢にとっては、すべてが壊れていくように感じられるばかりです。ですが、最後まで仲間と行動をともにすべく、裕矢は第六の滝に向かいます。


 その頃、任務を終えた達彦は山を下っていました、勲への複雑な思いを胸に・・・・、そして、自分の取った行動は一体なんだったんだろうか、と胸に噛みしめます。その途中、多数の蜻蛉(かげろう)を見かけました。やがて凄まじい群れとなって里へと押し寄せる蜻蛉の群れを・・・・。


 裕矢が第六の滝に行くと、小屋の中にいたのは、ぐったりした黒須と太郎だけでした。松尾の姿は消えていました。太郎の容体は裕矢の目から見ましても、一時の猶予もないように思えます。やがて松尾が戻り、日が暮れてから勲も戻ってきました。勲の髪には白いものが目立ちます。


 深夜、目覚めた裕矢は、裸で滝に打たれる勲を目にします。行を終えた勲は、裕矢に寝ろと言います。自分はこれから第七の峰に行くと言い残して立ち去ります・・・・。


『清浄行 第五日』

 翌朝目覚めた裕矢は、松尾と黒須が眠っているのを目にします。そして、太郎の容態がますます悪化していることに気づきます。勲がいない今、ついに黄色い発煙筒をたく時が来たのです。発煙筒をたくと、裕矢は第七の峰に向かいます。


 峰の祠には誰もいませんでした。黒い紙垂(しで)が残されていました。そして、「左端に黒あり、気をつけろ 河合」というメモも・・・・。崖の下には、勲だと思われる白い行者姿の男が倒れていました。そして、滝の水は枯れていました。(完)


(追記) 「北村薫のミステリー館」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"北村薫の"と御入力ください("の"まで入力してください)。

第9347回「浅田次郎短編 その8、ろくでなしのサンタ、ストーリー、ネタバレ」

 第9347回は、「浅田次郎短編 その8、ろくでなしのサンタ、ストーリー、ネタバレ」です。短編集「鉄道屋」に関しましては、今回で終りです。最後に取り上げるこの作品は、10ページ余の掌編です。映像化するのであれば、三太には若かりし日の西田敏行さんがぴったりです。そして、三太の肝っ玉母さん役には・・・・、そういう女優が思いつかなくなりました。


「その8、ろくでなしのサンタ」

 柏木三太が保釈されたのはクリスマス・イブの日でした。引受人として出迎えたのは、三太のおふく

でした。「誘われても、事務所には関わらない方がいいよ」、三太の逮捕理由はポンビキ行為でした。おふくろに連れられ、中華街で饅頭を買いに行きます。


 三太が思い出したのが、北川という同房の中年男でした。北川は唆(そそのか)されて、勤務しているメッキ工場から一億円相当の金の地金を横領しました。どう見ても、悪いことをしでかすような男ではありません。理不尽なことですが、そんな男が最も重い刑を受けそうな事態になつています。


 聞けば聞くほど、テキトーに使われたことが明らかですので、同房の者から憐みとも侮蔑ともつかぬ同情を寄せられた男です。「おっかあ、十個ほど余計に買っておいてくれ」、北川にはおふくろと妻だけでなく、小学6年と3年の娘もいます・・・・。


 そして、三太が駅前でありったけの金で買ったのが、馬鹿でかいスヌーピーのぬいぐるみでした。ミッキーマウスでもよかったのですが、でかいほどいい、というのが三太の選択基準でした。手では持ちきれませんので、店員に手伝わせ背中に背負います。


 「ばばあには饅頭、娘にはスヌーピーと・・・・、いけねえ女房のこと忘れてた」、残ったわずかばかりの金でシクラメンの鉢植えを買います。そして、北川から聞いていた住所のアパートの階段を上り、プレゼントを置きます。あとはピンポン・ダッシュの要領で逃げ出します。


 姿が見えないように隠れている三太の耳に、「わあサンタさんだ!」と子どもの悦ぶ声が聞こえます・・・・。三太が気になったのが、本当のサンタクロースが橇(そり)に乗ってやってきたらどうしようということでした。


(追記) 「浅田次郎」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"次郎短編"と御入力ください。