美保神社、島根半島の東端 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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島根半島の東端の美保神社の祭神の事代主命は実は大国主命の養子で、実は天孫の秦氏、三穂津姫命も天孫の秦氏であった。漁業の神様で安曇氏の氏神である。


参考

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本殿は山に食い込む、嘆きの壁の形式、まさに秦氏の神社

美保神社(みほじんじゃ)は、島根県松江市にある。事代主神系えびす社3千余社の総本社であると自称している(ただしこの3千余社は蛭子神系のえびす社とあわせた数であり正確でない。えびす云々ではなく事代主神を祀る神社の総本宮の意と思われる)。えびす神としての商売繁盛の神徳のほか、漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集める。また、「鳴り物」の神様として楽器の奉納も多い。

祭神右殿に大国主神の子の事代主神、左殿に大国主神の后の三穂津姫命を祀る。(三穂津姫命は大国主神の幸魂奇魂(さきみたま・くしみたま)である「大物主神」の后神。事代主命は神屋楯比売神(かむやたてひめ)と大国主神との間の子供なので義理の母親にあたる)

美保神社

三穂津姫命事代主命はともに秦氏

ここの秦氏は海人族の安曇氏であろう。隠岐島の海士町の漁師、元伊勢籠神社の宮司の海部氏、下関の海人郷町の漁師なども安曇系であろう。(参考)

事代主命は五十猛、安曇磯良、武内宿禰と同一神で安曇氏である。(参考1参考2)