神籠石?
山中の遺跡には、朝鮮式山城や神籠石など北九州の大宰府あたりが有名です。下関市では鬼ヶ城山の遺跡が朝鮮式山城の長門城かどうか議論されましたが、神籠石については下関市では聞いたことがなかった!
あるFB友達のお話では、
「地元の郷土史家の方と山の麓にお住まいの方から聞いた話を確かめに高岡山(小串)へ登りました。神籠石?らしいです。
狗留孫山観音を始め、御生石や三尊石や重ね岩、自然石信仰が面白いですね。神籠石は本当にこの石なのか?郷土史家の方へヒアリングに行きます。綺麗な巨石です。
長州藩に限れば、磐座と森様、防長地下上申、村田清風の改革で整理された信仰でほぼ網羅されるのでは?近代化の過程で、発破解体された巨石も幾つか聞き取っています。」
とのことで、明治維新に貢献した村田清風の改革で破壊された模様です!彼は天保13年(1842)に淫祠僉議 (いんしせんぎ)を布告し、届け出のない祠堂は潰されることとなった!
村田清風は鎌倉の大江広元、毛利季光の墓を見つけ出して綺麗に整備したとか!現地には、鎌倉幕府の組織・礎を作った大江広元、その隣には、大江広元の4男毛利季光、また、その隣に、頼朝公のご落胤島津忠久の三基の墓が並んでいる。ちゃんとした考古学的検討無しに手を加えており、歴史の捏造が疑われる。
参考