長門市 | 日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツを解明します。

基本的に山口県下関市を視座にして、正しい歴史を探求します。

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長門市西部

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長門市東部

長門(ながと)市、山口県北西部に位置し、日本海に臨む農水産観光都市。1954年(昭和29)仙崎(せんざき)、深川(ふかわ)の2町と通(かよい)、俵山(たわらやま)の2村が合併して市制施行し、旧国名を市名とした。2005年(平成17)三隅(みすみ)、日置(へき)、油谷(ゆや)の3町を合併。沿岸を東西にJR山陰本線、国道191号が走り、正明市(しょうみょういち)から南へJR美祢(みね)線と国道316号が分岐する。また、油谷で国道191号から491号が分岐する。深川平野は『和名抄(わみょうしょう)』の深川郷の地で、条里遺構を残す開発の古い農村地域。中世には三条家の荘園(しょうえん)となり、深川庄(しょう)と称した。近世の市場町から発展した正明市は大津地方の商業、交通の中心をなし、市役所の所在地。仙崎は長州藩時代西廻(にしまわり)海運の寄港地として栄えた要津で、日本海捕鯨の基地でもあった。第二次世界大戦直後は引揚げ港として知られ、現在は北浦沿岸第一の漁港で、小型底引網や刺網漁業の母港として年1万トンの漁獲をあげている。水産加工も盛んで、特産はかまぼこ。東部の三隅地区は『和名抄』の三隅郷の地で、農林業のほか、沿岸漁業が盛んである。西部の日置地区は『和名抄』の日置郷、中世の日置庄(しょう)の地で、米どころとして知られる。また、西端の油谷地区は米作が盛んで、向津具(むかつく)半島の海女(あま)漁業は有名である。市内には俵山温泉や湯本温泉、黄波戸(きわど)温泉、湯免(ゆめん)温泉、油谷湾温泉の五つの温泉、および北長門海岸国定公園の中心をなす青海(おうみ)島(国の名勝、天然記念物)、俵(たわら)島(国の名勝、天然記念物)などがある。県史跡大寧寺(たいねいじ)や萩(はぎ)焼深川窯もある。湯本南条踊は県指定無形民俗文化財。そのほか、長門市出身の童謡詩人金子みすゞの記念館、洋画家香月泰男(かづきやすお)の美術館、古式捕鯨を解説した「くじら資料館」などがある。面積357.94平方キロメートル、人口3万8349(2010)。[三浦 肇]

『『長門市史』全2巻(1979、1981・長門市)』
「2万5000分の1地形図「長門川尻(かわしり)」「阿川(あがわ)」「長門古市(ふるいち)」「青海島北部」「通」「仙崎」「三隅中」「俵山」「長門湯本」「秋吉台北部」」(コトバンクより)

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仙崎港

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向津具半島北岸、東後田の棚田

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油谷湾、向津具半島


参考