妙見社跡地、吉母 | 日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツを解明します。

基本的に山口県下関市を視座にして、正しい歴史を探求します。

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下関市大字吉母小字「明見」西光寺の南西

神功皇后が三韓征伐より帰還され 応神天皇をお産みになり、守護神として建立された妙見社の跡地か?妙見社は神仏習合時代は妙見菩薩を祀っていたが、現在は天之御中主神となっている。高天原の主宰神で、天地の初癸に高天原に出現した神、天の中央に座まする宇宙の根元神てある。北極星・北斗七星の神で航海の神様である。


孟宗竹が生えていたが、元は砦と思わせられるような階段状の山であった。この辺りの明見、上の山、西光寺山と続く一帯の地名を大将軍森と言う。神功皇后の一番上の大将軍が居住した土地と云われる。石組、井戸、池等が多く残っているとか!大将軍とは武内宿祢のことか?


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参考