住吉神社、福岡 | 日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツ

日本の歴史と日本人のルーツを解明します。

基本的に山口県下関市を視座にして、正しい歴史を探求します。

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日本全国に2,129社ある住吉三神を祀る神社の中で最も古い神社であるとされ、古書には「住吉本社」「日本第一住吉宮」などと記されている。ただし、現在の全国の住吉神社の総本社は大阪の住吉大社である。

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主祭神 住吉三神 - 底筒男命・中筒男命・表筒男命の3柱
配祀神 天照皇大神・神功皇后

由緒
黄泉から帰還した伊奘諾尊が禊祓を行った「筑紫の日向の橘の小戸の阿波伎原」がこの博多の住吉の地であるとし、その禊祓で住吉三神などが生まれたので当社が住吉神社の始源であるとしている。


奴国について

福岡市の住吉神社の創建時期は『続日本紀』の天平9年(737年)4月1日条に筑紫住吉などに使いを遣わしたとあるのが初出である。

下関市の住吉神社「住吉開基造営等之覚書」によると、応神天皇、武内宿禰、神功皇后は、聖務天皇の神亀年中(724年から729年)とある。

大阪市の住吉大社の住吉社造営記事の初見(興福寺略年代記)は天平勝宝元年(749年)