西暦701年(大宝元年)の出来事 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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西暦701年の日本の出来事を「太陽暦」でならべる。()内は旧暦とする。

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① 1月 - 伊豆大島に流されていた役小角が赦される
コメント: 役小角は渡来人・秦氏の一族、同年7月16日没、多くの寺社を各地に建立してきた。九州の英彦山、高良山も役小角が開山した。

② 5月3日(文武天皇5年3月2日) - 年号を大宝とする
コメント: 1947年、日本国憲法施行

③ 7月17日(6月8日) - 大宝律令を施行

9月9日(8月3日) - 大宝律令が完成
コメント: 日本と言う国号が正式に現れる(参考)。

⑤ 9月14日(8月8日) - 明法博士を西海道を除く六道に遣わして、大宝令を講義させる
コメント: 九州は分権となっている(参考)。

⑥ (8月26日) - 高安城を廃城
コメント: 白村江の戦い(西暦663年)の敗戦後の対応は終わる(太宰府に向かう道も7世紀末には廃道)。

12月12日(11月9日) - 弾正台に畿内を巡察させる
コメント: 大宝律令に基づいた初めての権力行使を行う。

701年松尾大社創建
文武天皇の西暦701年(大宝元年)に、都理(はたのいみきとり)が勅命を奉じて、山麓の現在地に神殿を営み、山上の磐座の神霊をこの社殿に移し、その女の(ちまるめ)を斎女として奉仕し、この子孫が明治初年まで当社の幹部神職を勤めた秦氏(松尾・東・南とも称した)です。

秦氏ゆかりの木嶋神社続日本紀の大宝元年(701年)4月3日の条に現れる。

720年(養老4年5月癸酉条) - 日本書紀完成


参考




主な神社の創建時期、宇佐神宮は725年

役小角の開山とする寺社は7世紀後半の創建