新稀少堂日記 -3ページ目

第9396回「トリック 山田奈緒子関連本 その8、時間の穴で未来を読む女 ストーリー、ネタバレ」

 第9396回は、「トリック 山田奈緒子関連本 その8、100パーセント当たる占い師、時間の穴で未来を読む女 ストーリー、ネタバレ」です。ドラマの第一印象に基づき書いたブログのストーリー部分を前半に再掲し、後半には山田奈緒子の視点を書き加えるという、メタ・ミステリとして取り上げているシリーズです。


「その8、100パーセント当たる占い師、時間の穴で未来を読む女」

 ※※※間にはさまれた部分は、他のエピソードで引用済みです。御面倒でしたら、読み飛ばしてください。


 『 ※※※ 詐欺師にしろ、いんちき霊能者にしろ、多用されるテクニックとして"コールド・リーディング"と呼ばれる手法があります。


 「お父さんは、亡くなっていませんね」と聞かれたとき、どう答えるでしょうか。私の場合は、「はい、40年ほど前、学生の頃、父を亡くしております」と答えるかと思います。では、健在だった場合はどうでしょうか。「はい、病気がちですが、長寿を謳歌しています」ぐらいの答え方をすると思います。


 「亡くなって、いない(存在しない)」と「亡くなって(は)、いない(否定)」の間には、わずかなイントネーションの差しかないのです。コールド・リーディングは、会話を通じて、相手を知るひとつのテクニックです。日本語表現に限らず、言語の持つ限界性を、最大限利用しています。


 ホット・リーディングは、もっと直接的です。事前に相手の情報を知る方法です。紹介者からの情報とか、時には探偵、待合室での会話など、多種多様です。


 当然、リーディングを行なうものには、思惑があるはずです・・・・。行き着く先は、「クロサギ」です。ですが、それは別の話です。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と呼ばれる占いの世界に、100%当たる占い師が存在するのかというのが、このエピソードのモチーフです。 ※※※、』、以下、ストーリー部分に入ります。

 

 『 山田奈緒子(仲間由紀恵さん)は、かに座です。上田次郎(阿部寛さん)が知れば、「道頓堀みたいな女だな」と言いながら、手を蟹風に振るぐらいのことはすると思います・・・・・・。奈緒子の今週の星座占いは、恋愛運、金運とも最高なのです。ですが、商店街をふらふらと歩く奈緒子は、街の人々に混乱を引きおこします・・・・・。


 「スーパーマン3」の冒頭でも、似たようなシーンがありました。商店街で福引が行なわれています。一等商品「米俵一俵」、奈緒子はガラガラと回します。出てきたのは、"金の玉"、米俵一俵60キロです。アパートの部屋に持ち帰ると、上田が待っていました。


 そして、上田は福引のからくりを暴きます。「商店街では、"金の玉"は入れていなかった。ではお前はどうして金の玉を出せたのか、これは詐欺だ」 この一言で、奈緒子は上田に協力させられることになります。上田と奈緒子が相手をすることになるのは、"100%当たる占い師"鈴木吉子です。


 新興宗教のように、大きな屋敷に信者を集めています。彼女の占いの方法は、「時間の穴」を通り、未来をのぞいて来ることです。吉子は、プロモーション用のビデオを作っています。一週間前に、一週間後のニュースを録画してきたと言うのです。結果として、今日のニュースということになります。


 封印されたビデオが再生されます・・・・。当たっています。山田奈緒子はここで山っ気を出します。自分も未来を透視できると・・・・・。カードを取り出し、信者の一人が決めたカードを当てます。しかし、信者は言い返します。「来週あがる株の銘柄を教えろ」 ごもっともです。


 ですが、吉子はできたのでしょうか、できていれば、確かに信者は喜んで寄進すると思いますが・・・・・。しかも、任意の数字を選択できる"ロト6"は、毎回当てることが出来ますし、JRAも思いのままです・・・・・。ただ、そこまでの展開は見せていません。


 奈緒子のチャレンジが完膚なきまでに潰されたのは、教祖・吉子が選んだゲームによってです。3個のグラスの内、1個のみに毒を入れます。それを透視し、そのうち無害の2個のグラスの水を飲み干すと言うものです・・・・。


 吉子は先に二つのグラスの水を飲み干します。奈緒子には残りのひとつを飲み干す必要がありますが、吉子は毒ではなく塩を入れたと明かします。奈緒子の完敗です。これが、ラストの伏線になっています。奈緒子は、吉子から、「おまえは、最も大事なものを失う」と告げられます。その日から、上田が消えたのです。


 吉子と奈緒子のおバカな戦いが、信者を巻き込み続きます。上田はどこに行ったのでしょうか。信者の中に、長部という挙動不審な男がいます。かばんを肌身離さず抱えています。当人は、芋が入っていると主張しますが、どうも大金が入っているようです。


 ところで、上田次郎は、インテリアとして置かれていた鎧の中に身を潜めていたのです。一方、奈緒子は、"時間の穴"を探します。ヒントは、「怨」、「呪」、「叫」と書かれた三つの箱・・・・。時間の穴は存在するのか、という展開です。


 「叫」は「04」だったと言う落ちの後(確かにそう見えます)、奈緒子と吉子の最後のバトルが始まります。毒入りグラス・ゲームです。今回は長田も入ります。長田は、恋人を殺されていたのです。ここに来た目的は、復讐です。


 上田のアドバイスで、奈緒子は毒の入っていないグラス二つを選びます。まず、奈緒子が飲み干します。次に奈緒子が選んだもう一つのグラスを、長田が飲み干しますが、・・・・。長田が倒れたのです。吉子は勝ち誇り、最後のグラスを飲み干します。


 突然、長田が立ち上がります。演技だったのです。吉子は、悶絶し亡くなります。これが、長田の復讐だったのです。 』(以上再掲)



「山田奈緒子の視点」

 "私"は雑誌の占いコーナーには必ず目を通しております。「金運・恋愛運は、今週最高。今週のあなたは人生で最高の1週間になるでしょう」、確かに御町内の福引きで一等賞の米俵を当てたのです・・・・。「あんなのはインチキだ」とアパートで口出ししたのは、上田次郎でした。


 彼の思惑は分かっております。暴くべきトリックの依頼に来たのです。何か困ったことがあるとすぐに"私"を頼ろうとする、新手のストーカーのような男です。今度の相手は、"100%当たる占い師"鈴木吉子でした。庶民がすがる福引きでも占いでも、決して悪事を許してはなりません。こうして、"私"は正義感に燃え立ち上がることにしました。


 街頭で占いをしているという吉子の元へ行きますと、「石段を決して上ってはなりませぬ、あなたは大事なものを失くしますよ」と吉子は占います。そんな虚言など信ぜず、私は断固として階段を上りました。すると、上田が消えましたが、上田など"私"の大事なものではありませんので、占いはハズレです・・・・。


 でも、矢部が来ましたので、一緒に事務所に行くことにしました。吉子は豪語します、「過去・現在・未来、いずれも占って見せますよ」、しかし、超天才マジシャンの"私"がすべてのトリツクを暴いてやりました。"私"と上田さんは、吉子に呼ばれているという長部いという男と共に彼女の家に行きました。

 

 吉子は過去・現在・未来に通ずる穴があると吹聴していましたが、"私"はその嘘を暴きました。キレたのでしょうか、吉子は"私"に挑戦してきます、「三つのグラスの中から、毒の入ったグラスを見抜きましょう」と言ってきたのです。幸いその場はしのげました。


 ここで、一緒に屋敷に来ていた長部の正体が明かされます。彼は婚約者を吉子に殺されていたのです。吉子は"私"に同様の挑戦を叩きつけましたが、今回新たに加わったのが長部でした。"私"は毒の入っていないふたつのグラスをえらび、そのひとつを飲み干します。セーフでした・・・・。


 次に飲んだのが長部でした、長部が選んだのは"私"が毒の入っていないと判断したグラスです。しかし、長部は苦しみ始め倒れます・・・・。勝ち誇って飲んだ吉子さまでしたが、彼女も倒れたのです。これが長部流の復讐でした。倒れたのはフェイクだったのです。


 家に帰ると、大家のハルさん、ジャーミーくん、上田の三人があの一等賞の米(60キロ)を喰いつくし

ていました。覚えておれ!上田、食い物の恨みはこわいぞ。


(追記) 「トリック 山田奈緒子関連本」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"奈緒子関連本"と御入力ください。

第9395回「呪怨-ザ・ファイナル- 落合正幸監督 その2、ストーリー、ネタバレ」





 第9395回は、「呪怨-ザ・ファイナル- 落合正幸監督 その2、ストーリー、ネタバレ」(2015年)です。これまでの作品と同様、節目節目にサブタイトルとして名前が表記されています。便宜上それとは別に章とサブタイトルを付けさせていただきます。


「終わりの始まり ラスト部分」(再掲)

 『 ・・・・ 直人(青柳翔さん)が家に帰ると、窓を見つめる結衣(佐々木希さん)がいました。抱きしめると、腕の中で崩れます。ベッドに寝かせ、結衣のバッグを調べます。出てきたのが、あの異常な日記でした。何者かが、直人の首をへし折ります・・・・。


 一方、結衣は一種の浮遊感に包まれていました。あの家に行きます。部屋の中に入ると、目の前で佐伯家の惨劇が展開されます。夫の剛雄が伽耶子を殺します。剛雄は、たたずむ俊雄から黒猫を取り上げます。そして、俊雄を・・・・(場面は急に切り替わります)。


 押し入れから段ボール箱を取り出します。その中には、多数のハンディ・カメラ用のビデオが入っていました。自宅で再生を始めます。赤ちゃん期から少年期にいたる俊雄がマメに撮られていました。しかし、俊雄は父親の剛雄になつきませんでした。あたかも他人のように・・・・。


 結衣はベッドで目覚めます。「すべては夢だった」、そう思えた結衣でしたが、リビングに行くと、首をへし折られた直人とあの白い少年がいました・・・・。 』


「プロローグ 呪怨とは?そして、生野結衣の失踪」(字幕、再現ビデオ)

 『 呪怨とは強い怨念を抱いたまま死んだモノの呪い。

それは死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、"業"となる。

そののろいに触れたモノは命を失い、新たな呪いが生まれる。 』(冒頭字幕)


 そして、映画はあたかも再現映像のごとく、日記を読みふけり、ビデオ見つめる生野結衣(佐々木希さん)を映し出します・・・・。伽耶子の日記には、多数の円がびっしりと書き込まれていました。そして、ビデオを介して幻視が結衣に襲い掛かります。


 剛雄(たけお)は、妻の伽耶子を殺し、さらに俊雄までも殺そうとしていました・・・・。その日以降、結衣は失踪しました。


「第1章 麻衣、姉を探す」

 結衣の姉である佐伯麻衣(平愛梨さん)は、妹の失踪を案じていました。ホテルから帰ると、結衣の部屋に残された伽耶子の日記とビデオを何度も見直します。そんな麻衣の言動にキレたのが、同棲相手の北村奏太(桐山漣さん)でした。奏太は何度も何度も捨てようとしましたが、いつしか部屋に戻っていました。




 奏太は。伽耶子に言葉にできない危険性を感じていたからです。それでも、本は戻ってきます。一方、麻衣は勤務中のホテルでも、伽耶子、俊雄の幻視を体感していました・・・・。


 姉の行方を追っているうちにたどり着いたのが、結衣が担当していた佐伯俊雄という生徒のことでした。何度も家庭訪問を繰り返したようですし、クラス生徒の諸事項を書きとめた用紙には、渦巻きと同心円が書き連ねた落書きが発見されました。結衣が描くいたのではないか、麻衣は確信します。


 麻衣は不動産業者に当ります。行った先は更地になっていました。「あの家は壊した方がいいんです。私の家族ふたりも、あの家で死んだんです。すべては終わらせなくなくっちゃならないんだ。あなたも佐伯家には関わらない方がいい」、不動産業者はそう忠告します。


 「でも、姉がずっと行方不明なんですよ、放っておくには行きません」、麻衣は頑(かたく)なでした・・・・、




「第2章 女子高校玲央たち4人の女子高校」

 玲央の家に新たに甥が来ることになりました。玲央の家は、新たに買った家で母親とのふたり暮らしでした。母親は玲央に甥の俊雄が来た理由を語ろうとはしません。しかし、俊雄が来て以来、不可思議な現象が立て続けに起きたのです。冷蔵庫の中身がすべて腐っていたり、仏壇に供えたご飯がカビで覆いつくされていたり・・・・。


 一方、肝心の俊雄は、玲央が話し掛けても一切口を聞きません。ところで、高校で仲良くしていたのが、3人の親友でした。玲央は友人にそのことを話します。部屋で4人が、雑談している時、「会いたい」

と親友のひとりが言ったのです。



 

 仕方なく、玲央は俊雄を部屋に呼びます。「可愛い」と友人たちは繰り返しますが、玲央は「なんで、私んちに来たのかも、母親からは聞かされていないんだよ」と答えます。学校でのことでした。「姓は分かっているんでしょう?教えて、ネットで調べてみようよ」


 友人のひとりは止めましたが、友人のひとりは乗り気です。結果は・・・・、佐伯家殺人事件が引っかかりました。「両親も愛人も死んだってさ。これってヤバくない・・・・」、その後、友人はふたりは不幸な死を遂げることになります。





「第3章 伽耶子と俊雄、ふたりと交錯する人々」

 奏太は鉄道会社で駅員として働いていました。そんな奏太が気になっているのが、恋人の麻衣のことでした。何度も伽耶子の日記を捨てているのですが、その都度、日記は戻ってきます。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


―――――――――――――――――――――――――――――――






 日記をめぐる異変は止まりませんでした。奏太は日記に火をつけます。「これで終わったはずだ」、それでも、呪怨の連鎖・増殖は止(や)まなかったのです。恋人の麻衣との仲も険悪になります。一方、麻衣も日記を消滅させることができないことが分かってきました・・・・。そして、奏太は伽耶子と俊雄のために呪死します。


 その頃、玲央は郊外の自宅で母親を問い詰めていました。「俊雄がどんな子であり、それを知ってでも引き取ったの?」、ネットに佐伯家の惨劇がアップされていたのです。「この家は私が絶対守る!」、母親は逆切れします。しかし、伽耶子と俊雄のために、先ず母親が虐殺され、玲央も次なる犠牲者になりました・・・・。




 その頃、麻衣は玲央の家に向かっていました。死体が転がっていました。この家は、あたかも「呪怨の家」に化したような雰囲気を漂わせていました。それとも、解体撤去したはずの「あの家」が現実世界に現出したのでしょうか。




 白塗りの俊雄が不気味な様相で麻衣に迫ってきます。そして、背後からは伽耶子が・・・・、ところがここで、さらなる異変が生じたのです。これまで失踪していた結衣が突如部屋の中に現れたのです、お互いが這いながら手を伸ばします。




 「この家は消滅させなければならない。呪いは終わらない、永遠につづく」、ここでエンド・クレジットが流れます。


(蛇足) ラストの解釈につきましては、ミス・リーディンクが多用されていますので、観客ひとりひとりによって解釈が大きく異なると思います。「ねこうぇぶろぐ」さんの記事からラスト部分を引用させていただきます。http://nekoweblog.com/lifelog/post-1216/


 『 今までの呪怨シリーズを見たことがある人ならご存知かと思いますが、今までの呪怨では呪い殺される人たちにはある共通点がありました。それはどんな理由であれ『佐伯家』に一歩でも足を踏み入れることです。佐伯家に足を踏み入れて助かった人は全シリーズ通していません。(ここら辺曖昧で申し訳ないですが生存者はいないと思います)


 ところが今作はどうでしょう?家はすでに竹田の手によって取り壊されていました。しかし呪いの連鎖は消えていませんでした。・・・・ 結末に関しては正直残念でした。何ていうか不完全燃焼。結局俊雄や伽椰子の怨霊は救われることは無かったし、新たな謎なども別に登場せずに終了。


 ラストは結衣が「終わらない、何度も繰り返す・・・」と呪いの連鎖を示唆して終了です。要するに俊雄は何度も何度も新しい宿主を見つけ出し生まれ変わる。そして誰かを呪い続ける、そういう結末でした。


 ファイナルということで衝撃のラストとか、ファイナルにしてやっと生存者が!!みたいな展開を期待していたのですが、ファイナルの割りにまた続きます的な終わり方だったように思います。 』(以上引用)


 一緒に見に行きました姪も、「ここで終わらせるの?」と不満を洩らしていました。私の解釈と併せ、姪の解釈も後刻書き加えたいと思います。


(補足) 写真は"allciema"から引用しました。


(追記) 「呪怨」について書いたブログは次のとおりです。興味がありましたらアクセスしてください。

「終わりの始まり、感想」http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-11887256582.html

「終わりの始まり、ストーリー」http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-11887287621.html

「ザ・ファイナル、感想」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12046848473.html

第9394回「呪怨-ザ・ファイナル- その1、感想、原点へ、伽耶子と敏雄、前作ネタバレ」





 第9394回は、「呪怨-ザ・ファイナル- その1、感想、原点へ、伽耶子と敏雄、ネタバレ」(2015年)です。入院中の身なのですが、昨日の午後、姪とその孫ふたりに連れられて市内のシネコンで観てきました。


 「ザ・ファイナル」は原点に回帰したというのが、第一印象でした。もちろん前作「終わりの始まり」からの続編になっています。そのため、シリーズ全体としては、プロットにおいて若干の矛盾が生じています。おさらいの意味をこめて、ビデオ版第1作ノベライズについて書いたブログ(3回に分けて)から、削除修正する形で、呪怨の原点について書きたいと思います。


 『 ロメロ監督が創造した「ゾンビ三部作」に匹敵する、傑作ジャパニーズ・ホラーの小説化作品です。ビデオ版、劇場版ともにPART1、PART2が制作されました。ビデオ版は、ホームビデオ風の画質が、恐怖感を煽(あお)っていましたし、劇場版では、ストーリーの転換にあたり、随処に氏名を入れて独特のスタイルを創りだしていました。


 カルト的なホラーです。子どもといえど、写真のような子どもが、枕元にいましたらゾッとしますし、夜、蛇女(実在しませんが)のように廊下を這っていましたら、ちびりそうです。怖い映像です。清水崇監督の名前は、この作品群だけでも、中川信夫監督のように映画史に残ると思います。「東海道四谷怪談」に匹敵する名作です。


 人を笑わせたり、あるいは怖がらせたりすることは、至難の業です。鈴木光司氏の「リング」は、増殖する憎悪(呪い)がテーマでした。そして、呪怨も増殖します・・・・。


 呪怨(じゅおん)とは、 映画でも、小説でも、冒頭に次のように説明されています。

「強い怨念を抱いたまま死んだモノの呪い。

それは死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、"業"となる。

その呪いに触れたものモノは命を失い、新たな呪いが生まれる。」


 「リング」の貞子に匹敵する存在が、呪怨では、佐伯伽耶子(かやこ)・・・・・。呪いの始まりとなった女性です。写真の青い顔の少年は、俊雄。




 この物語には、中心となる数人の人物が登場します。最大の人物は、やはり佐伯伽耶子です。両親の死後も、同じ家に住み続けています。学生時代、小林俊介に恋い焦がれていました。ほとんどストーカーであり、その執着は異常です。今では、剛雄と結婚し、一児(俊雄)の母となっているのですが・・・・。


 剛雄は、イラストレータであり、伽耶子と結婚しています。俊雄以外にも女児の誕生を待ち望んでいましたが、その後、子宝には恵まれていません。病院でチェックした結果、少精子症であることが判明しました。剛雄の精子の量では、受精不可能だったのです・・・・。


 伽耶子の日記から、小林の存在を知ります。そして、剛雄は嫉妬に狂います。伽耶子を、拳とカッターで伽耶子なぶり殺しにしました(その描写は実に凄惨です)。剛雄は小林の妻をも殺しますが、密室状態で背中に包丁を刺され殺されました。そして、小林も、心臓麻痺で死にます。


 伽耶子の息子・俊雄は、事件後、行方不明となりました(写真の少年です)。そして、5年後、徳永家は、格安で戸建てを手に入れます。その家は、かって・・・・(現在であれば事故物件扱いになります)。そんな徳永家は、夫婦、息子、老母の4人家族でした。


 老母・幸恵は、寝たきりの痴呆症です。そんな寝たきりの幸恵のみが、家の変異を感じています。介護ボランティアの理佳は、長欠している担当に代わり、徳永家を訪れます。声をかけましたが、返答はありません。鍵がかかっていませんので、中に入ります。


 家の中には、異臭が漂っていました。寝たきりの老女が、何日間も介護を受けていなかったのです。失禁した汚物は、畳にまでしみこんでいました。理佳が当面の介護処理を済ませたとき、2階で物音がしました・・・・。既に、日は落ちています。


 そして、呪いは連鎖し、警察関係者を含めて次々と不可解な死が続きました。かって伽耶子が住んでいた家に関係した者には、、その後の生はないのです。伽耶子の呪いはどこまで続くのでしょうか。ボランティアの理佳が、2階で見たものとは、・・・・。理佳に待ち受ける運命とは・・・・。

 

 当時は結末まで書いていませんでしたが、想像は容易につくと思います・・・・。怖すぎるホラー映画であり、ホラー小説です。日の明るい昼日中に見ることをオススメします。 』(以上再掲)



 では、「ザ・ファイナル」は・・・・。VFXを多用しなくても、カット割りとか、シナリオで観客を怖がらせることは、十分可能だということを立証している作品になっています。ただ、無指定ではなく、PG-12とかR-15に指定されてもおかしくない怖さはあります。


 主人公は、わずかに登場する結衣という俊雄の担任と、結衣の姉の麻衣、そして俊雄を預かることになった家族です・・・・。そして、映画は「ザ・ファイナル」のラスト部分から始まります。該当部分を既に書いているブログから再掲することにします。




 『 ・・・・ 結衣(佐々木希さん)は残業し、テストの採点をしていました。○は次第にハナマルへと変わります。さらに渦巻き模様に・・・・。その時、廊下を伽耶子が歩いていたのです。教室に入っていきます。しかし、結衣が駆け付けた時には、伽耶子は消え失せていました、日記を残して・・・・。


 日記には、子どもを切望する伽耶子の想いが切々と認(したた)められてました。しかし、途中から文章がおかしくなったのです。十ページほどの空白・・・・。そして、子どもが・・・・。「名前はトシオ、敏夫いや俊雄にしよう」、明らかに伽耶子は精神を犯していました。さらに、渦巻きが何ページにもわたって描かれています。呆然として、結衣は家に帰ります、結衣も既に異常を来していました。


 直人(青柳翔さん)が家に帰ると、窓を見つめる結衣がいました。抱きしめると、腕の中で崩れます。ベッドに寝かせ、結衣のバッグを調べます。出てきたのが、あの異常な日記でした。何者かが、直人の首をへし折ります・・・・。


 一方、結衣は一種の浮遊感に包まれていました。あの家に行きます。部屋の中に入ると、目の前で佐伯家の惨劇が展開されます。夫の剛雄が伽耶子を殺します。剛雄は、たたずむ俊雄から黒猫を取り上げます。そして、俊雄を・・・・(場面は急に切り替わります)。




 押し入れから段ボール箱を取り出します。その中には、多数のハンディ・カメラ用のビデオが入っていました。自宅で再生を始めます。赤ちゃん期から少年期にいたる俊雄がマメに撮られていました。しかし、俊雄は父親の剛雄になつきませんでした。あたかも他人のように・・・・。


 結衣はベッドで目覚めます。「すべては夢だった」、そう思えた結衣でしたが、リビングに行くと、首をへし折られた直人とあの白い少年がいました・・・・。 』(以上再掲)


 そして、「ザ・ファイナル」の冒頭では、結衣が幻視した青柳家の惨劇が復元されます・・・・。次回、ストーリーについて書く予定です。ホラー・ファンには必見の一作です。


(補足) 2枚目の写真は"allcinema"から、4枚目の写真は"MovieWalker"から引用しました。


(追記) 「終わりの始まり」については、2回に分けてブログに取り上げています。興味がありましたら、アクセスしてください。

第9393回「創元・岩波ウェルズ傑作選 その14~18、新加速剤ほか ストーリー、ネタバレ」

 第9393回は、「創元・岩波ウェルズ傑作選 その14、新加速剤、15、盲人の国 16~18、動物ホラー3編 ストーリー、ネタバレ」です。


「その14、新加速剤」

 20数ページの短編です。この作品では、新たなテクノロジー(新薬)に対して、ウェルズは素朴な楽観論の結末を用意しています。ただ、残念ながら、ウェルズか期待したような大脳生理学的な発見はいまだなされていません。この小説は、主人公ジバーン博士の親友である男の一人称"ぼく"によって語られています(以下、友人と表記)。


 科学上の発見が、偶然によってもたらされた例は少なくありません。ジバーン博士の「新加速剤」もその例に洩れませんでした。ある新薬によって、人間の動きが通常の動きに対し、数千倍にまで加速することのできる新薬を開発したのです。その発見は神経興奮剤の開発途中での偶発的産物と言えます。


 精神興奮剤の効果は、すでに神経の消耗性疾患に対して極めて高い効能を見せています。ある日、ジバーン博士は、興奮状態で友人に連絡してきます。加速剤の実験に協力してくれと言うのです。自分たちに及ぼす効果を確認するために・・・・。ふたりが飲んだ新薬は2倍程度加速される薬量だったのですが、千倍を超えていると観察されます。


 友人も飲み一緒に通りに出ると、通りの光景がその薬効を嫌というほど見せつけられることになりました。動きは千分の一程度にしか見えませんので、実にゆったりとした動き方でした。さらに耳に入る騒音は、小雨が立てるような小さなものでした。


 ふたりが向かったのは、遊園地でした。アトラクション用の乗り物が猛スピード動いているはずなのですが、動きそのものは確認てできるのですが、実に緩慢でした。そして、人々の表情に目を凝らします。アッカンベーをしている人、ウィンクをしている人、笑っている人、・・・・、写真で瞬間を切り取ったように変なカットでした。


 そのうち、友人は博士の異常さに気づきます。しきりに熱がっていますし、空気抵抗によつて発生した熱によって衣類が焦げはじめたのです。友人は薬効が切れ始めていることを指摘します。廻りの光景が変化し始めます。そんな中で、博士が異常な行動を取ったのです。子犬を抱き上げ全力疾走したのです。


 友人も十分気をつけて後を追います。ですが、追いついた時には、博士の衣類はまさに燃え上がろうとしていました。あわてて消します。さらに博士は婦人のさしていたパラソルを取って全力で空に向かって投げたのです・・・・。さすがに遊園地の人々も異変に気づきます・・・・。ジバーン博士の第一回目の実験は大成功でした。


 その後、「ジバーン神経加速剤」と名付けられた新薬は、200倍速(黄色)、900倍速(ピンク)、2000(白)倍の三仕様で売り出されました。犯罪などに悪用される可能性も否定できませんが、「その結果について成り行きにまかせよう」と記して手記を終えます。


(蛇足) 新薬などについては、現在では治験などが義務付けられていますが、国によって大きく異なります。ですが、当時の事情を考えましたら、治験云々(うんぬん)は野暮かと思います。


 ジバーン博士が期待したのが、超多忙な人に役立つのではないか、という薬効でした。薬の性格としては大きく異なりますが、覚醒剤なども、戦時中には各国で多用されていました。それが戦後になって流出したのが「ヒロポン」です・・・・。


 また、同種の薬剤を使用した映画とか小説などでは、バッド・エンディングのものが多数あります。加速剤を使ったために、急速に老化したとか・・・・。こちらの方が現代人には素直に受け入れられるのではないでしょうか。



「その15、盲人の国」(アンチ・ユートピア)

 次の2編は、創元推理文庫版で既にブログに取り上げていますので、全文再掲することにします。


 『 「盲人の国では、片目の男が王になる」というテーゼに対する、ウェルズ流の回答だと思います。アンデス山中に、盲人の国が、世間から隔絶されたことにより、誕生します。地すべりで孤絶した村に、伝染病が発生し、子どもたちを盲目にしていきます。時代の経過と共に、盲人だけの世界となったのです。ただ、そこは肥沃な土地、豊かな水、素晴らしい景観(見えませんが)に満ちた桃源郷が展開されています。


 ある登山家が滑落事故で、この世界にやってきます。彼は格言を思い出します。「盲人の国では、片目の男が王になる」 しかし、彼は甘かったのです。盲人たちは、生活に何ら支障がなかったのです。多勢に無勢で取り押さえられ、下男となります。しかし、彼はこの世界に馴染めず、反抗的な態度を繰り返します。


 村の医師は、「彼の障害の原因は目だ。外科的に取り出せば、彼は治る」と断言します。一旦は同意したものの彼は、逃げ出します。盲人の国では、宗教、政治、社会体制が独自に成立していたのです。ウェルズのメッセージ性の高い寓話に仕上がっています。 』


4. その16から18、「アリの帝国」、「めずらしい蘭の花が咲く」、「海からの襲撃者」(動植物テーマ)

 いずれも、レトロな感覚の動植物ホラーです。生物学会での新種の発見ラッシュが、背景にあると思われます。「アリの帝国」は、(未知の)軍隊アリが、南米を席巻する話です。やがて、全世界に拡散することを予感させて、物語は終わります。


 「めずらしい蘭の花が咲く」は、吸血蘭の物語です。ミュージカル「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」を連想させられます。「海からの襲撃者」は、ブタほどの大きさを持つタコの群が、沿岸を襲う話です。ただ、その群もやがて姿を消します・・・・。とりたてて面白い話ではありませんが、進化論が席巻した時代の物語といったところでしょうか。 』


(追記2) 「創元・岩波ウェルズ傑作選」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"岩波ウェルズ"と御入力ください。

第9392回「日本文学100年の名作 その6、1921年 妙な噺、芥川龍之介、ネタバレ」

 第9392回は、「日本文学100年の名作 その6、1921年 妙な噺、芥川龍之介、ネタバレ」です。原稿用紙十枚程度の短編です。芥川龍之介にしろ、太宰治にしろ、時代の寵児であったことは間違いありません。では、文芸家としての評価は、・・・・。大衆が、小説以前にこのような作家像を求めたとしか思えません。


 ただ、この「奇妙な噺」には、たしかに芥川らしさはあります。説明のつかない不可思議な現象に、人妻の心が翻弄されます。彼女の語る噺に耳を傾けるひとりの男性・村上・・・、村上という男性の語る噺を"私"が喫茶店の片隅で重層的に聴くというプロットです。時代設定は第一次世界大戦(欧州大戦)の頃の物語です。


「その6、1921年 妙な噺」芥川龍之介著

 死語になった言葉は少なからずあります。心理学、精神医学関係でも、神経衰弱、精神分裂症、ヒステリーなど決して少なくありません。


 村上は、共通の知人である千枝子の消息について語ります。彼女は海軍武官と結婚し、欧州まで遠征しましたが、結果的にそのことが破綻の原因になり、離婚しました。噺は、離婚以前に遡ります。一方、千枝子側にも原因がありました、神経衰弱です・・・・。ある雨の降る日のことでした。路面電車に乗り込みます。


 あいにく席は塞がっており、吊革にぶら下がり、外の光景に見入ります。そこに映し出されたのが、見えるはずのない海の風景でした・・・・。心が病んでいたのでしょうか、中央停留場につきますと、ひとりの赤帽が声を掛けてきます。あいさつをした上、「御主人はお変わりありませんか」と訊いてきます。最近会ったような口ぶりです。


 ですが、肝心の夫は、当時、地中海に行っていました。その後、雨に降られたためでしょうか、寝込んでしまいます。以降、千枝子はすっかり赤帽恐怖症になりました。赤帽がらみで彼女を不安にさせたのが、アメリカから帰還した夫の同僚士官でした。その同僚が彼女には赤帽に見えたのです・・・・。「御主人は右腕に負傷を負われました」、誰かの声に振り返りますが、誰もいません・・・・。


 ふたりいたと思った赤帽もひとりしか居ず、あの赤帽ではありませんでした。そこまで話した時に、友人らしい四人連れが店に入ってきたため、村上は立ち上がりカフェを出て行き、その話はそれ切りになりました。


 『 ・・・・ それは恰度三年以前、千枝子が二度までも私と、中央停車場に落ち合うべき密会の約を破った上、永久に貞淑な妻でありたいと云う、簡単な手紙をよこした訳が、今夜(の村上の噺でよく)分かったからであった。・・・・・・・・・・・・・・・』(文末)


(追記) 「日本文学100年の名作」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"日本文学"と御入力ください。

第9391回「日本文学100年の名作 その5、1919年 ある職工の手記、宮地嘉六著、ネタバレ」

 第9391回は、「日本文学100年の名作 その5、1919年 ある職工の手記、宮地嘉六著、ネタバレ」です。宮地嘉六の青年期までの略歴をウィキペディアから引用することにします。


 『 佐賀市生まれ。貧困のため小学校を中退して仕立て屋の丁稚となるが、1895年に佐世保へ移り、12歳で海軍造船廠(佐世保海軍工廠)の見習工となる。このとき尾崎紅葉や徳冨蘆花を読んで文学に目覚めた。その後16歳から31歳までは兵役を挟み旋盤工から旋盤師として約10年間を呉海軍工廠で、その他神戸、長崎、東京の工場を転々とした。


 労働争議が続いた呉海軍工廠時代にはストライキの首謀者として広島監獄に拘禁もされた。代表作「煤煙の臭ひ」「或る職工の手記」などはこの時代の経験を母胎としたもの。この間東京で苦学をしたいと3度上京を試みる。2度目の上京時には鉄工所や造船所で働きつつ正則英語学校に学び早稲田大学で聴講にも通う。 


 ・・・・ (忘れられた作家であったが、新作の発表によって再評価された。)大正デモクラシーの時代にあって、素朴で、地味な勤労者の生活記録を書き留めた作品群は、プロレタリア文学運動史の前史、草分け的存在として意義付けられる。 』


 当時、すでに職工の社会的な地位は低くなっていました。ですが、宮路は職工であることにプライドを持っていました。そのことが他のプロレタリアート文学とか私小説とは一線を画しています・・・・。「ある職工の手記」は、40ページ余の自伝的な短編小説です。


 なお、原作には章設定がなされていませんが、便宜上、サブタイトルをつけることにします。また、主人公・清六の一人称"私"で物語は進行しますが、「清六」と表記させて頂きます。


「その5、1919年 ある職工の手記」宮地嘉六著

『継子いじめの家系』

 ≪ 私の家はどういうわけか代々続いて継母の為に内輪がごたくさした。代々と云っても私は自分の生まれない以前のことは知らぬが、父の時代が既に既にそうであった。父は早く実母に死なれて継母にかかった。・・・・ ≫(小説冒頭)


 継子イジメは、洋の東西を問わず頻繁に行われていたようです。その代表例が「シンデレラ」などのグリム童話群です。父親は継母の下で肩身の狭い幼少・青年期を送ってきました。そして、息子の清六も同様の境遇に置かれることになりました・・・・。


 継母はとかく自分の娘を可愛がり、清六に対しては、ことあるごとに隠然と嫌がらせをしてきました。さらに、家も貧しく、卒業を待たずに小学校を中退する破目になりました(義務教育とは言え、往々にしてあったようです)。当然、家にいると、継母と衝突し、家には居づらくなりました。父親は後妻の肩を持ちます・・・・。


『長続きしない奉公』

 そんな清六が奉公先として追い出されたのが仕立て屋でした。ですが、長続きしません。さらに呉服屋にも勤めたのですが、ここも追い出されてしまいます。もはや、実家は清六にとってはわが家ではなくなつていたのです。


 そんな時に、帰省中の先輩に出会います。佐世保で職工として働いているそうです。清六は奉公にはうんざりしていました。先輩の話を聞くうちに、心のどこかに職工になりたいという願望が目覚めます・・・・。その理由のひとつが、継母との暮らしに耐えられなかったからです。

 

 ところで、父親は佐賀ステーションの駅前で宿屋を経営していました。父親と一緒に働くことに、清六としては異論はないのですが、猛烈に反対したのが、やはり継母でした。


『佐世保へ、そして、少年工として働く』

 継母との軋轢の結果、これまでに何度も家出を繰り返していました。清六が13歳の年、ついに自立を決意します。父親にも告げずに、佐世保行きを決行したのです。当時、佐賀・佐世保間は半ばの武雄までしか開通していませんでした。武雄駅で働いていたのが叔父でしたが、清六には冷淡でした。


 武雄から佐世保までの十里(四十キロ)は歩く必要があります。旅の道連れとなったのが好々爺とも言うべき老人でした。途中で一泊し佐世保に着きます。そこで゛偶然出会ったのが、佐賀で車夫をしていた善作でした、面識のあった善作は佐世保の造船所で働くのであれば、家に泊めてやってもいいと話します。


 そんな善作の息子、権八も造船所で少年工として働いていました。翌日から早速、造船所で働くことにしました。日当は20銭、業務の内容は日清戦争で戦利品として接収した艦艇内部からのサビ取り(カンカン叩き)作業でした。健康面では辛い仕事でしたが、当初からの目的である「自立」は達成できました。


 彼にとって最もつらかったのが、職場の人間関係でした。継母との関係が、そのまま職場に持ち込まれたも同然だったからです。そして、好意で家に泊めてくれている善作の息子・権八がねちねちとイジメを繰り返します。ついに権八と殴りあいになりました・・・・(この職場での職場でのいじめは、マルクスであれば「人倫の喪失態」と呼ぶような代物です)。


『納屋住み、そして、本格的な職工へ』

 家に帰って来た清六を、善作の妻は激しくなじります。後から帰ってきた権八に、清六は黙って殴られたままでした・・・・。事情を聞いた善作は、逆に息子を殴りつけます、何度も何度も・・・・。「いつまで居てもらってもいいんだよ」、ですが、こんな騒動を起こした以上、いつまでも善作の世話になりっぱなしという訳にもいきませんでした。


 そんな時に、ふと思い出したのが実父のことでした。父親はきっと自分のことを心配してくれていると・・・・。一方、造船場での少年工の仕事であるカンカン叩きも終わっていました。造船場に残りたければ、納屋住みという職能集団に入るのが、数少ない選択肢のひとつでした。


 事実上のタコ部屋である納屋住みには、三つの組が入っていました。清六が雇ってくれと頼んだのは、最初に訪れた木工集団でした。すんなり採用されます。彼の指導役に当ったのが老人でした。楽な仕事を廻してくれます。彼は初めて温かい人間関係を知ることができました。仲間からも可愛がられます。

 

 最初の一年間は試用期間です。清六が希望したのは、あくまで金属加工の分野でした。最初は「危険だから止めときな」と言って諌(いさ)めていた仲間でしたが、親方の推薦もあり、すんなり採用されました。本格的な職工人生が始まったのです。


『面会に来た継母と実父』

 納屋住みを始めてしばら経った頃、継母がやってきました、ド派手な格好で・・・・。あれほど嫌いぬいていた継母でしたが、何故か仲間たちに誇る気分になっていました。工場中を案内します・・・・(このあたりが、プロレタリアート文学とか私小説とは異なるところです)。


 そして、父親も佐世保にやってきます。ほとんど会話らしい会話は成り立たなかったのですが、清六にはそれで十分でした。二晩泊まって佐賀に帰っていきます。


 ≪ ・・・・ 私は既に成る一群の思想ある放浪職工等に親しんで将来の行動を共にすべく堅く誓っていたのであった。私もその一人であった。もう私には父や故郷を顧(かえり)み慕うているひまはなかったのだ。


 其の翌年、私は在る同士に加わる為に関西へ飛び出した。それからのことは、あらためて他日発表するであろう。 ≫(文末)、実際の履歴では、16歳の頃だと推定されます。


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第9390回「トリック 山田奈緒子関連本 その7、落武者の祟り 六つ墓村 ストーリー、ネタバレ」

 第9390回は、「トリック 山田奈緒子関連本 その7、落武者の祟り 六つ墓村 ストーリー、ネタバレ」です。


 今回から第二シーズンです。「八つ墓村」のパロディ・ミステリに仕上がっています。従前どおり、既に書いているブログからストーリー部分を再掲することにし、後半部分に山田奈緒子の視点を書き加えることにします。


「六つ墓村 落武者の祟り」

 『 タイトル及びプロットは、もちろん横溝正史の「八つ墓村」のパロディです。「八つ墓村」にモデルがあったことは、よく知られています。


 「津山事件(津山三十人殺し)」です。犯人・都井睦雄(21歳)は、猟銃と日本刀など凶器多数で、村人を次々と殺戮していきます。都井は30人を殺した段階で、自らも自殺しました・・・・(写真は、ウィキペディアから引用)。


 「八つ墓村」は、凄惨な津山事件をモデルとしながらも、民俗学的な味付けを加えています。本格推理小説に、新しいテーストを導入した画期的な作品です。


 「トリック」の第1シーズンの冒頭には、"枕"として、エピソードのモチーフを象徴する超常現象などを紹介していました。ドラマの構成上、ストーリーに厚みをもたらしましたが、残念ながら、第2シーズンでは採用されていません。


 ドラマは、教授に昇格した上田次郎(阿部寛さん)の研究室に、来客が訪れるところから始まります。依頼者は旅館の経営者です。この数年、1月11日、宿泊客が亡くなっています。「たたりじゃー」とは、依頼者は言っていませんが、真相を解明して欲しいというのが、依頼内容です。旅館には、1月11日になると、血を流すという掛け軸もあります。


 「私に言わせれば、すべてのホラー現象は、ほらに過ぎない」、おバカな上田の書きそうなセリフです。当然、山田奈緒子はバカにします。「どす来い、超常現象」、奈緒子が突っ込みます・・・・("どんと来い"が、正しい書名です)。


 早速、上田と山田は、旅館のある六つ墓村に向かいます。村の入り口で出迎えたのは、老婆(あき竹城さん)です。「落武者さま、すまねえー」、意味不明の言葉を二人に投げかけ、消え去ります・・・・。


 この村では、400年前、落武者6人を殺したという伝承があります。村人たちの目的は、落武者たちが、再起を図るために持参してきた軍資金です。この村に隠しました。村人たちの懸命の捜査にも関わらず、いまだに発見されていません。そのため、財宝を求めて、トレジャー・ハンターが集まってきます・・・・・。


 旅館には、変に丁寧なしゃべり方をする番頭(渡辺いっけいさん)がいます。なんにでも、"お"を付けるのです。これが、犯人に誤解を与える伏線になっていますし、奈緒子も当然誤解します。


 旅館には、「心のやましい者は立ち入ってはならぬ。背中わらしがとりつくぞ」と貼り紙がされています。奈緒子は、早速、背中わらしに取りつかれ、気絶します。めぼしい客は、県会議員と秘書、女流作家とアシスタントの4人です。女流作家と連れは、ゴスロリ風です。「トリック」らしい設定です。


 上田は、女流作家を守るため、不寝番をします。しかし、・・・・・。急死したのです。さらに、アシスタントも亡くなったのです。上田の面子は、丸つぶれです。検視の結果、女流作家は病死、アシスタントは毒死と判明します。


 事件の背景には、汚職事件がありました。5年前の1月11日に亡くなった男は、県会議員の汚職事件の証拠を隠していました。それが全ての出発点です。


 背中わらしの実態は、酸欠による昏倒です。奈緒子が背中わらしに取りつかれたのも、酸欠でした。落武者の掛け軸が、年に1回、血を流したのは、裏側に付けられた赤い蝋(ろう)のためです。掛け軸の裏側に穴があけられており、年に一回、1月11日だけ日光が当たるようになっています(2回あるように思えるのですが)。


 上田と奈緒子は、宝の在処と思しき洞窟に向かいますが、洞窟内の穴に落ちます・・・・・。助けてくれたのは県会議員だったのですが、犯人は彼だったのです。誤解に基づき、すべてを喋ってしまったのです。番頭は、こう言いました。「汚職事件(おしょくじけん)のことは存じています」 しかし、番頭が言いたかったのは、「お食事券のことは存じています」だったのです。


 証拠をつかんだ上田と奈緒子は、矢部警部補に県会議員を引き渡します。一件落着した後、番頭は処分するために掛け軸を取り外しますが・・・・。そこには、汚職事件を証明する領収書が貼られていました。ところで、宝は見つかっていません。 』



「山田奈緒子の視点」

 年末年始、超多忙だった超売れっ子マジシャンの"私"は、教授になったばかりの誘いに乗ってしまいました。「上田のように、調子がよくって、迷信深くって、インチキな男が教授に出世するなんて信じられません!」


 この村の落武者伝説が予言したとおり、一晩のうちに、宿泊者ふたりが相次いで亡くなりました。ミステリ作家の栗栖さんと秘書の藤野さんです。さらに、何と世界的なマジシャンであるこの"私"にまで、犯人は斬りかかってきたのでございます。上田は腰を抜かしましたが、幸い"私"は難を逃れました。


 ところで、この村にはわらべ歌があります。『 死が訪れし時  命おしまいになる  おわらしの戸をひらき・・・・ 』、事件解明の鍵は、番頭の平蔵(渡辺いっけいさん)にありました。なんにでも「お」をつけていたのです。わらべ歌の「おしまい」は「仕舞」、「おわらし」は「わらし(が淵)」と解釈すべきだったのです。

 

 わらしが淵の洞窟内には、一酸化炭素など多様なガスが発生していました。五年前、平蔵と宿屋のお嬢さまは駆け落ちを計画していたのですが、お嬢さまは有毒ガスのために亡くなりました・・・・。ところで、着メロのトリックに気づいたのは、まさかの上田さんでした、絶対変です・・・・(お香から)。


 結局犯人は、匂い袋から特定した県会議員の亀岡でした。平蔵が口走った「おしょくじけん(お食事券)」を「おしょくじけん(汚職事件)」と勘違いしたのです。「そんなことは全部すべてまるっとお見通しだ!」、血を流す屏風絵、座敷わらしなど数々の怪異譚に彩られたこの事件も無事解決しました。


 上田さんのボロ車で東京に帰った"私"は、上田さんの甘い誘いには決して乗ってはいけない、あらためてと肝に銘じました。


(追記) 「トリック 山田奈緒子関連本」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"奈緒子関連本"と御入力ください。

第9389回「中下咽頭癌 入院45~47日、やはり好事魔多し、リンパ節の腫れ、未明の息苦しさ」

 第9389回は、「中下咽頭癌 入院45~47日、やはり好事魔多し、リンパ節の腫れ、未明の息苦しさ」です。これまでにない無痛状態の中、「好事魔多し」と自らを戒めたのが、6月29日のことでした。それ以前の1週間と比べ、ほとんど痛みとか息苦しさを感じられなかったからです。


 ですが、やはり「好事に魔は多かった」と言うのが実態でした。3日間にわたり、眠れる夜が続いたのです。日記として、この3日間を追うことにします。


45日目、7月1日(水)・・・・ 2時30分に目覚め、息苦しかったため、オプソ10mgを服用。3時ごろ、その効果が現れ、ベッドで眠ることにしました。半覚醒状態の浅い眠りながらも、それでも5時20分までは眠れました。


 午後から、実兄に同伴され、郊外のシネコンに映画を観に行きました。「マッドマックス」の第4作、凄い体感ムービーでした。ただ、兄と一緒に歩いていましても、荒い息遣いは隠せませんでした。


46日目、7月2日(木)・・・・ 目が覚めたのは、日付が変わったばかりの0時10分のことでした。のどが大きくホルンのように鳴っていたのです。これまでにない異常さに、レスキュー10mgを服用します。0時40分頃、ふたたび眠ります。


 午前中気になったのが、左右の耳の下にできているリンパ節の腫れです。右耳の下の腫れの方が大きかったのですが、ほとんど目立たなくなりました。一方、左耳直下のリンパ節がコブ状になっていました。痛みはないのですが、触らなくても皮膚の強張(こわば)りを感じます。それが、深夜の寝苦しさを生むことになりまし・・・・。 


 午後からは、自宅に一時的に帰宅しました。本とか手回り品などを病室に持ち帰りました。


 47日目、7月3日(金)・・・・前日の午後8時45分、睡魔に勝てず、子どものように眠ってしまいました。その後、10時15分、11時45分、1時5分に目が覚めました。実に浅い眠りでした。いつもとは違う目の覚め方でしたので、体温を測ることにします。38.4度まで上がっていました。


 リンパ節の腫れのイタズラだと直感しました。今まで、リンパ節の腫れによって、38度以上の熱が出たことはなかっただけに不気味です。2時ごろ、ナイト・シフトの看護師と相談し、解熱剤を飲む一方、睡眠をあきらめ、パソコンの前に座ったのですが・・・・。


 レスキュー(緊急用)として飲んだオプソ10mgが効果を現したのでしょうか、3時過ぎには、パソコンをあきらめ病室で眠ることにしました。そして、浅い眠りでしたが、5時20分頃まで眠っていました。実に浅い眠りが断続的に9時間ほど続いていますので、正常な意識があったとは言えないと思います。


 朝の散歩から帰ったのが7時でした。体温を測ると37.9度まで下がっていましたが、寒気などもあり、しんどいものですから、解熱剤を再度飲むことにしました。日中は常に眠い状態が続きます。パソコンの前に座っていますと、頭が揺れ、居眠りをしていたことが自覚される症状が頻繁に現れます・・・・。夕刻、三度目となる解熱剤を飲むことにします。


 ところで、今夜は、テレビ局が看護師のナイト・シフトを撮るとのことです。通常どおり、10時過ぎまでは起きていたいと思い、病室に向かうことにします・・・・。


(追記) 決して愉快な内容ではありませんが、ブログテーマ「ガン日記」に興味がありましたらアクセスしてください。

http://ameblo.jp/s-kishodo/theme-10081936925.html

第9388回「日本文学100年の名作 その4、1918年 小さな王国、谷崎潤一郎、ネタバレ」





 第9388回は、「日本文学100年の名作 その4、1918年 小さな王国、谷崎潤一郎著、ストーリー、ネタバレ」です。大谷崎版の「蠅の王」(1954年)とも言うべき短編です。


 ですが、舞台は絶海の孤島ではなく、あくまで学校とその周辺の出来事に限られています。また、発表も、この短編の方が先行しています。むしろ、谷崎潤一郎がこのような作品を書いていたことに驚きを禁じえません。


 ストーリーの紹介にあたりましては、便宜上、原作とは関係なく、章とサブタイトルをつけさせていただきます。


「その4、1918年 小さな王国」谷崎潤一郎著

『プロローグ 貝島昌吉の半生』

 貝島の父親は、旧幕時代の漢学者でした。幼少期から学問への志向が強く、選んだ職業が尋常小学校の教師でした。いずれ学問で身を立てようと思ってのことです。しかし、結婚と共に次第にその抱負も消え失せていきます。今や6人の子持ちになっていました。


 俸給20円ではやりくりができません。東京での暮らしをあきらめ、物価の安い地方都市への転勤を希望しました。そして、36歳の時に希望が叶い赴任してきたのが、G県M市の小学校でした。それでも、生活は楽になりません。妻は結核にかかり、母親は病がちだったからです。出費がかさみます・・・・。


『第1章 転校生・沼倉庄吉、新たなタイプのガキ大将』 

 貝島は、赴任して2年目には、5年級を担当していました。東京時代の経歴を活かした授業方法に、父兄からも学校からも高く評価されていました。父兄の中には、地方名士とも言うべき人々が少なからずいたのです。


 ところで、最近建設された製糸工場の労働者の子どもが、貝島のクラスに転校してきました。それが沼倉庄吉でした。外見は、憂鬱そうな風貌に、でかい頭部には白雲(白癬菌による頭部にできる水虫)をこしらえた少年でした。では、成績不良かと言いますと、そこそこの点数を取っています。実に落ち着いた少年です・・・・。


『第2章 沼倉の奇策』

 貝島のクラスは50人です。生徒たちが運動場で、二班に分かれ、戦争ごっこをしていました。沼倉が所属するのは少数派の10人の班でした。その10人が、生薬屋のせがれである西村が指揮する40人を打ち負かしたのです。さらに、「おれたちは7人でも勝てるぜ」と豪語し、言ったとおりに勝ってみせました。


 では、沼倉は教師をバカにしたり、同級生をいじめたりするなど、通常みられる性悪のガキ大将かと言いますと、そうではありませんでした。ちょっとした騒動が起きたのは、修身の授業中のことでした。後ろの方の席で私語が絶えなかったのです。「沼倉、しゃべっていたのはおまえだろう?」


 当人は否定し、野田という生徒がしゃべっていたと指さします。「先生はちゃんと見ていた。おまえと隣の生徒が話しているのを見てるんだ。なぜ嘘を吐くんだ?」、沼倉を問い詰めますが、あくまでシラを切りとおします。


 貝島は沼倉を立たせることにしましたが、やがてクラス中の生徒たちが、沼倉をかばい始めたのです・・・・。ところで、腕力でなら沼倉を倒せる生徒は少なからずいます。あくまで、説得力が沼倉の武器になっていたのです。


『第3章 カリスマ化する沼倉』

 貝島のクラスには長男の啓太郎もいましたので、家で沼倉の件を問い詰めます。「父さん、沼倉って悪い奴じゃないよ」、修身の時間中の私語は、沼倉がわざと仕掛けたものだと啓太郎は話します。クラス改革を計画しているが、自分に対する忠誠心をテストするためにやったものだ、と啓太郎は父親に説明します。


 翌日、貝島は沼倉を呼び出し、沼倉の行動を讃えます。貝島の第一の失敗でした。「自分はなんと生徒たちの操縦にたけていることか」、そのような驕(おご)りがあったのかもしれません。担任教師の絶賛はますます沼倉をクラスのカリスマに押し上げていきました。


 その効果は確かにありました、クラスの雰囲気がガラリと変わったのです。沼倉は時々、生徒ひとりひとりの行動をメモに取っていきます・・・・。自然と風紀委員とも言うべき集団が出上がりました。


『第4章 沼倉が創り出した王国』

 貝島の家では、七人目の子どもが生まれただけでなく、妻の肺結核も深刻化していました。さらに、老母の具合も悪化の一途をたどっていました。貝島家の家計は、俸給だけでは限界に達していたのです・・・・。


 そんなある日のこと、老母と妻が、長男の啓太郎を激しく責めたてていたのです。小遣いらしい小遣いは、最近では与えたことがなかったのですが、啓太郎が決して安くはないおもちゃを持っていたのです。さすがに、貝島も黙ってはいられません。


 貝島の激しい追及に追いつめられた啓太郎は、ついにクラスで進行中の出来事を打ち明けていました。「クラスでは、独自の通貨が流通しているんだ」、啓太郎は詳細に父親に話します・・・・。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


――――――――――――――――――――――――――――――――









 啓太郎は貨幣の現物を持っていました。画用紙を切り、紙幣大の紙に「百円」などと書き込んでいたのです。貨幣の隅には、沼倉の印が押されています。そんな紙幣を何枚か持っていました。「月報酬として、大統領の沼倉くんは500万円、副大統領が200万円、大臣が100万円もらっていたんだ」


 啓太郎も担任の息子だということでかなりの金額をもらっていました。沼倉も、それなりに疾(やま)しさを感じていたようです。では、貨幣に対応するところの賞品は、と訊かれ、資産家の息子から半強制的に買い上げていたようです。クラスには、酒屋の息子もいれば、電力会社社長など資産家の子息もいました。


 曲がりなりにも、啓太郎の記憶するだけでも、20数品目に上りました。文具品から始まり、大正琴など様々です。沼倉の王国は、金持ちの息子から収奪し、貧乏人のせがれに再配分するという富の平準化の機能もあったのです。一方では、恐怖支配も・・・・。


 せがれから「沼倉王国」の実態を聴取している時、妻が赤ちゃんのミルクがないとこぼします。給料日は明後日です、家の中には一銭も残っていません・・・・・。


「最終章 先生も仲間に入れてくれないかな」

 貝島は、酒屋の前を行ったり来たりします。ツケでミルクを買いたいと言い出せなかったからです。そんな時に、生徒の姿を何人か見かけました。あの貨幣を使って取引をしていたのです。酒屋の息子の内藤も混じっていました。貝島はついにキレます。「先生も混ぜてくれないかな。ミルクが必要なんだ」


 生徒たちは貝島に数枚の紙幣を渡します。「先生、ミルクは店で受け取ってください。千円で売りますよ」、内藤は磊落に笑います。貝島は店の中に入るとミルクの缶を手にして、不用意にも王国の紙幣を店員に渡していました。「ふふ、冗談だよ、給料日には本物の紙幣で払うよ」・・・・。


(蛇足) 貝島が、「沼倉王国」に取り込まれていく過程が巧みに描かれています。ラストの解釈は読者によって大きく異なると思います。


1. 解説者の解釈・・・・ 「先生も仲間に入れてくれないかな」と言った段階で、貝島は完全に沼倉に屈したと言う解釈です。

2. 貝島は店員に説明したように、給料日に現金で決済し、子どもたちの貨幣ごっこを止めさせたと言う解釈です。

3. 私の解釈・・・・ 解説者の説明に近い、というのが私の実感です。ただ、一度、二度は教師としてのプライドから現金で決済したかもしれませんが、ずるずると呑み込まれていったと考えています。そして、校長に報告することもなかったと解釈しています。その後、貝島の教師としての資質が問われるような事態に発展したかも知れませんが、それは別の物語だと思っています。

4. その他さまざまな解釈が可能です。


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第9387回「朝松健編 神秘界 ノンフィクション6編、歴史編マイベスト3」

 第9387回は、「朝松健編 神秘界 ノンフィクション6編、歴史編マイベスト3」です。ノンフィクションにつきましては、タイトルのみ取り上げることにします。


「ラヴクラフトの居る風景」 米沢嘉博著

「映画におけるクトゥルー神話」 鷲巣義明著

「ゲームにおけるクトゥルフ神話」 安田均著


「日本作家によるラヴクラフト・CTHULHU神話関連作品リスト」 久留賢治著

「クトゥルー神話コミックリスト」 星野智著

「ラヴクラフト作品/クトゥルー神話映画リスト」 青木淳著



 そして、小説部門全11編のベスト3につきましては、次のとおりです。なお、番号は順位ではありません。わずか11編ですが、傑作ぞろいです。URLを付しておきますので、興味がありましたら、アクセスしてください。


1. 「おどり喰い」山田正紀著

 神戸大空襲の夜、飢えた少年は何を体験したのか・・・・、そして、神戸大空襲に匹敵する災害とは・・・・、著者は読者を誘導していきます。

http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12040660656.html


2. 「邪宗門伝来秘史(序)」田中啓文著

 フランシスコ・ザビエルの事績を追いながら、日本中世史の虚実が交錯します・・・・。

http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12042622499.html


3.「五瓶劇場 戯場国邪神封陣」芦辺拓著

 歌舞伎の薀蓄とクトゥルフ神話・・・・、芦辺拓さんが不可思議な世界をつむぎだします。http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12043639535.html


次点 「五月二十七日」神野オキナ著

 残りすべての中短編が次点でもいい作品群なのですが、あえてこの作品を押します(ただ、「聖ジェームズ病院」はひどすぎます)。首里城攻防戦を舞台に、日米両兵士の視点からクトゥルフ神話が語られます。

http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-12040996584.html


 「歴史編」に続き、「現代編」を書き続ける予定です。


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。