新稀少堂日記 -2ページ目

第9406回「朝松健編 神秘界 その13、清・少女 竹内義和著 ストーリー、ネタバレ」

 第9406回は、「朝松健編 神秘界 その13、清・少女 竹内義和著 ストーリー、ネタバレ」です。ふたりの少女の会話だけで構成されています、「  」は一切使われていません、改行と相手への呼びかけだけで、主語が分かる仕掛けになっています。30ページほどの短編です。


「その13、清・少女」竹内義和著

 さえちゃんの心象風景・・・・ 時にマリコに向けて、時に独白という形で表出します。ケータイがなければ生きていけない、たとえおじさんからエンコウのメールでも入ると何故か安心できると語ります。さえちゃんが怖れるのが赤い長い舌、母親との記憶にもつながっています。


 マリコの心象風景・・・・ 「さえちゃん、エンコウ、やばいよ、ホテルで何人も殺されているんだよ」、マリコは親身になって、さえちゃんのことを心配します。そんな人思いのマリコの原点は、ミュージシャンであることです。


 ふたりは仲良く話しあいます。さえちゃんの母親の死にまつわる物語です。あの時、さえちゃんと母親はテトラポットの上にいました、母親は赤く長い舌を伸ばしてさえちゃんに迫ってきました・・・・。このあたりの記憶はあいまいです。母親を突き飛ばしたように思えます、確信はありません・・・・。


 その話を聞いていたマリコは、「ちゃうて  おかあさん、化け物ややない  ちゃうて」と言って自らの赤い舌を出します。「化け物は雨にも水にも弱いのよ  さえちゃん、 はよう逃げて、 雨の日には  こないなるのよ  理性がのうなんのよ」


 「さえちゃん、お願い。  うちの最後のお願いなんよ。  さえちゃんのその手でうちを殺して、 ・・・・

 もう、うちやなくなるさかい。赤い舌の化け物になってしまう。・・・・ ね、さえちゃんの手でうちを・・・・ うちを・・・・ 」


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9405回「トリック 山田奈緒子関連本 その10、御告者の宣告 ストーリー、ネタバレ」

 第9405回は、「トリック 山田奈緒子関連本 その10、天罰を下す子供 御告者の宣告 ストーリー、ネタバレ」です。


「その10、天罰を下す子供 御告者(おつげもの)の宣告」(既に書いているブログを再掲)

 『 遠隔殺人とか時限装置による殺人は、当然刑事責任を問われますが、呪いとか、天罰であれば、訴追されることはありません。ドラマを観ていまして、脅迫にならないように留意したセリフが随所に見られます。当人に伝えることなく天罰を下す、不能犯であり、あくまで実行犯は"天"です。脅迫罪も成立しません。


 今回、上田と奈緒子が立ち向かう相手は、新興宗教のように、宗教を前面に立てた法人ではなく、その前段階のような教団です。それも、ひとつではなく、ふたつです。


 ひとつは、タイトルになっている子供・御告者(おつげもの)が天罰を下すという団体です。祖母と母が、取り仕切っています。上田次郎(阿部寛さん)の研究室に塚本恵美という女性が訪れます。何気なく、天罰を下してくださいといった一言が、世話になっていた従兄弟を死に至らしめたと言うのです。子供が天罰を下した例は、少なからずあるようです。


 もうひとつは、山田奈緒子(仲間由紀恵さん)の大家が持ち込んだアルバイトに端を発します。彼女のアルバイトは、「笑顔がこぼれる会」に、一週間潜入捜査するものです。その間、参加者全員で合宿します。会長は、大道寺と言う男であり、「さ、みなさんご一緒に。笑って笑って。お金大好き~~」(記憶)という、いかにも出資法違反事件を連想させる人物です。


 そのため、若干の接点はあるものの、今回は、上田と奈緒子は別々に動きます。恵美は、しとやかな美人です。上田は、一目ぼれ(ボケ?)します。御告者と呼ばれる針生公太という少年に会い、女性用下着を渡して、天罰を下すように依頼します・・・・・。恵美のものと思われますが、上田の性格を考えれば、奈緒子の下着かもしれません。


 その日から、上田と恵美の24時間生活が始まります。上田は、天罰希望者を御告者に取り次ぐ、倉岡と言う人物に会っています。倉岡は豪語します。「天罰は天が行うものであり、罰を加えられる人物を恐喝などしていない、一定の手数料を取っているだけであり、合法的な仕事だ」 そのとおりです。あえて言えば、詐欺罪が考えられますが、はたして・・・・。


 一方、奈緒子は、大道寺会長と、会員を前にして対決します。会長は、会員に4枚の封筒の内、2枚を選ばせます。火をつけて、燃やします。さらに1枚を選び、さらに燃やします。残り一枚の封筒には、万札一枚が入っています。奈緒子は、「マジシャンズ・セレクト」だと主張しますが、何度やっても、万札が出てきます・・・・・。


 マジシャンズ・セレクトとは、任意のカードを客に選択させているように見えますが、マジシャンが客に特定のカードを渡しているだけだというトリックです。「金田一少年の事件簿」とか「古畑任三郎」でも、使われているトリックです。


 封筒は、二重封筒となっており、すべてに万札が入れられていました。大道寺会長は、求めに応じて、一回につき3万円を燃やしていたのです。奈緒子が気がついたのは、会長室に入って多数の封筒を見つけたからです。しかし、そこで奈緒子はおバカなことをします。会長の趣味(?)である手錠で自らを縛ったのです。


 逃げ出し、会長室に再度入ったときには、会長は殺されていました。容疑者・奈緒子は、矢部警部補にこの時とばかり、いびられます・・・・。一方、御告者に取り次いでいた倉岡も、殺されたのです。上田が盗み出した倉田の手帳の一ページが、大道寺会長から発見されます。ここに、二つの事件がつながったのです。


 上田は、面会と称して、奈緒子にアドバイスを求めてきます。御告者の祖母が、大道寺ほかを殺したと告げます。ですが、恵美の従兄弟が亡くなったときには、アリバイがありました。「犯人はおまえだ。まるっとお見通しだ」と叫び、恵美を指差します・・・・・。


 こうして、上田の愛は終りをつげますが、御告様は・・・・。天罰を下すことができないと知った少年を狂気が襲います。 』(以上再掲)



「山田奈緒子の視点」

 "私"だって雑誌の体験レポートのようなお仕事したことあるんですよ。大家のハルさんが"私"の部屋に入ってきて、「笑顔がこぼれる会」ってのがインチキ団体のようなので、潜入取材をしてくれる人を探してるって言うんです。どうもセミナーを利用して洗脳のようなことも行っているようです。


 もちろん、正義のためのお仕事ですから、引き受けました。ところが、上田さんも同様な宗教団体を追っているようなのです。"私"の所に来ましたが、もちろん断りました。上田さんと行動を共にしているのが塚本恵美という可愛い女性なのですが、上田さんを頼るところをみると、相当マヌケのようです。


 その時には、上田さんが追っている「御告者」と"私"が潜入している「笑顔がこぼれる会」がつながっているとは思いもしませんでした。「笑顔会館」に行きますと、「みなさん、笑って、笑って、御一緒に、お金大好き」、このような経済セミナーってあったような気がします。この会を率いるのが大道寺・・・・。


 突き詰めてみれば真相は極めて単純、そのことをマジックを以てバカな上田に教えてさし上げました。殺人を繰りかえしていたのは恵美子さん、御告者の殺人教唆を実行していたのは「天罰を下すことのできる」少年の祖母でした・・・・。そのため、少年はお告げで人を殺せると思っていたのです。


 ええっ?留置場に入れられたって?あれは上田さんが卑劣にも"私"を御告者に天罰を与えてくれって言ってたから、安全な留置場に入れたんだって、上田覚えてろ!


(追記) 「トリック 山田奈緒子関連本」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"奈緒子関連本"と御入力ください。


(以下、後刻書きます)

第9404回「創元・岩波ウェルズ傑作選 その27、タイム・マシン(小説版+映画版)、ネタバレ」





 第9404回は、「創元・岩波ウェルズ傑作選 その27、タイム・マシン(小説版+映画版)、ネタバレ」です。今回で「創元・岩波ウェルズ傑作選」も終りです。


 手抜きとなりますが、小説版つきましては、既に書いているブログから再掲することにし、映画化はバリエーション作品を含めて何度も公開されていますが、ジョージ・パル監督版の「八十万年後の世界へ タイム・マシン」(1959年)を"MovieWalker"から引用することにしたいと思っています。


「小説版 タイム・マシン」

 『 ジュール・ヴェルヌとH.G.ウエルズとは、SFの祖とも言うべき存在です。ジュール・ヴェルヌは「悪魔の兵器」などで、科学の危険性もテーマとしましたが、基本的に楽観的です。人類に対する信頼が基底にあります。一方、ウェルズは、社会学的なアプローチが多く見られます。その分、ペシミスティックです。フランス人とイギリス人という、国民性だけでは語れないものを感じます。


 ウェルズ以前にも、タイムスリップものは存在しました。マーク・トゥエインの「アーサー王宮廷のヤンキー」(※)が代表作かと思います。しっかりした大長編です。19世紀のヤンキーが、中世にタイムスリップする話です。ただ、このヤンキーの凄いところは、19世紀のテクノロジーを中世に持ち込むことです。当然一から作っていきます。「JIN  -仁-」も、医療器具とか、ペニシリンを一から作っていきますが・・・・。


 ですが、マシンを使っての時間旅行を可能にしたのは、ウェルズを嚆矢(こうし)とします(あくまで想像でですが)。本書は、一人称で書かれ中篇です。主人公は、"タイム・トラヴェラー"とのみ呼ばれています。"わたし"が、タイム・トラヴェラーの体験を聞くという構成を取っています。


 タイム・トラヴェラーが、ユークリッド幾何学に疑問を呈するところから、物語は始まります。「一次元である線分には、太さがない。上位の次元(二次元)を、既に取り入れられているから、そのように線分を書くのだ。同じことが厚さのない平面でも言える。また、立方体には、時間が欠けている。立方体を概念するとき、四次元のレベルで、既に考えているのだ」(要旨) 


 タイム・トラヴェラーは、この三次元世界に時間を加えた、四次元世界を力説します。四次元世界では、未来でも、過去でも、理論的には移動できるはずだとの理論に基づき、タイムマシンを創ったと語ります。彼は、私を含めた友人たちに、実験して見せます。そして、実際に旅行します・・・・・。ここから、タイム・トラヴェラーの物語が始まります。一人称"ぼく"で、小説は進んでいきます(阿部知二氏訳)。


 タイム・トラヴェラーが向かったのは、80万年先の未来です。そこは、「1984年」とか、「すばらしき新世界」に通じるアンチ・ユートピアです。しかし、近未来と80年先の未来とですから、内容は大きく異なります。人類は、大きく二つに分かれています。エロイとモーロックです。


 エロイは、一見理想郷を実現しているように見えますが、モーロックの侵略におびえています。モーロックとは、地下世界に住む労働階級なのですが、大きく人類とは変異しています。モーロックは、時に地上に進出し、エロイを食糧として調達していきます・・・・。


 命からがら、この世界を脱出した"ぼく"は、さらなる未来にタイムマシンを飛ばせます。そして、地球の終末を目撃します。そこでは、人類は既に滅亡し、わずかな退化した動物が生息するだけです・・・・。正規の訳で読みましたのは、中学生の頃ですが(小学校の時、児童版で読んでいますが)、地球の終わりと太陽の終焉を重ねてイメージしていましたので、かなりの違和感がありました。


 そして、"ぼく"の物語は終わります。そして、タイム・トラヴェラーは姿を消します、どこかの時間軸に行ったのでしょうか・・・・・・。ウェルズですから、ジュラ紀に時間旅行するなどの話は出てきません。やはり、社会学的なアプローチに終始しています。 』(以上再掲)




「映画版 八十万年後の世界へ タイム・マシン」

 『 1899年の大晦日のロンドン。青年発明家ジョージ(ロッド・テイラー)は、親しい友人を呼んで夕食会を開いた。その席上、彼はタイム・マシンという機械を披露した。これは、第4次元の時間の世界を飛んで、過去と未来に自由に旅することの出来る機械であった。


 客を帰したジョージは実験室に入って、タイム・マシンに乗りこんだ。レバーを引き、機械が停止したのは1917年の世界であった。さらに、1959年から、時代は1966年に飛ぶ。ロンドンは恐るべき原子爆弾攻撃をうけ、どろどろの溶岩にうまっていた。なお未来への旅は続く。


 タイム・マシンのダイヤルは紀元80万2701年を示している。珍しい樹木の生い繁る中を清流が流れ、ロンドンの面影はない。エロイという未来人種が群がって遊んでいた。彼らは周囲のできごと一切に無関心な人種だった。1人の美少女が溺れかかっても救けようとするものがない。


 彼女を救けたジョージは、ウィーナ(イヴェット・ミミュー)という名のこの美少女に好意をもった。彼女によってジョージは、この世界でエロイ族が地下に住むモーロック族に支配されていることを聞いた。モーロック族の地下洞窟に呼びこまれたエロイ族は、生きてかえった者がないという。


 やがてエロイ族の人々は洞窟に行進をはじめた。モーロック族が人喰人種で、火を恐れることを知ったジョージは、エロイ族を団結させて反抗させた。火でつつまれた洞窟から逃れたジョージは、タイム・マシンに乗ってレバーを引いた。たちまち時代は1900年1月5日にかえった。


 自宅では、5日前に呼んだと同じメンバーが夕食会に集まっていた。一同はジョージの話を一向に信用しようとしなかった。ジョージは客たちが帰ったあと、タイム・マシンにのって再び未来の世界に出発した。 』("MovieWalker"から引用)


(追記) 「創元・岩波ウェルズ傑作選」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"岩波ウェルズ"と御入力ください。

第9403回「日本文学100年の名作 その8、1921年 象やの粂さん、長谷川如是閑 ネタバレ」





 第9403回は、「日本文学100年の名作 その8、1921年 象やの粂さん、長谷川如是閑著 ストーリー、ネタバレ」です。


 『 (長谷川如是閑は、)日本のジャーナリスト、文明批評家、評論家、作家。明治・大正・昭和と三代にわたり、新聞記事・評論・エッセイ・戯曲・小説・紀行と約3000本もの作品を著した。大山郁夫らとともに雑誌『我等』(後に『批判』)を創刊し、大正デモクラシー期の代表的論客の一人。・・・・


 東京下町の江戸っ子らしく、ドイツ流の観念論を「借り物思想」として排し、個々人の「生活事実」を思考の立脚点とした。本来は庶民の生活維持のために作り出された国家の諸制度が、歴史の過程で自己目的化するさまを鋭く批判した。


 英国流のリベラルで国民主義的な言論活動を繰り広げ、職人および職人の世界を深く愛し、「日本および日本人」(日本の文化的伝統と国民性)の探究をライフワークとした。 』(写真と共にウィペディアから引用)


「その8、1921年 象やの粂さん」長谷川如是閑著

 50ページ(60枚)ほどの短編です。


 かつてサーカスで善八(善公)という象を調教し、舞台に上がっていた花形の粂さんも、今では、大道で象の人形を売ってシノギをするという、しがない商売をやっています。その値が貧乏人の子せがれの手の届くものじゃありませんので、在庫ばかりが増えていくという始末です。


 象の善公が死んだのには訳がありました、移動中に谷から転落したのです。粂さんは一命を取り留めたものの、善公は死んでしまいました。それからは、酒浸りの日々でした。売れない象売りの粂さんに代わって、家計を支えいたのが、娘のきいちゃんでした。昼間は工場で働き、夜は手内職です・・・・。


 そんなある日のこと、植木屋の新さんがいい話を持ってきました。田丸伯爵家で象を買ったから、番人を探していると・・・・、粂さんなら適任です。とんとん拍子で話はまとまります。月俸は破格の百円、屋敷内の長屋を提供されます。


 仕事はやり慣れた象の調教ですから、これまで象の扱いに難儀していた人々の前でプロらしい職人技を見せます・・・・。象はゴルコンダと名付けられました。


 ところで、娘のきいちゃんも伯爵家で働くことになりました。ある夜、きいちゃんは粂さんに「貞守公」の元で奉公すると言い出します。聞けば聞くほど実際的に妾奉公だと粂さんには分かりました。酒が入れば入るほどに悪酔いし声がでかくなります。そこにやってきたのが植木屋の新さんでした。


 「けえれ、けえれ」の一点張りで新さんを上げようとしはませんでした。翌朝、新さんはあらためて粂さんの家に挨拶に来ました。「粂さん、酔ってたね。隣の馬丁まで筒抜けだったよ、若様の悪口をあんな大声で言っちゃクビだぜ」、新さんの狙いはあくまで、きいちゃんを貞守公に奉公させることでした。粂さんを懇々と説得します。


 「粂さん、これほど言っても分かんないかい、もう二人はできてるんだよ」、新さんの言葉に粂さんは目を白黒せます・・・・。


(追記) 「日本文学100年の名作」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"日本文学"と御入力ください。

第9402回「創元・岩波ウェルズ傑作選 その22~26、ザ・スターほか、ストーリー、ネタバレ」





 第9402回、「創元・岩波ウェルズ傑作選 その22、ザ・スター(海王星) 23、「最後のラッパ」の物語 24、赤むらさきのきのこ 25.剥製師の手柄話 26、クモの谷、ストーリー、ネタバレ」です。「創元・岩波ウェルズ傑作選」もあとわずかです。


「その22、ザ・スター(海王星)」(破滅テーマ)

 海王星の地球大接近を淡々と記した十数ページの短編です。読み応えのある掌編に仕上がっています。ここで、ウィキペディアから海王星の特性を引用することにします(写真もウィキから引用)。


 『 海王星は巨大な氷惑星で、太陽から非常に離れているため、わずかな熱しか受けていない。表面の温度は-218℃である。しかしながら、中心部の温度は、約5000℃である。 内部の構造は天王星と似て、氷に覆われた岩石の核を持ち、厚い大気が存在していると考えられている。


 木星や土星同様、内部に放射性元素の崩壊と考えられる熱源を有しており、太陽から受けている熱量の約2倍ほどの熱量を、自ら供給していると考えられている。また、海王星には磁場が存在する。天王星と同様に磁場の中心は惑星の中心から大幅にずれており、46.8゜自転軸から傾いている。 』


 海王星は地球の17倍ほどの質量を持っており、木星などと同じく太陽になりそこねた惑星です。そんな海王星が公転軌道から外れ、太陽に引き寄せられ始めたのです。1月1日には三つの天文台がそのことを公表しています。1月3日には、海王星の軌道変更について一紙が報道しましたが、大衆の関心を呼ぶことはありませんでした。


 ただ、従来の公転軌道から太陽よりに接近し始めたものですから、明るさは次第に増していきます。そのことは世界中の人々から観察されました。月よりは小さな大きさにしか見えないのですが、惑星固有の熱を発していますので、むしろ月より明るいほどです。


 海王星の地球接近の影響について多数派を占めたのは、良識派でした。海王星の影響を無視します。一方、ある数学者は「太陽とも地球とも激突することはないが、このままでは地球と極めて近接したコースを取り、多大な影響を与えるであろう」


 教授はロシュの限界を指しているのかと思います。『 惑星や衛星が破壊されずにその主星に近づける限界の距離のこと。その内側では主星の潮汐力によって惑星や衛星は破壊されてしまう。 』(ウィキペディア)


 当然、限界を超えなくても近くまで接近すれば、地球側には大地震、火山の爆発、暴風雨、津波などあらゆる惑星規模の災害が予測されます。教授はそのことを指摘したのですがが・・・・。良識派はあくまで良識派でした。何ら動こうとしません。


 そして、大接近の日、世界各地で災害が同時多発的に発生します。海王星に面した側では異常な大きさで海王星が天空を覆います・・・・。アジアでは大津波が太平洋一体に上陸し内部を席巻していきます。日本と東南アジアでは、あらゆる火山帯が噴火をはじめました。ヒマラヤの氷雪地帯、シベリアのツンドラも一挙に氷が融け去ります。


 ヨーロッパ、アメリカ、アフリカでも壊滅的な暴風雨が席巻し、文化文明を破壊し尽くしました・・・・。しかも、一種類だけの災害だけではなかったのです。複合的な要因で発生した気象異常は、南極・北極の気候を一変させました。


 人類にとって、まだしも幸運だったのは、文献、機械などのテクノロジーが保存されていたことです。ウェルズは記していませんが、9割以上の人々が亡くなったのではないでしょうか。それでも友愛の精神も生き残っています。ですが、それはまた別の話しです。


 ところで、この災害を火星人は観測していました。「第三惑星に起きた災害は実に軽微だった」、広大な宇宙では、この程度の災害は取り上げるに足りない、ウェールズはそう締め繰ります。



「その23、『最後のラッパ』の物語」(黙示録コメディ)

 『 "最後のらっぱ"とは、ハルマゲドンの時に吹かれるラッパのことです。7回吹かれ、地球上に災厄が荒れ狂うと言われています。プロローグで、天使がラッパを地上に落としてしまいます。地上に落ちたラッパは、いつしか骨董屋の棚に埋もれてしまいますが、工場の青年たちが買い受けます。


 しかし、最初は鳴らないのです。青年たちは苦労して直します。やっと音が出ますが、ラッパは爆発し消失します・・・・。その時、一瞬だけなのですが、世界中の人々に"神の国"が見えたのです。物語は、一人の牧師を中心に語られます。牧師は、上司である司教に報告するのですが、信じてもらえません。人々が見た神の国に関係なく、生活は続いていく・・・・というストーリーです。


 ウェルズの宗教観がよく現れています。ラッパを落とした天使に対する神の罰については、著者自身どうなったか、分らないと書いています。やはり、コメディです。 』


「その24、赤むらさきのきのこ その25.剥製師の手柄話 その26、クモの谷」

 『 「赤むらさきのキノコ」は、妻の自堕落に悩んでいた商人の物語です。彼は自殺を考えます。家を出て、川に身を投げようとした時、毒々しい色をしたキノコを見つけます。どうせ死ぬならと考えた彼は、毒キノコを食べてしまいます。途端に、彼はハイになります。家に帰った彼は、妻とその仲間を懲らしめます。そして、一家はハッピーになったというコメディです。


 「剥製師の手柄話」は、絶滅した種の剥製を作ったと豪語した剥製師の話です。日本にもありますが、人魚の剥製も作ったと話しています。「クモの谷」は、イメージとしてアメリカ西部を舞台にしたホラーです。男3人が、30センチほどのクモに襲われる恐怖を描いています。 』


(追記) 「創元・岩波ウェルズ傑作選」について過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"岩波ウェルズ"と御入力ください。

第9401回「朝松健編 神秘界 その12 怪奇俳優の手帳 佐野史郎著 ストーリー、ネタバレ」





 第9401回は、「朝松健編 神秘界 その12 怪奇俳優の手帳 佐野史郎著 ストーリー、ネタバレ」です。今回から現代篇に入ります。著者はホラー映画とかドラマでも存在感を発揮されている佐野史郎さんです。


 この中で触れられているラブクラフトの3大傑作が、「インスマウスの影」、「宇宙からの呼び声」、そして、「ダニッチの怪」です。「インスマウスの影」につきましては、『 1992にはTBSが佐野史郎主演・小中千昭脚色で翻案ドラマ(邦題:インスマスを覆う影)を制作するなど日本での作品の知名度も高い。 』(ウィキぺディア)として映像化されています。


 そして、10年後、ホラーシリーズの一環として企画されたのが「ダニッチの怪」でした。佐野さんらしく、テレビ・ドラマ界のインサイド・ストリーにもなっています。そして、主人公・丈健(じょう たける)は、佐野史郎さんの分身とも言えるキャラクターです。


 なお、本作は6ページ強の短編ですので、忙しい中、佐野さんが頑張って書かれたのだと思います。少し長くなりますが、「ダニッチの怪」が小説の中心になっていますので、少し長くなりますがストーリー部分を全文再掲することにします。御面倒でしたら読み飛ばしてください。


 『 本短編は、三人称で書かれています。ストーリーの紹介にあたり、便宜上、部とサブタイトルをつけています。


「第一部 ウィルバー・ウェイントリーの生と死」

 東海岸の都市、アーカムの奥地の山際に、ダニッチという村落があります。ある事件を契機に、従来立ち入ることのなかった村への道に、標識さえ取り外されました・・・・。


 ダニッチには、センティネル丘という小高い山があります。丘の山頂には、先住民族であるインディアンが造った環状列石がありました。1枚目の写真は、イギリス・スウェインサイドの環状列石です(ウィキから引用)。センティネル丘のものには、中央にテーブル状の岩が置かれています。




 前半の主人公は、ウィルバーです。ダニッチでは、近親結婚を繰り返してきました。そんな中でも、ウェイントリー家の祖父は異常な人物でした。娘に、ウィルバーを産ませたのです・・・・。ウィルバーは、さらなる奇異な人生を歩むことになります。


 異常な成長を示したのです。1歳の時には、既に歩き、明確に自己の意思を語り始めます。3歳を過ぎますと、既に青年の風貌をしていました。2メートルを超える巨人です。教育は、祖父が一族伝来の蔵書で行いました。そんな蔵書の一冊が、英訳版"ネクロノミコン"です・・・・。




 祖父は、ウィルバーが10歳になった頃、亡くなります。そして、母親も失踪します。村では、ウィルバーが殺したのではないかとの噂が流れます。ですが、ウィルバーは、村の人の噂なども気にしていませんし、付き合いもありません。家からは、異臭が漂い、ウィルバーはセンティネル山に頻繁に行っているようです。村でも、異常な出来事が起こっています・・・・。


 この頃のウィルバーは、山羊を思わせる風貌をしています。西欧人がイメージする悪魔そのものです。そんな彼は、しきりに各国の図書館と接触します。"ネクロノミコン"のラテン語版です。完全版は、世界に5冊しかありません。ですが、全ての図書館から、閲覧を拒否されます。


 ウィルバーは、再度、アーカムのミスカトニック大学に接触します。貸し出しは許可されませんが、何とか、閲覧だけは許されます。ウィルバーの興味は、英訳版に欠落している751ページです。そのページを読んでいる時に、アーミティッジ博士が、該当ページをのぞき込みます。


 『 ・・・・ "旧支配者"かつて存在し、いま存在し、将来も存在すればなり。我等の知る空間にあらぬ、時空のあわいにて、"旧支配者"のどやかに、原初のものとして次元に捕わることなく振舞い、我等見ること能(あた)わず。


 ヨグ=ソトホースは門を知れり。ヨグ=ソトホース門なれば。ヨグ=ソトホース門の鑰(かぎ)にして守護者なり。過去、現在、未来はなべてヨグ=ソトホースの内に一なり。・・・・ 』(大瀧啓裕氏訳)


 アーミティッジ博士は、閲覧を中止します。ウィルバーは、不本意ながら帰っていきます。その夜、事件が起きます。警備犬が、激しく吠えたのです。図書館で、ひとりの遺体が発見されます。ウィルバーが、犬に噛み殺されたのです。ウィルバーに関する事件は、これで終わったように思われたのですが・・・・。


「第2部 センティネル丘の怪異」

 アーミティッジ博士は、現場に残されたウィルバーの文書を解析します。暗号で書かれていたのです。多大な手間をかけ、解読します。アーミティッジ博士は、2人の同僚と共に、ダニッチ村へ行くことを決意します。ですが、村では既に事件が起きていました。姿なき怪物が出現したのです。


 村のある家が押し潰されていました。生存者はいません。状況がある程度わかったのは、事件の前にかけられた、電話による証言からでした。そして、ダニッチ村に赴いた3人は、さらなる事件が起こったことを知らされます。また、ある一家が惨殺されたのです。


 村人たちの注意は、センティネル丘に向かいます。姿なき怪物が、丘を登っているように見えたのです。アーミティッジ博士は、丘を目指します。村人たちは怖れて、同行しようとはしません。アーミティッジ博士は、ウィルバーの遺した文書から、"呪文"を割り出しています・・・・・。アーミティッジ博士と姿なき怪物の闘いが始まります。




 アーミティッジ博士の唱えた呪文に対し、空間から、「たすけてくれ、ちち、父上、ヨグ=ソトホース」という声が、轟き渡ります。怪物は、消滅します。博士は、「あの怪物とウィルバーは双子だった。祖父は、センティネル丘の上から、父親の名前を呼ぶことになるであろうと、語っていたという」と、同僚に語ります。


 村人たちには、ダイナマイトで環状列石を破壊するように指示します。この事件以降、ダニッチ村へのルートを表示する道路標識はありません・・・・。


(補足) すぐ上の写真が、ヨグ=ソトホース(ソトース)です。ウィルバーの双子の片割れは、ヨグ=ソトホースに似た形状をしていました。なお、いずれの写真もウィキペディアから引用しています。 』(以上再掲)



「その12 怪奇俳優の手帳」佐野史郎著

 「おはようっす」、「おはようございます」と活発な掛け声がスタジオ内を飛び交います。安藤プロデューサーは、スタッフ、キャストに今度の企画を説明します、「夏と言えばサザンです・・・・、いやホラーです。当局では10年前にラブクラフトの『インスマウスの影』を制作・放送し高視聴率を取りました」と切り出します。


 今度のサマー・スペシャルとして企画しているのが、やはりラブクラフトの「ダニッチの怪」の翻案ドラマです。企画段階から熱心に動いたのが、主演男優の丈健と美術スタッフのダイちゃんでした。脚本は大平万平、主演女優は香取まゆみに決定しています。まゆみは「インスマウスの影」にも出演していますので、丈とも顔なじみです。なお、前作のスタッフが再結集しています。


 撮影ロケ地は当初ダムが予定されていたものの、計画そのものがずるずると延び現在に至っているという限界集落でした。丈が見つけて来たのですが、「秘境温泉シリーズ・愛の逃避行」の撮影だと住民には説明しています。


 なんせコピーが、「夏のホラースペシャル10周年記念番組/H・P・ラヴクラフト原作『ダニッチの怪』/山が叫び、うなる 村の怨霊の仕業? あなたはこの恐怖に耐えられるか」ですから、そんなこと住民には言えなかったのです。ですが、このようなことは、この業界ではままあるそうです。


 ラストにヨグ=ソトホース(ソトース)が登場するドラマですから、CGには金をかけるそうです。限界集落での撮影は順調に進みます。旅館で出たのが、前作「インスマウスの影」での連続死でした。安藤プロデューサーが放送中止を懸念して手回ししたのです。


 最初に亡くなったのは、エキストラとして出演していた村娘です。撮影の翌日、御神体を祀っている洞窟の近くの浜辺で変死しました。この事実をプロデューサーが封印できたのも、ドラマとの関連性が希薄でしたし、村人たちも望んでいなかったからです。そしてその後、製作スタッフも亡くなっています・・・・。


 現地ロケの最終日には、クライマックス・シーンが撮られます。そこで事故は起きました。転落しようとしたまゆみを丈が助けようとして、ふたりとも落下したのです。丈が目を覚ましたのは、病院のベッドの上でした。彼が最初に案じたのが、まゆみの安否でした。


 安藤プロデューサーは、「丈さんが助けたって、マスコミが大騒ぎですよ」、ドラマは今回も好視聴率を獲得しました。ところで、美術のダイちゃんが「インスマウスの影」製作の時に作ったのが、クトゥルフの石造、「根供呂埜身昏(ネクロノミコン) 死霊秘法」、「エーリッヒ・ツァンの音楽」をイメージしたSP盤でした。丈が預かることになります・・・・。


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9400回「トリック 山田奈緒子関連本 その9、死人の意識を読みとる男 ストーリー、ネタバレ」

 第9400回は、「トリック 山田奈緒子関連本 その9、サイ・トレイラー 死人の意識を読みとる男 ストーリー、ネタバレ」です。シリーズ屈指の本格ミステリ作品に仕上がっています。佐野史郎さんが、「ゾーーーン!」の奇声と共に白目を剥いていました。


「その9、サイ・トレイラー 死人の意識を読みとる男」

 『 最大の謎は、「サイ・トレイラーは、過去の隠された殺人事件を暴き、遺体を捜しだすことができるのか」と言うものです。その事実の前には、都市伝説である"人面タクシー"は、些細な謎です。本格推理ですので、登場人物(容疑者)を紹介しておきます。


① 深見博昭(佐野史郎さん)・・・・霊力によって、過去の事実を追跡する"サイ・トレイラー"。まっ赤な髪、まっ赤な服に、黒いマントを羽織る摩訶不思議な人物。成仏できずこの世をさまよう霊は、集合し"ゾーン"を形成すると主張。サイ・トレイリングにあたり、甲高い声で「ゾ―――ンッ」と叫ぶ。


② 岡本・・・・上田に、深見の能力を鑑定した依頼人。3年前、婚約者・恭子が"人面タクシー"に乗った後、行方不明となっている。もちろん、岡本の最終目標は、恭子を探し出すこと。


③ 小早川・・・・深見が報酬1千万円を要求したため、スポンサーとなる。職業はエッセイストであり、金持ちでもあるが、最近は金回りが悪くなっている。恭子の叔父であり、目的はもちろん、肉親として恭子の生死を確認すること。


 恭子が行方不明となった3年前の"人面タクシー事件"では、恭子を含めて4人の女性が行方不明となっています。上田は、「どんと来い!超常現象」によって、ワイドショーに出演し、超常現象のコーナーまで持っています。その上田のコーナーで、深見が行方不明者のサイ・トレイリングを行なうことになったのです。


 もちろん、ワイドショーは、カメラで深見のサイ・トレイリングを追います。そして、深見は次つぎと犠牲者となった遺体を発見していきます。こんなことは可能でしょうか。深見は、あくまで成仏できない霊が存在する"ゾーン"が、彼に語りかけてくると主張します。ただし、恭子の遺体はいまだ発見されていません。


 最も単純な推理は、深見が女性たちを殺し、そして、自らその犯罪を暴いたと言うものです。ですが、犯人がそんなことをするでしょうか。ここから、物語は急速に展開していきます。人面タクシーが現われたのです。上田、奈緒子の目前に出現し、体をすり抜けて行ったように思えたのです。人面タクシーは、プラズマのような光を発していました。


 さらに、ホテルに宿泊していた岡本が、8階の部屋から飛び降り自殺したのです。深見にも小早川にもアリバイがあります。サイ・トレイリングは可能なのか、人面タクシーは実在するのでしょうか、数々の謎をはらんで、一挙に大団円を迎えます。以下、最後まで書きますので、ネタバレとなります。


 人面タクシーが、奈緒子たちに向かって突進し、すり抜けて行ったと思われた現象のトリックは、いわゆる心理トリックです。強烈なライトに目がくらました後、直進せず、急カーブします。そのために、視力が復活したとき、タクシーが直進したように思えたのです。それを、確実にするために、工事用ライトの移動を利用しています。


 ですが、最大の謎は、どのようにして、隠された犯罪の犠牲者の遺体を発見できたのかということです。人面タクシー事件の犯人は、エッセイストの小早川(③)でした。婚約者の岡本(②)も、深見も、小早川が恭子を殺した段階で、犯人だと分っていたのです。


 それを、わざと見逃して犯罪を繰り返させたのです。恭子殺しだけでは、無期懲役で20年経てば、出所してきます。それが、深見には許せなかったのです。深見は恭子の実の父親だったという設定です。それ以降の殺人を、深見は岡本に目撃させていたのです。


 分ってみれば、深見のサイ・トレイリングの謎も単純です。では、飛び降り自殺と見せかけた岡本殺しは、どのように実行したのでしょうか。ホテルの部屋を取ったのは、深見でした。8階と3階の同じ間取りの部屋を取っていました。


 明るいうちに、3階の部屋に連れて行きます。部屋の外は、すぐ屋根になっています。警察が来たら、屋根伝いに逃げるように言い含めておきます。昏睡させた岡本を8階に移動します。暗くなってから、警察がやってきます。屋根伝いに逃げようと、窓から・・・・・。


 小早川は、恭子の遺体を隠した場所に向かいます。それこそ、深見の狙いだったのです。小早川も、深見も逮捕され、一件落着となります。「お前らのやったことは、まるっとお見通しだ」(私の記憶)


 被害者はなぜ人面タクシーに乗ったのでしょうか、そして、誰が目撃したのでしょうか。ストーリーとして無理があります。ラスト、深見は小早川の犯行を暴くために、奈緒子を誘導したと語ります。はたして、そうなのでしょうか。ワイドショーが動いた段階で、深見の思惑は達成できています。


 それとも、深見は自らを裁くために、奈緒子を誘導したのでしょうか。岡本を殺しただけでなく、3人の女性殺しには、刑事責任は別にしても、道義的な責任は免れません。はたして、・・・・・。メインの大トリックだけで通した方が、ミステリとしても優れていると思います。優れたミステリは、枝葉で装飾しましても、幹の部分は見失っていません。 』



「山田奈緒子の視点」

 上田次郎さんは、ワイドショーの「どんと来い、超常現象」というコーナーも持っています。そんな上田さんにパラサイコロマカデミアンナッツ(パラサイコロジーアカデミー)の学長である深見博昭(①)から挑戦状を叩きつけられることになりました。


 ところで、"私"は誰もが認める超売れっ子マジシャンですが、天は二物を与えるものなのですね、あっ、忘れていました、美貌もいれたら三物でしょうか。ワイドショーがらみで、今回も"私"も上田さんの応援に呼ばれることになりました。ゲストは深見です。


 深見は三年前にワタリゴメ(渡米)し、ハーバード大学で客員教授を勤める傍ら、オオノウセイリガク(大脳生理学)、シンノマナブ(心理学)、ノリガク(法学)の博士号も取得したシンススムキエーイ(新進気鋭)の学者でした。


 事前に会っての出演でしたが、番組内で深見は挑戦状を叩きつけて来ました。上田が敗ければ、ギャラ・印税など一千万円を深見に払うという挑戦を受けることにしたのです。もちろん、深見の挑発です。その金を上田のために出すと言ったのが、失踪中の恭子の親戚である小早川(③)でした。


 かくして、サイ・トレーラーと超天才マジシャンのバトルが始まりました。恭子失踪の影に、婚約者・岡本(②)がいました。深見は強いアリバイを主張しています。それでは、岡本と深見が共犯ではないかと、"私"は考えました。しかし、岡本が密室状態のホテルの八階から飛び降りたのです。


 岡本の死からわずか後に、さらなる死が待ち受けていました。深見が死んだのです。脈はありませんでした。"私"と上田さんは、深見の書斎を調べました。多数の洋書などの中から目についたのが、「快楽殺人にとりつかれる心理」でした。


 そこには、「快楽殺人者は殺すことが目的、だからやめられない」と書かれていました。、突如小早川さんが山林には入ったかと思うと、一心不乱に何かを掘り始めたのです。出て来たのは、あれほど捜索しても見つからなかった恭子さんの遺体でした。


 火の車だった小早川は多額の保険を恭子さんにかけて殺していたのです。そのためにも、恭子の死体は必要だったのです。そこに、さっそうと現れたのが、死んだはずの深見でした。脇の下にボールをはさみ脈を消していたのです。


 深見は恭子の実の親でした。小早川に極刑を課すためにさらなる殺人を示唆していました。深見は"私"を称賛します。「きみは立派なサイトレイリリングだ」と・・・・。「サイ・トレイラーもメニューに加えようかしら、お安くしますよ、エヘヘヘヘッ」


(追記) 「トリック 山田奈緒子関連本」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"奈緒子関連本"と御入力ください。

第9399回「創元・岩波ウェルズ傑作選 その19~21、マジック・ショップほか、ネタバレ」




 第9399回は、「創元・岩波ウェルズ傑作選 その19、マジック・ショップ 20、ダチョウの売買 21、世界最終戦争(ハルマゲドン)の夢 ストーリー、ネタバレ」です。


「その19、マジック・ショップ」(ファンタジー)

 この短編を再読しての第一印象が、桂正和さん作「電影少女」の世界を想起したことです。この短編では、不思議なビデオショップではなくマジック(手品)商品を扱う店が登場します。そして、子どもの心を癒すのは、ボーイッシュなあいちゃんでなくマジック・グッズの数々でした・・・・。


 ジップの父親は、そのマジック・ショップを何度か見かけていますが、近づくと何故か消え失せてしまったという説明のつかない経験があります。リージェント・ストーリーの絵画店と孵化器販売店に挟まれた間口の狭い店なのですが、入ろうと思うとマジック・ショップなどありませんでした。


 事態が動いたのは、息子のジップを連れて散策していた時のことでした。気が付くと、マジック・ショップのショー・ウィンドウを覗いていたのです。ジップに手を引かれ中に入ると、店主らしき人物が次々と商品を取り出してきます、空中から、手のひらから、胸のポケットから・・・・。


 ジップは夢中になります。「御代は結構です」、店主はジップのリクエストに応え、さらに次々とマジック・グッドを取り出してジップを魅了していきます。また、一部のマジックについてはネタを明します。店主が次に連れて行ったのが、駄々っ子が開けようとしても開かなかったドアの部屋でした、


 ジップのリクエスト商品を次々と取り出します、ジップのポケットなどから・・・・。「おいくらですか」、父親は少々息子の誕生日プレゼントとしては高額すぎると考えていたのです。店主は答えず、さらなるマジックを見せます。「ジップ、きみはいい子だね」、そう言った店主はジップを消失させます・・・・。


 抗議しようとしましたが気が付くと、父親はリージェント・ストリートの路上に居ることに気づきました。近くでジップも何箱も賞品を抱えて立っていました。あらためて見つめましたが、絵画店と孵化器販売店の間にはわずかな壁しかありませんでした。先ほどの店はなんだったのでしょうか。


 店主に連絡先を教えているのですが、請求書は送られてきません。ジップはおもちゃに夢中になっています。「その兵隊人形、動くのかい?」と訊くと、ジップは「人間のように動くよ。そうでなければ、つまんないよ」と答えます。


 父親はその後、何度かあの店のあった場所に行きましたが、わずかな壁があるのみです・・・・。



「その20、ダチョウの売買」(奇妙な味)

 以下の2編は既にブログに取り上げていますので、再掲することにします。


 『 ミステリと言っていいかもしれません。物語は、富豪であるヒンズー教徒のダイヤモンドが、ダチョウに飲み込まれたことから始まります。ダチョウは5羽いるのですが、どのダチョウが飲んだのか分りませんし、しかも、船の上です。ダチョウの持ち主は、自分のものだと主張します。当然、2人の間で争いが生じます。しかし、所有権は、船の上でもあり、はっきりしません。


 ダチョウの持ち主は、1羽を除いて4羽のダチョウをオークションにかけます。1羽は自分の運試しのために、取っておいたのです。先に解体されて、ダイヤモンドが出てしまえば、後のダチョウは二束三文となりますので、解体は、全てのオークションが終わり、下船してから行なうことが条件となります。


 はたして、ダイヤモンドはどのダチョウから出てきたのでしょうか・・・・。ですが、下船してからの解体ですから、ダイヤモンドが誰の手に入っていたのか分りません。そして、数日後、筆者は、富豪のヒンズー教徒とダチョウ飼いが仲良く街を歩いているのを見かけます・・・・。 』(以上再掲)



「その21、世界最終戦争(ハルマゲドン)の夢」

 『 汽車にたまたま乗り合わせた男の物語です。時間があるため、筆者は相席の客の話を聞くことになります。その男は、夢が現実か、現実か夢か分らないというのです。しかも、「夢のほうが現実に思える。しかし、その夢も見なくなった、夢の中で自分は殺されたから」と。 長い話が始まります。


 彼が夢で見て世界は、はっきりは分らないが、200年ほど未来のようです。彼の仕事は政治家であったが、愛のため、すべて政治の仕事は、捨てたといいます。しかし、戦雲が迫っていたのです。それを阻止できるのは彼だけだったのですが、それでも愛を取ったといいます。


 彼の愛した女は、世界を救うように頼みますが、聞き入れません。戦争が始まります。戦争はまたたく間に全世界に拡がります。彼と愛人の女は、逃避行を続けますが、戦争は2人を直撃します。そして、愛人は銃弾で亡くなります。さらに、彼も銃剣で刺し殺されます・・・・。この短編が公表された11年後、第一次世界大戦が始まりました。予言的な短編です。 』(以上再掲)


(追記) 「創元・岩波ウェルズ傑作選」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"岩波ウェルズ"と御入力ください。

第9398回「中下咽頭癌 入院48~50日目、最期の兆候、リンパ節の異様な腫れ」

 第9398回は、「中下咽頭癌 入院48~50日目、最期の兆候、リンパ節の異様な腫れ」です。病気が最後の牙を剥き始めました。


 7月2日から感じていた左耳下のリンパ節の腫れは極端に顕著になりました。今日(7月6日)には明らかに横7センチ縦4センチほどになっています。それも三つほどが寄りあった形になっているのです。そして、いずれも硬くなっています。この腫れがもたらした連鎖が、次の症状です。


1、 腫れが皮膚の強張りをもたらし、触らないようにしているのですが、疼きをもたらしています。ただ、外見上、醜悪な容貌となっていますが、症状としては最も軽微です。


2. リンパ節の腫れがもたらす発熱、時に38度代になります。37.8度を超えると解熱剤を服用することにしていますが、終日、無気力感と平衡感の欠如に悩まされています。体のバランスが悪くどこかに体の一部をぶつけているのです。そのため、傷痕が何カ所かあります・・・・。


3 発熱からくる極端な食欲不振。2週間ほど前までは45キロ代あったのでが、本日計測すると43.0キロになっています。もちろん本日も極端な食欲不振に見舞われていますので、さらに体重を減らすと思います。


 それでは、日記風の記述に移ります。 


48日目、7月4日(土)・・・・ 本日7時過ぎ、体温が38.4度まで上がっており、解熱剤のカコナール2錠をのみました。午前、友人と一緒にR公園を散策します。午後からその姪と孫ふたりに連れられ、「呪怨 ザ・ファイナル」を見に行きました。ただ、「具合が悪くなれば、先にタクシーで帰るよ」と言っておいたのですが、幸い最後まで見られました。

 

 夕刻7時10分、38.6度の熱のために、パジャマにも着かえず眠ってしまいました。1時間後、解熱剤を飲むことにしました。0時に一度目が覚めたのですが、翌朝5時まで気分よく眠れていました。


49日目、7月5日(日)・・・・ 左耳下のリンパ節はさらに大きさを増しています。この日の最大の症状は極端な食欲不振です。食事にはほとんど手をつけず、間食も進んでいません。散歩も距離は伸びません。意識ももうろうとしており、文庫本を読んでいますと、なんども床に落としています・・・・。


50日目、7月6日(月)・・・・ 本日も極端な食欲不振に悩まされています、さらに無気力感に・・・・。昼食前にまたしても38.2度の熱が出ましたので、鎮痛剤を服用することにしました。入浴時、体重を図りますと、過去最低の43。0キロに並んでいました。本日も食事にほとんど手を付けていませんので、果たして体重はどこまで減るのでしょうか・・・・。


 以上で言えることは、確実に体調は螺旋を描きながら低下の一途をたどっていると言えます。


(追記) 決して愉快な内容ではありませんが、ブログテーマ「ガン日記」に興味がありましたらアクセスしてください。

http://ameblo.jp/s-kishodo/theme-10081936925.html

第9397回「日本文学100年の名作 その7、1921年 件、内田百閒、ストーリー。ネタバレ」





 第9397回は、「日本文学100年の名作 その7、1921年 件、内田百閒著、ストーリー。ネタバレ」です。内田百閒がらみで書いたブログは、映画関連の4件のみです。鈴木清順監督作「浪漫三部作 ツィゴイネルワイゼン」(※)と黒澤明監督作「まあだだよ」(※)をいずれも2回に分けてブログに取り上げています。


 前者は内田原作の「サラサーテの盤」を原作とした清順監督の意欲作でした。一方、後者は内田百閒(ひゃっけん)の後半生を描いています・・・・。「まあだだよ」の感想部分の冒頭部分を引用することにします。


 『 1993年に公開された黒澤監督の最後の作品です。


 主人公は、内田百閒(ひゃっけん)夫妻とその門下生です。内田は、夏目漱石の門下に属する作家ですが、多数の幻想小説を書いています。代表作としては、「冥途」、「旅順入場式」などが挙げられますが、いずれも幻想的な短編です。作風としては、漱石より、泉鏡花に近いと思います・・・・。


 夏目漱石のデビュー作は「吾輩は猫である」ですが、決して名無しのネコが主人公ではありません。苦沙弥(くしゃみ)先生と、友人と門下生の交友を描いた小説です。当然、苦沙弥先生は、漱石自らをモデルとしています。成熟しつつあった明治国家の情熱が、かれらの会話から、ユーモアをまじえて、あふれ出しています。ある意味、いまひとつの「坂の上の雲」という読み方もできます。


 ですが、黒澤監督が描こうとしたのは、内田百閒です・・・・。何故、漱石ではなく百閒なのでしょうか。門下生たちは、内田に理想の教師像を求め続けます・・・・。内田は、門下生たちの愛情を自然体で受け止めます。私自身、戦前の書生気分は好きではありません。また、彼らが繰り広げる宴会についても、好感がもてません。いやらしく感じられるのです・・・・。


 一方、苦沙弥の借家で繰り広げられる会話には、時代が持つエネルギーを感じます。物理学者は物理学者らしく、美学者はもったいらしく、経済を学んだ者は、利を説きます。変らないのは、苦沙弥先生だけです・・・・。そんな会話を聞いている"ネコ"は、やはり世間の猫たちの間でも先生と呼ばれます(決して尊敬の対象としてではありませんが)。


 黒澤監督が、内田を選んだのは、やはり謙虚さからではないでしょうか。漱石に自らを比すのではなく、内田に止めたと・・・・。映画では、実際の内田の人生とは少し変えています。ですが、法政大学の教鞭を取っていたのは事実です。物語は、法政大学を辞めるところから始まります・・・・。 』(以上再掲)



「その7、1921年 件」内田百閒著

 10ページほどの掌編です。「よって件(くだん)の如し」、その「件」です。三日間の寿命を与えられて"生れ"た「件」は、予言を伝えたのちに、即座に殺されます。ですが、「件」はどのように予言をしていいのか分かりません。夜空には黄色い月が掛かっていますが、地上を照らそうとはしませんので、まったくの暗闇です。


 一日目は何も予言しませんでした。「件」の予言を聞きたくて人々が集まってきます。二日目もやはり不発でした。三日目、最後の日はさらなる期待をこめて大勢の人々が集まりました。ですが、「件」が何か話そうとすると、人々は逃げ出すのです・・・・。「恐ろしい、聴きたくない!」


 期待をこめていただけに人々は、逆に恐ろしい予言を聞きたくなくて逃げ出したのです。「私は予言を話さず、長生きできるかもしれない」と「件」はそう考え、二、三度あくびをします・・・・。


(補足) 冒頭の写真はウィキペディアから引用しました。この小説を読んで連想したのが、フレイザーの「金枝篇」です・・・・。


(追記1) 既にブログに取り上げている※印をつけた作品は、次のとおりです。興味がありましたらアセスしてください。

「ツィゴイネルワイゼン、感想」http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-11758864811.html

「   〃   、ストーリー」http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-11758971106.html

「まあだだよ、感想」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10863131068.html

「まあだだよ、ストーリー」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10863368103.html


(追記2) 「日本文学100年の名作」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"日本文学"と御入力ください。