新稀少堂日記 -4ページ目

第9386回「朝松健編 神秘界 その11 聖ジェームズ病院 朝松健著 ストーリー、ネタバレ」

 第9386回は、「朝松健編 神秘界 その11 聖ジェームズ病院 朝松健著 ストーリー、ネタバレ」です。「歴史編」の小説部門は今回で終わりです。


 極めて高い水準のアンソロジーなのですが、編者自身の短編が最も面白くない、という結果になってしまいました。小説自体、はしゃぎすぎですし、クトゥルフの活かし方も凡庸だったのが残念てす。文量は最も長く100数ページ余あります。


 歴史上の作家も登場するのですが、会話などもスベっていますし、キャラクターも実に凡庸です・・・・。また、舞台を病院にしなければならないと言う必然性もありません。


「その11 聖ジェームズ病院」 

 聖ジェームズ病院にやってきた三人の青年でしたが、深刻な事態に追い込まれているはずなのですが、切迫感がありません。マイケルL、エリオット、日本人のタロー・・・・。彼らの記憶は一週刊前に遡ります。


 ところで、シカゴの街を取り仕切っていたのは、ふたつの勢力でした。イタリア系マフィアとユダヤ系マフィア、最近イタリア系を圧倒してたのが、ユダヤ系のフランク・ジンメルです。水の魔力を借り、イタリア系を圧倒します・・・・。つい最近、シカゴ署長の娘パティを誘拐したのもジンメル一味でした。


 そのパティの恋人がエリオッという訳で、隠秘主義者のエリオットLと用心棒のタローが狩りだされたと言うのが実情ですが、彼らに斃すだけの力があるかといえば・・・・。そこはテキトーにクトゥルフが降臨したジンメルを退治します(クトゥルフ出現のシーンも、迫力に乏しいというのが実情です)。


 ところで、決戦場としてジンメルが指定したのが、聖ジェームズ病院でした。あまり詳細に書いても意味のないプロットです。エピローグ的にタローの正体が明かされています。後に、大衆作家としてデビューした谷譲次であったと・・・・。結末はもちろんハッピーエンドです。


(追記) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9385回「マッドマックス4 怒りのデス・ロード G.ミラー監督 その2ストーリー、ネタバレ」





 第9385回は、「マッドマックス4 怒りのデス・ロード G.ミラー監督 その2、ストーリー、ネタバレ」(2015年)です。


「プロローグ 荒廃した世界の中で」

 「世界は潰滅した、核戦争で、環境破壊で・・・・。人々は石油を、さらに水を求めた。俺は元警官、妻子は殺された、名前はマックス」(要旨)、愛車V8インターセプターを降り、荒野を見つめるマックス(トム・ハーディ)の独白から映画は始まります。パクりとトカゲを頬張ったマックスは愛車を駆ります。


 マックスに向かってきた狂信的な集団は、シタデル砦に王国を築くイモータン・ジョー(ヒュー・キース・バーン)の一団でした。白色に全身を染め、胸には多数の空タトゥーを彫り込んでいます。なす術もなくマックスは捕われました。


 「おまえはガソリンだ、ウォー・ボーイズの輸血袋だ」、マックスの背中には、タトゥー・マシーンで次々と文字と紋様が彫り込まれます。逃走しようとしましたが、逃げ切れません・・・・。その時、少女が呼びかけてきます。「助けに来てくれたの?」、マックスの幻覚でした。


「第一部 副隊長フュリオサと5人のワイブ」

 数人の女がタンクの下に座っています。母乳を吸引しているようです。一方、砦の外には千人規模の民衆が集まっていました。放水口から大量の水が流されます。下では、民衆が争ってタライとかバケツで水を受けていました・・・・(伏線です、そして映画の世界観を表現しています。低音のサウンドと低めのセリフ)。


 副隊長のフュリオサ(シャーリーズ・セロン)は、大きなタンクローリーで5人の女を乗せ西に向かうはずでした・・・・。進路変更を命じます。10人ほどのウォー・ボーイズに、理由も説明せず、ただ「東へ」と告げたのです。一方、砦で監視していた一団がいました。奇形とも言うべき小人のイモータンの息子です。




 連絡を受けたイモータンは、「連れ戻せ!」と命じます。妻5人が逃走したからです、そして、自らも出陣します。戦闘の報せに興奮したのが、ウォー・ボーイズのひとりニュークス(ニコラス・ホルト)でした。仲間と先陣争いをして叩き伏せます。ニュークスの輸血袋となったのがマックスでした。


 輸血袋とは、他人の血を注入することによってパワー・アップを図ろうという独自の宗教的儀式とも言うべき装置でした。たとえ戦死しても、イモータンが奉ずる神の地で蘇ることができると信じられていたのです。そのため、ウォー・ボーイズは北欧神話に登場するバーサーカーのような勇敢さで闘います。


 ですが、マックスとしては大変な迷惑です。自動車の前面部にくくりつけられるているのですから・・・・。逃走するフュリオサ一行に攻撃を加える集団がいました。「ハリネズミ」と呼ばれる自動車の外装部に多数の突起をつけた集団です。フュリオサを護衛するウォー・ボーイズが次々と火の車にしていきます。




 その後を追撃するのが、イモータン・ジョーが率いる本隊の一団でした。その中には、幹部クラスの武器将軍(リチャード・カーター)とか人食い男爵(ジョン・ハワード)の姿もありました。派手にギターを気ならす男も・・・・、ハリネズミの集団を壊滅させたものの、イモータンの追撃は迫っています・・・・。


 その中には、縛られたマックスをボンネットから突き出した杭に縛りつけたニュークスの自動車もありました。追いつめられたフュリオサでしたが、天が味方します。前方に巨大規模の砂嵐が待ち受けていたのです。フュリオサは、一か八かの行動に打って出ます・・・・。


「第二部 マックスと6人の女たち」

 フュリオサが運転するタンク・ローリーは砂嵐の中に突っ込んでいきます。中は雷が轟き、数本の竜巻が渦巻いていました。果敢に竜巻をよけ、奥へ奥へと侵入していきます。一方、イモータンの部下たちも、勇敢に侵入していました。砂嵐の中で、追撃戦が繰り広げられます。ですが、敵はもはや砂嵐そのものでした・・・・。


 嵐が通り過ぎると、タンク・ローリーは停車していました。6人の女たちが降りてきます。一方、ニュークスが運転していた自動車も大破していました。拘束を外せないまま、マックスはタンクローリーに向かいます。一方、ニュークスも健在でした。三者の闘いになりますが、結果的に勝ったのはマックスでした。




 マックスはタンクローリーで立ち去ろうとしましたが、さほど行かないうちにエンジンが停止します。フュリオサが事前に自分にしか運転できないようにシステムに手を加えていたのです。これまで女たちを助けようとは考えていなかったマックスでしたが、考えを変えます。イモータンの本部隊がそこまで迫っていたからです。


 こうして、マックスは女たちと行動を共にすることになりました。次なるポイントは、関所とも言うべき岩山の回廊です。岩石を落とすと通行が不可能になる要衝です。フュリオサはイモータンの追撃を振り切るために、事前にガソリンとの交換を申し出ていたのです。ですが、タンクに入っていたのは母乳でした・・・・。




 「何でもいいから叫べば、ローリーを発進させて」、ヒュリオサはマックスと事前に合図をきめます(馬鹿野郎が合図です)。関所の連中がタンクをチェックしようとした瞬間、ヒュリオサは「馬鹿野郎」と叫びました。岩石が落ちてきて、イモータン軍団を阻止します。一方、タンクローリーも距離を稼ぐためにひたすら全力でダッシュします・・・・。


 行く手を阻止されたイモータンは、岩場でも走行可能なモンスタートラックを追っ手として使います。逃げるタンクローリー、追うモンスタートラック、自ら盾となって前面に立ったのが、臨月間近のスプレンディッド(ロージー・ハンチントン=ホワイトリー)でした。イモータンが自分を最も愛しており、子どもを欲しがっていることを知っていたからです。「イモータンは決して、私を殺させない!」


 今回も辛くも追撃を振り切ることができました。しかし、往く手に待っていたのは泥濘化した砂漠でした。イモータン・ジョーのワイプ(つまたち)も全員協力して、空転するタイヤを轍(わだち)から脱出させようとしました。ここで姿を現したのが、ウォー・ボーイズのニュートンでした。間一髪、枯れ木にチェーン・ブロックを巻きつけ、脱出させます。


 またしても本隊が追い迫りますが、若干距離を稼げたはずです。ヒュリオサの記憶に残る「緑の地」も間もなくのはずです。


「第三部 緑の地は汚染されていた!」

 しばらく行くと、ポールの先に女が横たわっていました。「あれは囮(おとり)よ!」、そう言ったのはヒュリオサでした。彼女が言ったように、単車が一台、二台と現れました。いずれも過酷な砂漠の日射に焼かれた老婆たちでした。「あんた、ヒュリオサだね?母さんと瓜二つだよ」


 ヒュリオサを落胆させたのが、老婆たちの言葉でした。「緑の地だって?もう通り過ぎたよ。今では汚染されていて誰も暮せないエリアになったよ」、先ほど通過した深い轍を作っていたエリアが「緑の地」のなれの果てだ、と老婆たちは語ります。


 ヒュリオサも5人の女たちも絶望が襲います・・・・。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


――――――――――――――――――――――――――――――――





 「緑の地が汚染されたのなら、緑の地にすればいい。シタデル砦には、大量の水がある。今奴らの本隊は俺たちを追撃している、砦は空家同然だ。フュリオサ、おまえがイモータンになればいい」、そう提言したのはマックスでした。ここで初めてマックスが救世主らしい行動に出ます。


 仲間は、フュリオサ、マックス、ニュークス、5人のワイプ、そして、新たに加わった数人の老婆たちでした。ですが、老婆と言っても果敢です。5人のワイプを守り抜こうとします。逆走し始めたタンクローリーの動きに動揺を隠せなかったのが、イモータン・ジョー本人でした。関所を目指して爆走します。砦に先に着いた方が勝ちだ、と解っていたからです。




 こうして、最大の見せ場がやってきます(最初の追撃戦から、わすがな途切れをはさんでアクションの連続です)。


「第四部 シタデル砦を制する者」

 老婆がひとりふたりと斃されます。それでも、老婆たちは勇敢でした。タンクローリーの座席に座っていた老婆は愛しそうにバッグの中身に目を向けます。「この中には、汚染されていないあらゆる種が入っているの」、しかし、その老婆も命を落とします。


 軍団の攻撃方法は、棹(さお)の先にウォー・ボーイズが取りつき、棹のしなりを利用して、走行中の車両に乗り移ろうというものでした。マックスも、フュリオサも傷つきます。ところで、イモータン軍団の最強の兵士は、イモータンの実の息子であるリクタス・エレクタス(ネイサン・ジョーンズ)です。弟と違い、マッチョな強面の男です。散々、マックスを苦しめます。




 並行追撃しながら軍団は5人のワイプをひとりふたりと奪取していきます。その犠牲となったのが陣痛の始まったばかりのスプレンディッドでした。ローリーから転落し、胎児共々、亡くなります・・・・。闘いが続く中、、イモータンも殺されました。「イモータン・ジョーは死んだぞ」


 一方、ニュークスは神の楽園を夢見ていました、それは勇者としての死を意味します。そして、。奪取していた大型車を関所となっている隘路に、自死覚悟でぶつけたのです。完全に隘路が塞がります・・・・。その頃、イモータンも殺されていました。「イモータン・ジョーは死んだぞ」、さらにワイプも取り戻していました。


 砦に先に着いたフュリオサは、確保していたイモータンの死体を蹴り出します。砦外の住民たちから歓声が上がります。そして、砦に残っていた者も、フュリオサが新しいキングだと認めます。エレベーターが降ろされ、水が流されます・・・・。


 エレベーターの上から群衆を見つめていたフェリオサは、その中に、立ち去ろうとするマックスの姿を見ました。それがふたりの別れとなりました・・・・。


(補足) 写真はシネマトゥデイから引用しました。


(追記) 感想は"その1"に書いています。

第9384回「マッドマックス4 怒りのデス・ロード その1、感想、凄まじいばかりの映像体験」





 第9384回は、「マッドマックス4 怒りのデス・ロード その1、感想、凄まじいばかりの映像体験」(2015年)です。第3作「サンダードーム」が公開されたのが1985年ですので、30年ぶりの新作です。第2作、第3作を上回る圧倒的な迫力に陶酔させられます。


 メル・ギブスン主演版のマッドマックスは、救世主伝説とも言うべき色彩を強く打ち出していましたが、本作では抑制されています。それをカバーする形でジョージ・ミラー監督が打ち出したのが、これでもか、と言うほどの連続アクションです。サウンドも低く唸ります。そして、マッドマックスを演じるトム・ハーディのセリフも低音です・・・・。




 ストーリーはやはり単純です。荒廃した大地を「緑の地」を求めて、マッドマックスと6人の女たちが、ひたすら爆走します。それをイモータン・ジョーの大軍団が執拗に追撃します。「緑の地」は果たしてあるのか・・・・。


 6人の女たちの中でも、突出して闘う意思を示しているのが、イモータン軍団副隊長のフュリオサ(シャーリーズ・セロン)とイモータン・ジョーに最も愛されている妊婦のスプレンディドです。フュリオサは左手が義手であり、スプレンディドは殺されないと確信し、身を以て軍団の矢面に立ちます・・・・。




 荒廃したナミブ砂漠(ナミビア)で撮影されたとのことです。「マッドマックス 三部作」がこれまでに見たことのないヴァイオレンスを引っ提げて還ってきました。さほど期待していなかっただけにうれしい誤算です。


 ところで、この映画はR-15に指定されています。R指定も十分納得できるヴァイオレンスぶりです。是非劇場で観たい一作に仕上がっています。次回、ストーリーについて書く予定です。


(補足) 写真は"シネマトゥデイ"から引用しました。

第9383回「創元・岩波ウェルズ傑作選 その13、モロー博士の島 ストーリー、ネタバレ」





 第9383回は、「創元・岩波ウェルズ傑作選 その13、モロー博士の島 ストーリー、ネタバレ」です。120ページほどの中編です。まえがきと全22章(サブタイトル付き)で構成されています。ストーリーの紹介にあたりましては、原作とは別に章とサブタイトルをつけさせていただきます。


 ところで、20世紀後半は、ワトソン・クリックの遺伝子構造の発見以来、生化学・大脳生理学の世紀となりました。それでも、その解明は十分とは言えません。動物の人間化どころか、夢の解明すらいまだ未知の世界です。


 まして、ミクロ及びマクロ・レベルでの大脳の機能についてはいまだ端緒に就いたばかりです。「脳科学」を云々すること自体、呪術で癲癇(てんかん)を治すようなものです。疑似科学の域を超えていません。現在では、時代遅れ、陳腐化したと感じられる「モロー博士の島」ですが、その後の生化学の方向性とは異なるものの、その先見性には驚くべきものがあります。


 なお、文末にこの小説の映画化作品である「D.N.A.」(1996年)のストーリーについて、手抜きとなりますが、"MovieWalker"から引用することにします。生化学の進歩を一部取り入れた内容になっています。


「その13、モロー博士の島」

『プロローグ 遺産相続者である甥によるまえがき』

 「"私"の伯父であるチャールズ・エドワード・ブレンディックは、『レディ・ヴェイン号』の遭難と共に死亡したと推定されていたが、11ヶ月後に帆船式貨物船『イペカクワニャ号』上で救助された。やはり死亡せしものと推定される船長ジョン・デイヴィスの足取りとも一致しており、手記のの事実に間違いないものと思われる。


 なお、この手記については叔父は公表を望んでいなかったようであるが、私の判断で発表することとした」(要旨)


『第1章 火山島に到着するまで』

 ブレンディックは、レディ・ヴェイン号の遭難時、他の乗員2名と共に救命ボートで脱出しました。ボートの中では、水も食料もなくなり、あわや「メデューサ号事件」の二の舞という事態に陥りましたが、幸い乗員同士の争いで回避できることになりました。その際、ふたりは亡くなっています・・・・。


 そのままでは、衰弱死を迎えることになったはずですが、幸い近くを航行中のイペカクワニャ号に救助されました。漂流中のプレンディックを救助することに当たっては、船長のデイヴィスは実に消極的でしたが、積極的に救助を申し出たのは荷主でもある白髪の男の助手、モンゴメリー青年(モントゴメリー)でした。


 彼らが連れていた現地人は実に異様な風貌をしていました、衰弱しているブレンディックにとっては、悪夢のような異形の人間たちでした。白髪の男が所有する島に近づくと、島からボートで迎えに来ますが、ここで、ブレンディックは船長から元の救命ボートに強制的に乗せられ追い出されてしまいます。


 当初、白髪の男にはブレンディックを救助する気などなかったのですが、プレンディクが生物学者であることを知った彼は、島に置いてもいいと言い出します。その白髪の男こそが、モロー博士でした・・・・。


『第2章 人為的に生み出された動物人間』

 養殖のために多数のウサギを話した後、モンゴメリーはブレンディックを博士の研究室に連れて行きます。彼の説明では、錠のかかった多数の立ち入り禁止区画があるそうです。従業員は船で見かけた連中以外にも、異様な形相をした人ばかりでした。


 モロー博士の名前には聞き覚えがありました。10年ほど前に動物の生体実験で学会を追放同然になった男だったからです。そして、これまでに接触してきた数々の異形の者たち・・・・・。


 島に到着早々、ブレンディックはピューマの生体解剖を目撃することになります。禁止条項を破ったというより、その悲鳴に驚かされ、つい見てしまったというのが実情です。研究室の中からは、人間とも動物ともつかぬ存在が飛び出してきて、密林の中に逃げ込みました。


 その光景に驚いたブレンディックは、パニック状態のまま、密林の中に入っていきます。


『第3章 動物人間の集落』

 ブレンディックは夜のジャングルを徘徊します。島の中央部には火山がありました。そして、随所で出会う動物人間たち、共通しているのは人間であること、ですが、それぞれの動物人間がそれぞれの動物の要素を強く持っていたことです。


 ブレンディックはいったんモンゴメリーの元に戻ります。「きみは密林で何を見たんだ」とモンゴメリーに訊かれますが・・・・。もはやここにはいられないと考えていたのです、ブレンディックは逃げ出します。そこで出会ったのが、彼が「猿男」と名付けた男でした。猿男は話すことができます。


 島での勝手が解らぬブレンディックは、猿男についていくことにしました。連れて行かれた先は、見捨てた動物たちの集落になっていました。そこにいたのが、類人とヤギを掛け合わせたようなサチュロス、ブタ男にブタ女、ウマとサイを合成したような存在、クマとウシの合成物、さらにセント・バーナード犬を人間化したようなものまでいました。


 そんな動物人間たちの中で、猿男は五本指であることを誇ります。しかし、その集落の中で最も権威を振りかざしていたのが、灰色の毛をした動物人間でした。動物たちに、宣教師から教えられた戒律を復唱させます。


 「四本足で歩くなかれ、これ掟なり、我らは人間ならずや」、灰色の詠唱に続き、動物人間が復唱します。

「肉、魚を喰うことなかれ、これ掟なり、我らは人間ならずや」

「主(創造主)の手は創り手なり、主の手は傷つける手なり。主の手は癒す手なり」、延々と復唱が続きます。


 その時でした、モロー博士とモンゴメリーが銃器とムチを手にしてやって来たのです。動物人間たちはふたりを取り囲みますが、モロー博士は動物人間たちを威圧し、ブレンディックを研究所に連れ戻します。


『第4章 モロー博士の創りしもの』

 「ブレンディックくん、きみは誤解している。動物人間たちは人間から創ったものではない。動物を人間化しようとしたものだ。そのために大脳にも手を加えている。わしの研究成果は、異種動物間の移植・合成も可能にした」


 たしかに、複数の動物の特徴を備えた動物を見かけましたし、知能の高さは通常の動物には見られないものでした。一方、博士は現状での限界も告白していました。「彼らには時間経過とともに退行現象が見られる」、博士が見捨てた動物たちが寄り集まって、先ほどの集落を形成していたのです。彼らもやがて動物に戻るはずです。


 モロー博士は、ブレンディックに危害を与えないことを示すために、拳銃を貸与します。そして、博士は動物たちの点呼を取ります。「この中に掟を破ったものがいる」、それはヒョウ人間でした姿をくらましています。さらに、危険因子としてのハイエナ男・・・・。


 モロー博士の暗鬱な楽園も終りを告げようとしていました。


『第5章 反乱、そして、モロー王国の崩壊』

 事態が動いたのは、ブレンディックが島にやってきて1か月半も経った頃でした。問題を起こしたのは、島に来て見かけたあのピューマでした。いったんは捕獲され檻の中に入れられていたのですが、脱走したのです。そして、混乱する研究所内ではモロー博士も消え失せていました。ピューマを追って出かけたようです。


 捜索に加わったブレンディックは、モロー博士が殺されたことを知ります。そのことは動物人間たちの間にもたちまち拡がりました。「主は死んだ!」、動物人間たちが叫びます。反乱の主導者は、ピューマ男とハイエナ男のようです。たちまち、島中に殺戮の嵐が吹き荒れます。


 ブレンディックは、とりあえず博士の遺体を動物人間に手伝わせ研究所に運びます。そして、実験中の動物を皆殺しにします。しかし、モンゴメリーは灰色の毛に殺されました。一方、創造主の死を知った動物たちは浜辺に集まっていました。


 もはや、モロー博士の楽園の島に待っていたのは、動物人間たちの退行と死のみでした。ブレンディックは野生化する動物人間たちと共生することにしました。そして、10カ月近くが過ぎ去ります。その間に、あのピューマもハイエナ男も死にました。ブレンディックを慕っていたセント・バーナード人間も殺されました・・・・。


 そんな中、ディヴィス船長のイペカクワニャ号が漂着したのです。船長もクルーも死んでいました・・・・。


『エピローグ その後』

 ブレンディックは、島から水と食料を調達し脱出します。その後の経緯は甥が記したとおりです。島から帰還後のブレンディックは、島については一切、口を閉ざしていました。人付き合いも望まず、静かに余生を送ったそうです。


 『 ・・・・ 私はふと思うのだ。人間の理性の根源は日々の気苦労や罪の中にではなく、宇宙の広大な法則の中にこそ求められるべではいかと。人間は希望なしでは生きていけない。だから私は孤独ながらも精一杯の希望の言葉でこの物語を締めくくりたい。 』(橋本槇矩氏、鈴木万里女史共訳)







(追記1) 「D.N.A. ドクター・モローの島」のストーリーは次のとおりです。

 『 太平洋上を漂流中の国連の弁護士ダグラス(デイヴィッド・シューリス)は、通りがかった国籍不明の貨物船に乗っていたモンゴメリー(ヴァル・キルマー)という謎めいた男に救出された。船内には野生動物が積み込んだ船はやがて場所も定かでない熱帯の孤島に停泊。


 上陸したダグラスは、モンゴメリーからこの島の所有者が、行方不明のはずのノーベル賞受賞の天才遺伝子学者モロー博士(マーロン・ブランド)だと知らされる。彼は、博士の娘のアイッサ(ファイルーザ・バルク)と出会い、その美しい肢体に魅せられる。


 その夜、モンゴメリーはダグラスを部屋に閉じ込め、それが君のためだと言う。鍵をこじ開けて抜け出したダグラスは、モロー博士の実験室に迷い込む。そこで彼は、博士とモンゴメリーが人間とも動物とも見分けのつかない母体から、見たこともない形の胎児が取り出している光景を目撃する。


 博士は遺伝子を操作し、獣人というべき異形の生命体を作り上げていたのだ。恐ろしくなったダグラスは、アイッサの助けを借りて島から逃げ出そうとするが、無数の獣人たちに取り囲まれる。そこに異様ないでたちの博士が登場。


 連れ戻されたダグラスは、遺伝子工学の粋を極めて、“完璧に純粋無垢な”生物を産み出そうという博士の夢を批判する。やがて、掟を破って動物の肉を食べた豹男のローメイ(マーク・ダカスコス)が裁判にかけられて処刑されたことを契機に、獣人たちの間に不満の空気が生まれ始める。


 そしてついに、ハイエナ男(ダニエル・リグニー)をリーダーとする獣人の過激分子は、産みの親であるモローに反逆と復讐の牙を剥き、彼を血祭りに上げた。ダグラスはアイッサと共に逃げようとするが、彼女もやはりモローの創造物であった。


 アイッサはダグラスを守ろうと、獣人たちと戦って死ぬ。モンゴメリーも殺され、獣人の手に落ちたダグラスは一計を案じ、ハイエナ男たちを同士討ちさせて難を逃れる。かくしてダグラスは、生き残った獣人に見送られ、ボートで島を後にした。 』("MovieWalker"から引用)


(追記2) 「創元・岩波ウェルズ傑作選」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"岩波ウェルズ"と御入力ください。

第9382回「日本文学100年の名作 その3、1918年 指紋 佐藤春夫 ストーリー、ネタバレ」





 第9382回は、「日本文学100年の名作 その3、1918年 指紋 佐藤春夫 ストーリー、ネタバレ」です。この作品は、「新潮版・昭和ミステリー大全集」の巻頭を飾っている作品です。このシリーズも全作品をブログに取り上げていますので、冒頭部分を除き再掲することにします。


 ≪ 佐藤春夫は、毀誉褒貶の激しい文人だったようです。代表作は「田園の憂鬱」、「晶子曼陀羅」などです。後輩にに対しては、好悪がはっきりしていたようです。ウィキペディアから引用します。


 『 俗に門弟三千人といわれ、その門人もまた井伏鱒二、太宰治、檀一雄、吉行淳之介、稲垣足穂、龍胆寺雄、柴田錬三郎、中村真一郎、五味康祐、遠藤周作、安岡章太郎、古山高麗雄など、一流の作家になった者が多かった。また、芥川賞の選考をめぐる太宰との確執はよく知られている。


 自分を慕う者の世話はどこまでもみたが、自分を粗略にした(と思った)者はすぐに厚誼を途絶するという、ものごとを白・黒でしか見ない傾向があった。三島由紀夫も第二次大戦末期には春夫のもとに出入りし、初対面の折に「大家の内に仰ぐべき心の師はこの方を措いては、と切に思はれました」と記したこともあるが、三島が長篇小説「盗賊」(1948年)の序文を川端康成に依頼したことが春夫は気に入らず、以後は疎遠になっている。


 檀一雄は、川端家に遊びに行っても酒が出ないので閉口していたところ、春夫の家を訪れた折には春夫が下戸なのにもかかわらず気前よく酒を振舞われて感激し、それ以後弟子を自任するようになったという。 』


 「指紋」は70ページほどの短編なのですが、改行が少なくびっしりと書き込まれていますので、実質的に中編小説です。阿片をモチーフにした耽美的な作品に仕上がっています。ド・クインシー(イギリス人)の「阿片服用者の告白」についても触れています・・・・。


「ストーリー」

 一人称"わたし、佐藤"(春夫?)で物語は進みます。友人のR.Nは渡欧していました。いよいよ帰国するとの連絡が入ったのですが、一向に帰ってきません。戻ってきたのは、1年以上たってからでした。久々に会ったRはすっかり変わっていました。どうも阿片を常用しているようです・・・・。


 佐藤とのわずかな交情の後、Rはすぐに長崎に行きましたが、半年後には、追われるかのように東京に舞い戻ってきました。「佐藤、金を出すから新居を建て、私を住まわせてはくれないか」、Rは実に裕福だったのです。彼の申し出るままに、新しい家に一緒に住みます。


 Rの様子がおかしいため、召使いも置けません。佐藤の家内は、Rを狂人だと考えていました・・・・。Rはめったに外出しません、外出する際には必ず佐藤が同行しました。そんな時に、浅草の映画館に行ったのです。上映されていたのは、「女賊ロザリオ」でした。


 運転手がテーブルにつけた指紋が大写しされた時、Rの様子が変わりました。Rに促され、最後まで観ずに映画館を出ます。さらに、唐突に長崎に一緒に行こうと言い出したのです。長旅に疲れ果てた佐藤を引き連れ、Rが向かった先は、阿片窟のあった廃屋でした。


 大家の妻は、借りるか検討したいと話すRに鍵を渡します。カミサンは、「この家は、幽霊屋敷なんですよ、何日か泊まった後、必ず店子が出ていくんですよ」と話します。正直なカミサンです。Rは勝手知ったる我が家のように地下に行きます。


 そして、帰国後、長崎で起こった殺人事件について話します。阿片で混濁していたRが目覚めた時、傍らに死体が転がっていました。当時は、自分が殺したと思っていたのですが、そこに遺されていた懐中時計には、映画に映し出された指紋と同一のものが残されていたというのです。


 映画「女賊ロザリオ」で運転手役を演じたのは、ウィリアム・ウィルソンという男優でした。現在、ハリウッドで俳優活動をしているようです・・・・。長崎での事件に煩悶していたRは、指紋に関してはエキスパートになっていました。懐中時計に遺されていた指紋は完全に記憶していました。フィルムも手に入れています。佐藤にも確認させます・・・・。


 同じ指紋は、世界でただひとつ・・・・、そのことから判断する限り、長崎の阿片窟での殺人犯はウィリアム・ウィルソンしかいないことになります・・・・。その後、R.Nは亡くなりました。彼の遺品はひとつの箱に入れています。


 そんな時に、地元紙が阿片窟で白骨死体が発見されたと報じていました。体格から判断すると外国人のようです。佐藤は、懐中時計、映画フィルム、新聞記事などを保存することにします。Rの遺品の中には、「月かげ」と題した手記がありました。阿片服用時に見た白日夢が綴られていました・・・・(かなりの長文です)。


 ところで、佐藤のカミサンは御近所の奥さん連中にぼやきます。「最近主人がおかしいのよ。R.Nさんのキチガイが伝ったのかしら」


(補足) 佐藤春夫の肖像写真は、ウィキペディアから引用しました。推理小説の体裁をとっていますが、やはり耽美小説です。結末も、白黒つけるという内容にはなっていません。佐藤春夫は、ド・クインシーの阿片世界を再現したかったのだと思います・・・・。 』


(追記) 「日本文学100年の名作」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"日本文学"と御入力ください。

第9381回「朝松健編 神秘界 その10 明治南島伝奇 紀田順一郎著 ストーリー、ネタバレ」

 第9381回は、「朝松健編 神秘界 その10 明治南島伝奇 紀田順一郎著 ストーリー、ネタバレ」です。「神秘界 歴史編」の小説も、本作を入れて残り2編になりました。クトゥルフ神話をモチーフとした書き下ろしアンソロジーなのですが、極めて水準の高い作品集に仕上がっています。


 ところで、この30ページ余の短編を書かれた紀田順一郎氏は、「古本屋探偵の事件簿」(※)で強烈なインパクトを与えたミステリ作家です。どのような切り口でクトゥルフ神話に殴り込むのでしょうか。


「その10 明治南島伝奇」紀田順一郎著

 逓信省電気試験所で研究員のひとりとして勤務していたのが、滝口紹三でした。彼が所属する電極設計課が現在開発しているのが、高性能レーダーでした。私大出身の滝口に親身になって口を掛けてくれていたのが、やはり私大出身の佐野でした。


 佐野については、いろいろな噂がありました。役所の兼業禁止規定に抵触する小説を書いたり、マニアックなまでに超常現象などに興味を抱いたりしていると・・・・。滝口が婚約者の信子と切迫した電話のやり取りしているのを見かねて、「早退しろよ」と勧めてくれたのも佐野でした。


 ところで、父親を失くした信子は母親との二人暮らしです。そして、最近、祖父も亡くなっています。突然死でしたが、事件性などはなく自然死で間違いありません。そんな中、不審人物が家を嗅ぎまわっているから、滝口に泊まってほしいと言うのです。定時過ぎに退庁した滝口は早速、信子の家に向います。詳細な話は、信子の母親から聞かされました。


 最近亡くなった祖父の遺族から送られてきたのが、当時外交官だった祖父が南方諸島の調査団に参加していた際、ソロモン島で手に入れた「タンプワ」でした。直径50センチほど、かなり重い鯨の牙で作られた高額貨幣です、そのため、捕虜に対する身代金の受け渡しなどに使われていたそうです(グーグルでは検索不可)。


 賊は、どうもそのタンプワを狙っているようです。滝口は不寝番をするに当たり、母親から借りた「南洋探検実記」を読むことにします。調査隊長だった外務省の鈴木某が、明治23年に刊行したノンフィクションです。読みふけります。


 ですが、深夜異変が生じたのです。気のせいかと思いつつも、タンプワの置いた位置とか、形状が変っているように思えたのです。さらに、黴(かび)臭いと共に、巨大蜘蛛とも言うべき存在が、滝口の体を這い登り始めたのです。思わず、滝口は絶叫します・・・・。


 翌朝目覚めた滝口は、昨夜のことは夢かとも考えましたが、確信はありません。タンプワを厳重に包装し、「南洋探検実記」を持って研究所に出勤します。滝口の寝不足は課員たちにも隠しようがありませんでした。定時で帰ろうと誘ったのは佐野でした。


 滝口はこれまでの経緯を説明するとともに、タンプワと「実記」を見せます。佐野は「実記は熟読するから貸してくれ、タンプワは厳重な保管が必要だろうから、保管室に預けた方がいい」と忠告します。ここから、佐野の調査活動が始まります。


 信子の祖父につきましては、信子の母親も意外にほとんど知りませんでした。佐野はまとまった有給休暇を取ることにしました・・・・。1カ月があっという間に過ぎます、滝口と信子の結婚も1ヶ月後に決まりました。そんな時に佐野から声がかかったのです。信子と一緒に自宅に来てくれとのことでした。


 そこで、佐野は調査結果を丹念に説明してくれます。信子の祖父は、亡くなる直前、サンフランシスコで発刊されている英字新聞の記事に注目していました。キャボット博物館では、南太平洋の火山島(フィジー近海)で発見されたミイラと巻物を、高額で購入していたのです。そのミイラは、驚愕の表情を浮かべていたと言われています。


 そこで、夜間侵入したポリネシアンが惨殺されたという記事でした。ミイラを発見した貨物船の船長は、2匹目の泥鰌を狙い再上陸を試みましたが、島は既に海面下に没していました。火山活動の気まぐれで一時的に海面から浮上していたというのが実情のようです。


 祖父が海外にわざわざ連絡している点を考えますと、祖父はクンプワとこの殺人事件を関連付けて考えていたようです。そして、その加害者グループが、信子の家の周辺を嗅ぎまわっていたのではないか、佐野は推理を語ります。


 ミイラと文献から島での宗教について、佐野はさらなる推論を進めます。「当時、主神ガタノトーアに、トヨグと呼ばれていた神官が多数の生贄をささげていた。そのために、ガタノトーアがいます山に登っていたと、巻物には記されている。ミイラとの関連性については断言できないが、この神事と関連があったかもしれない。私はガタノトーアとは宇宙からの飛来者だと考えている」


 佐野の調査は丹念なものでした。現地での残虐な風習についても触れています・・・・。


(エピローグ その後) 滝口と信子は予定どおり結婚しました。しかし、翌年、研究所での漏電事故のために滝口は殉職しました。一方、佐野は逓信省を退職し、作家としての道を歩み始めました。そのため、保管室に置かれていたタンプワは、その存在そのものが忘れ去られ、東京大空襲により消失しています。


(追記1) 「古本屋探偵の事件簿」について書いたブログは次のとおりです。

「殺意の収集」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10387033952.html

「書鬼」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10387453000.html

「無用の人」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10387600297.html

「夜の蔵書家、その1」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10391527176.html

「夜の蔵書家、その2」 http://ameblo.jp/s-kishodo/entry-10391613682.html


(追記2) 「神秘界」について書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"神秘界"と御入力ください。

第9380回「日本文学100年の名作 その2、1916年 寒山拾得 森鴎外ストーリー、ネタバレ」

 第9380回、「日本文学100年の名作 その2、1916年 寒山拾得 森鴎外ストーリー、ネタバレ」です。「寒山拾得」に関する事項をウィキペディアから検索しますと次のようになります。


 『 寒山拾得(かんざん じっとく)は、中国江蘇省蘇州市楓橋鎮にある臨済宗の寺・寒山寺に伝わる寒山と拾得の伝承。またこれを題材とした以下(森鴎外、井伏鱒二、坪内逍遥)の芸術・文芸・芸能作品。 』


 『 (寒山の)伝歴は不明な点が多く、時代も初唐の人とされるが、それは『寒山子詩』の中唐以降の詩風とは一致していない。その名は、始豊県(天台)西方70里の寒巌を居所としていたことにちなむものとされる。その風姿は、痩せこけたもので、樺の冠をかむり、衣はボロで木靴を履いた奇矯なものであったという。


 食事は、国清寺の厨房を任される拾得から残飯を得ていたといい、寺僧に咎められると、大笑いして走り去ったという。虎を連れた姿で知られる豊干禅師の弟子とされ、豊干を釈迦、寒山を文殊、拾得を普賢の化身に見立てるものもある。』


 『 拾得は、中国で唐代に浙江省にある天台山の国清寺に居たとされる伝説的な風狂の僧の名である。豊干禅師に拾われて仕事を得たのが、名前の由来とされる。寒山と拾得は仲が良く、いつも子供のように遊び回っていた。その様子があまりに風変わりだったため、後世の人によって特別視され、寒山は文殊菩薩、拾得は普賢菩薩の化身とする説が生まれた。


 寒山と共に有髪の姿で禅画の画題とされる。巻物を持った姿で描かれる寒山に対して、拾得は箒(ほう)を持った姿で表現される。 』


 ウィキペディアからの引用で、この20ページほどの短編の紹介は終わっているようなものですが、とりあえず文豪のストーリーを追うことにします。なお、この短編は青空文庫に収録されています。


「その2、1916年 寒山拾得 森鴎外著」

 『 唐の貞観の頃だと云うから、西洋は七世紀の初日本は年号と云うもののやっと出来掛かった時である。閭丘胤(りょ きゅういん)と云う官吏がいたそうである。尤(もっと)もそんな人はいなかったらしいと云う人もある。・・・・ 』(作品冒頭)


 なぜ閭という人物が登場するかと言いますと、地方長官として赴任する直前、これまで悩みに悩んでいた頭痛をひとりの乞食坊主に治してもらったことがあったからです。その坊主の名前が、国清寺の豊干(ぶかん)でした。伝承では、釈迦に擬せられています。


 赴任早々、閭は豊干がいると言われている寺へ行きます。案内する僧に、ぐーたら坊主の拾得はいるかと訊きますと、寒山と遊んでいるとの返答でした。当時すでに、拾得は普賢菩薩、寒山は文殊菩薩と言われていたそうです。では、豊干は何ものであろうか、と閭は考えを回らせます。


 正式に自己紹介する閭に会った瞬間、寒山と拾得のふたりは「豊干がしゃべったな」と笑いながら言い、逃げ去ったそうです。


(蛇足) この後、森鴎外による「附寒山拾得縁起」のタイトルで、鴎外自身が創作メモを掲載されています。軽い雰囲気で書かれた中国咄に仕上がっています。


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第9379回「日本文学100年の名作 その1、1915年 父親 荒畑寒村 ストーリー、ネタバレ」





 第9379回は、「日本文学100年の名作 その1、1915年 父親 荒畑寒村 ストーリー、ネタバレ」です。新潮文庫が全10冊で企画した日本文学の歩みを編集したアンソロジーです。随時取り上げていきたいと思います。


 ここで、巻頭を飾る荒畑寒村の略歴を、ウィキペディアから写真と共に抜粋することにします。

 『 日本の社会主義者・労働運動家・作家・評論家。日本共産党と日本社会党の結党に参加するが、のち離党。戦後1946年から1949年まで衆議院議員を務めた。


 ・・・・ 堺利彦の世話で牟婁新報での新聞記者を経て平民新聞の編集に参画。同紙で同僚だった6歳年上の管野スガと内縁を結び、1907年に結婚した。1908年、赤旗事件で検挙されて裁判で有罪となり、重禁錮1年。入獄中にスガとは離婚。


 女性の側から三行半をたたきつけられた格好となったので、寒村は激怒し、2年後に出獄するとピストルを入手してスガを射殺しようとするが、果たせず、代わりに桂太郎首相の暗殺を企てたといわれるが、いずれも実行できなかった。しかし幸徳秋水(管野の内縁の夫)とも疎遠になったことで、結果的に幸徳事件(大逆事件)での検挙・処刑を免れた。


 ・・・・ そして山川均・猪俣津南雄らと1927年に「労農」を創刊、労農派の中心メンバーとして非共産党マルクス主義の理論づけを行った。日中戦争が始まると反ファシスト運動を主導した日本無産党にも参加した。しかし1937年に人民戦線事件で、山川・加藤勘十ら400名以上とともに検挙され、終戦まで投獄された。 』


 「父親」は、社会運動家が書いた私小説的な短編ですが、父親の視点に焦点を合わせています。


「その1、1915年 父親 荒畑寒村著」

 孝次の父親が東京に出てくるところから小説は始まります。10年前に49歳で亡くなった母親は、10人の子どもを生んでいます。長男の庫吉は旅順の攻囲戦で戦っており、満州を放浪していた孝次は日本に帰って来たものの、逮捕され今では吉祥寺に引っ越し、新聞社を立ち上げるとか言っていました。


 母親の死を契機に、孝次と父親は長年の確執がありました。娘のひとりから孝次のことを聞かされていた父親は、ふと息子の様子を見たくなった言うのが本音でした。永年東京で暮らしていた父親でしたが、今では横浜で商売をやっています。まず銀座界隈に出てきた父親は、八王子方面行きの発車時間を聞きます。


 このあたりの描写は、江戸っ子らしい活発な会話で構成されています。1時間ほどの待ち合わせ時間で汽車に乗り込んだ父親は、車中から車窓の外に拡がる田園風景に見とれます・・・。吉祥寺駅で降りますが、当時の駅前はまだ桑畑が生い茂っていました。


 息子の家を訪ねましたが、応対に出たのは、孝次の女房ののお光でした。孝次は外出していたのです。父親は当初、息子の結婚に反対していました。お光が遊女上がりだったことも一因です。ですが、お光と世間話をしているうちに、ほっとしてくるのを感じます。この女が女房なら、孝次も大丈夫だと・・・・。


 昼食を勧めるお光の申し出を断り、父親はふたたび汽車に乗り込みます。「彼は無理押し付けに押し付けると、却って反抗する性質(たち)なのだ。ジワジワと情を見せ、道理を説けば、決して解らないんじゃないのだから。然し子の女房の処へ頭を下げて、穏やかにさして呉れと頼みに往く!いや、是がいいんだ。是れで彼の心が静まりさえすりゃ……。」


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第9378回「中下咽頭癌 入院42~44日、奈落から一挙に浮上、これまでにない無痛状態」

 第9378回は、「中下咽頭癌 入院42~44日、奈落から一挙に浮上、これまでにない無痛状態」です。


 今回からこれまでの「中咽頭癌」ではなく、「中下咽頭癌」と表記させていただきます。実は転院前の病院での診断は後者だったのですが、下咽頭癌の症状はほとんど出ていませんでしたので、「中咽頭癌」とのみ表記してきたという経緯があります。


 咽頭癌の主症状につきましては、市民宇和島病院の公式ホームページが簡潔にまとめていますので、図を含めて引用することにします。





 『 上咽頭がんの症状には、鼻づまりや鼻出血といった鼻症状、耳管開口部をがんが閉塞することによって耳のつまった感じや難聴といった耳症状があります。さらにがんが頭蓋内に浸潤すると複視(物が二重に見えること)や視力障害、疼痛といった脳神経症状が出現するようになります。


 中咽頭がんでは、嚥下時(食物を飲み込むこと)の異和感、しみる感じなどの症状があり、やがてのどの痛みや飲み込みにくさ、しゃべりにくさなどが強くなり、さらに進行すると耐えられない痛み、出血、開口障害、嚥下障害(飲み込みの障害)、呼吸困難などの症状が出現してきます。


 下咽頭がんの初期には症状として嚥下時の異物感が出現します。その後、がんが進行すると咽頭痛や耳への放散痛が出現し、声がれ、血痰、嚥下障害、呼吸困難などが認められるようになります。 』


 中咽頭がんにつきましては、出血を除き全症状が顕在化しています。下咽頭癌につきましても、ほぼ症状が網羅されています。声がれは既に40日に達しましたので、間違いなく転移しているものと思われます。そして、上咽頭癌ですが・・・・。


 耳に疼痛がありますが、この症状は中咽頭癌でも現れますので速断はできません。また、鼻づまりにつきましても、他の原因も考えられます。一方、食べ物とか唾を呑み込んだ際、上咽頭部にも痛みを感じています。ただ、余命宣告を受けて既に1年を超えていますので、いずれの部位に転移していても不思議ではない状況です。


 ところで、先週はMSコンチンの副作用と鼻づまりによって入院以降最大の苦痛の中で過ごすことになりました。ですが、一挙に回復したのです。ただ、これがいつまで続くかとなりますと確信はありません。


 それでは、前日「41日目、6月27日(土)」の記事を再掲したうえ、日記風のメモを書き残しておくことにします。


 『 41日目、6月27日(土)・・・・ 平和な小康状態の一日でした。ですが、今週のささいな異変、鼻づまりと副作用がこんなにしんどい事態に発展するとは予想外な一週間になりました。仮に肺炎などになりましたら、一挙に・・・・、という事態になると思います。それも良し、と思える一週間でもありました。今晩も、極力10時まで起きていようと思います。 』、


42日目、6月28日(日)・・・・ 10時過ぎまで起きていたのですが、4時30分に目が覚め、結局二度寝はできませんでした。眠れない際には、横になっているより、起きていた方がはるかに呼吸が楽ですので、着替えて日常モードに切り替えることにしました。


 9時前、友人の誘いもあり、1時間半ほど幼い息子さんと一緒にR公園の最外縁部を散策しました。天気のいい日曜日でしたが、時間帯のせいか人出が少ないと言うのが実感でした。さわやかな気分で歩きます。副作用と鼻づまりで苦しめられていたことが嘘のようです。


 昼前から病院近くのネパール料理屋さんで、友人家族と一緒に食事をとります。普通の食事では食べづらいですので、スープ・カレーとデザート中心になりました。


 ところで、ホスピス病棟では毎日お風呂に入れるのですが、日付と曜日感覚を意識づけるために2日ごとに入っています。今日は入浴日に当りましたので、3時に入ることにしました。就寝は10時過ぎになりましたが、結局目覚めたのは4時半でした・・・・。


 おおむね副作用とか息苦しさは減じていることが体感できた1日となりました。


43日目、6月29日(月)・・・・ 実感として、入院後、最も平穏に過ごせた一日でした。いつまでも・・・・、と思いたいところですが、「好事魔多し」ということも頭に過ります。


 本日からテレビ局の本格的な撮影が始まりました。撮影の際には、病室で読書するか、散歩をするか、極力邪魔にならないように心がけています。


44日目、6月30日(火)・・・・ 昨夜も10時過ぎに寝ましたが、やはり目が覚めたのは4時半でした。苦痛が襲うのは常に就寝中です。ですので、日中の時間の早さには正直驚かされます。すっかり病院時間に慣れ、4時半起床になってしまいました。正午までにはたっぷり7時間半あるのですが、気が付けばあっという間に昼食の時間帯になっています。


 副作用としては、軽い眠気を終日感じています。それでも、今夜は11時過ぎまで起きていようと思います。入院前との違いには、正直驚かされる毎日です。子どものようですが、鎮痛剤の副作用でどうしようもなく眠くなってしまうのです。今後も、6時起きを目指して試行錯誤するつもりです。


(追記) 決して愉快な内容ではありませんが、ブログテーマ「ガン日記」に興味がありましたらアクセスしてください。

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第9377回「朝松健編 神秘界 その9、夜の聲 夜の旅 井上雅彦著 ストーリー、ネタバレ」

 第9377回は、「朝松健編 神秘界 その9、夜の聲 夜の旅 井上雅彦著 ストーリー、ネタバレ」です。


 40ページほどの短編ですが、散文詩に近いイメージを意図的に演出しています。そのために、旧漢字を多用し、地名、人名、普通名詞なども漢字による中国語風の当て字を使いルビを振っています。たとえば、


1. 老年爵士(オールド・ジャズ)

2. 怪鴟(ヨタカ)

3. 縻登(モダーン)

4. 公寓(マンション)

5. 歐州(欧州、ヨーロッパ)


6. 薩克斯管(サクソフォン)

7. 拉管(トロンボーン)

8. 聖誕老人(サンタクロース)

9. 花花公仔(プレイボーイ)

10. 武打多的電影(アクション・ムービー)


 これらの漢字がびっしりと書き連ねられています。著者の井上さんは、300ページの長編に匹敵するような手間をかけて、この短編を書きあげたのではないでしょうか。読むのもしんどい、と言うのが実感です。


 ストーリーは、極めて単純です、実在しない魔都シャンハイの一夜の出来事が描かれています。


「その9、夜の聲(声) 夜の旅」井上雅彦著

 男が借り切った専用列車が、上海に向かって驀進します。その豪華コンパートメントの中で、男が女を愛撫していました・・・・。女の名は亞麝(アジア)、彼女を手に入れたものは至高の権力を手に入れると言われています。


 そして、男の両手の触感はあたかも吸盤のような感じを与え、その手の色は深海魚を連想させるような色でした。ですが、亞麝は見慣れているからでしょうか、動揺の色はありません。上海に着いたふたりは、リムジンに乗り換え、租界(夷城)の中に建てられた賓館(ホテル)に向かいます。


 ラウンジでは、老年爵士(オールドジャズ)が演奏されていました。ですが、亞麝の存在は、白髪白髯の支配人を刺激しました。青蛙(チンファ)に合図します・・・・。しばらく経つと、数人の男たちがマシンガン片手に現れました。たちまち銃声が鳴り響きます。


 男は言います。「おれたちふたりは、武打多的電影(アクション・ムービー)の電影明星(ムービー・スター)だな」、逃げ出した男と女は、深夜の街をリムジンで電影院(映画館)に向います。ふたりだけの貸切でした。


 映画の題目(タイトル)は、「時光時逝(As time goes by)」です。男は映画の世界に入っていきますが、悠久の人生を送って来た亞麝(アジア)にとっては、所有者は変わっていくものだと覚めています。気が付けば、誰もいなかったはずの座席は、びっしりと観客たちによって埋め尽くされていました。


 そして、男は「今こそ屍解仙(シージェシェン)」と叫びます。その瞬間でした、男の体はガラスが砕かれるように崩壊し、魔都中の公寓(マンション)、大楼(キャッスル)、大厦(ハウス)などすべての摩天楼が咆哮したのです・・・。男をつけ狙っていた青蛙(チンファ)の首が転げ落ちます。


 男はいつか戻ってくるかもしれない、亞麝は夜の聲を聞くために耳をすまします。


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