概念:佐藤篤代/西暦2016年前半(31)
西暦2016年5月8日:日曜日

前半(31)
【『A・Course・in・Miracles』
因果の結果を受け取る特別性】

①【A・Course・in・Miracles】原文引用+『因果の結果を受け取る特別性―
完全解決だけが、後に何も残さずに全てを終わらせる。問題という全てを完全に終わらせる。それだけが完全解決法だ。完全解決法以外の全てが、エゴが完全解決させないようにする為に作った解決できない解決法なのだ。エゴは完全解決させない。エゴとは正反対の作用、【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】だけが完全解決へ導く。完全解決だけを望むか、それともエゴが作った解決できない解決法を大事にし続けるか、この2択だけがある』
②『偶像は必ず堕ちる』。楽園の主人公達がどんなに楽に緩く仕事をする為にゴリ押しし、その為に邪魔な者、主人公達の特別性を危うくさせる邪魔者をスケープゴートに仕立てあげて排除しようとも。排他的楽園は永続しない。スケープゴートへのあらゆる糾弾は必ず主人公へ返されるからだ。【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用により、エゴの、特別性で世界に呪縛する手段でしかない主人公達(偶像)は、スケープゴートを堕とした手段で堕とされる

【①【A・Course・in・Miracles】原文引用+『因果の結果を受け取る特別性―
完全解決だけが、後に何も残さずに全てを終わらせる。問題という全てを完全に終わらせる。それだけが完全解決法だ。完全解決法以外の全てが、エゴが完全解決させないようにする為に作った解決できない解決法なのだ。エゴは完全解決させない。エゴとは正反対の作用、【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】だけが完全解決へ導く。完全解決だけを望むか、それともエゴが作った解決できない解決法を大事にし続けるか、この2択だけがある』】

しばらくは去年西暦2015年の続きで「特別性」に関する概念記事を書いていく。この概念は徹底的に書き尽くし、どれほどエゴが「特別性」を死守し欺きの手段としているかをはっきりさせる。
今回西暦2016年前半概念(31)では、
【A・Course・in・Miracles】原書
second edition
ワークブックLESSON133
2~4
を提示していく。
前回は5~7を引用している。

西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
前半(30)【A Course in Miracles】特別性で矛盾を覆い隠す結果
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12156839537.html

この辺りは、『「除外」、「排除」、「排他性」、「迫害」、「スケープゴート」を作り出すのが「特別性」である』という方向性を書いている。
たくさん書ききりたい内容があるので、【A・Course・in・Miracles】原書は分けながら提示している。

今回西暦2016年前半概念(31)では
『因果の結果を受け取る特別性―
完全解決だけが、後に何も残さずに全てを終わらせる。問題という全てを完全に終わらせる。それだけが完全解決法だ。完全解決法以外の全てが、エゴが完全解決させないようにする為に作った解決できない解決法なのだ。エゴは完全解決させない。エゴとは正反対の作用、【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】だけが完全解決へ導く。完全解決だけを望むか、それともエゴが作った解決できない解決法を大事にし続けるか、この2択だけがある』
という方向性の内容だ。
【A・Course・in・Miracles】原書引用箇所は直に特別性とは結び付いてはないが、②を説明するのに解りやすいと思ったので引用した。
この辺りでは原文引用よりも、②からの内容を書き尽くすことに重点を置いている。

サブタイトルが似たようなものだらけになってる気がするが、まあ、言っている主旨はいつも同じで、いつも違った例を掲載してるからだし仕方ないのかな。言っている主旨に関する例を色々と挙げているという形なわけだからこれでいいのか。

【A・Course・in・Miracles】で言う『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』という主要概念。仏教で言う意味に近い幻想。


「brother」、「the holy relationship」等の概念は特別性を死守するエゴの目的ゆえ、例外を作り出す為の算段でしかない。

故に、すべき全ては、徹底的に【例外なく】「特別性を否定し、棄てる」方向性を追究することだ。何も鵜呑みにしない。断定しない。常に歪みを受け入れさせられている可能性を考慮に入れ、とことん「特別性を否定し、棄てる」方向性を追究する。そうしなければ、必ず歪みを受け入れさせられている。

エゴがどれだけ徹底的に特別性を死守するのかを目の当たりにすれば、その必要性が理解できる。

実際は一切、徹底的に、例外はない。
エゴの魅力の魔法から完全に醒めれば理解できる。

実際は、「聖霊」として歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用により、エゴが作った全て、特別な関係をはじめ、知覚ある世界の全てが再利用されて、全て幻滅へと持っていかれる。
幻滅しなければ、棄てられないのだ。

特別な関係は幻滅の為に再利用されるということだ。

特に特別性は、幻滅がなければ絶対に棄てられない。

西暦2016年段階では本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】自体を歪みだと見ている。神概念も癒しも歪みだ。聖なるキラキラもエゴのアメだと疑ってかかる必要がある。
「student」、「teacher」は矛盾であり、歪みでしかない。
故に『神の使者』も同様だし、日本語訳で更に歪んでいる。
それを踏まえた上で引用するのは、知る過程では欠かせないからだ。

また、原書にある「learn」は「知る」、「teach」は「知らせる」と意味を取らなくては歪みにハマり込む期間がそれだけ長くなる。
故に「teacher」は「知らせる者」、
「learner」は「知るべき者」。
しかも「知らせる(段階の)者」、
「知るべき(段階の)者」。

「heal」とは「癒し」ではなく「エゴの思考システムに囚われた状態から正常な(『聖霊』要するに【終わらせる為に作用する何か】の)思考システムへの移行」というようような意味で捉えるべきだ。

【A・Course・in・Miracles】の『illusion』と『dream』は仏教で言う意味に近い意味。『世界は幻想』という意味。
『knowledge』は『知っている状態』位にとるべき。「知識」だと全体の意味がとれなくなる。

▽以下引用

LESSON133

2. You do not ask too much of life, but far too little.
When you let your mind be drawn to bodily concerns, to things you buy, to eminence as valued by the world, you ask for sorrow, not for happiness.
The course does not attempt to take from you the little that you have.
It does not try to substitute utopian ideas for satisfactions which the world contains.
There are no satisfactions in the world.

3. Today we list the real criteria by which to test all things you think you want.
Unless they meet these sound requirements, they are not worth desiring at all, for they can but replace what offers more.
The laws that govern choice you cannot make, no more than you can make alternatives from which to choose.
The choosing you can do; indeed, you must.
But it is wise to learn the laws you set in motion when you choose, and what alternatives you choose between.

4. We have already stressed there are but two, however many there appear to be.
The range is set, and this we cannot change.
It would be most ungenerous to you to let alternatives be limitless, and thus delay your final choice until you had considered all of them in time; and not been brought so clearly to the place where there is but one choice that must be made.

△以上引用

「stressed=強調する(している)」
という意味なのに、下手に【異世界】で歪めない方がいいよ。
辞書に載ってるから。
この意味が取れないのは、英語できない人か馬鹿になるだけだが、それでいいなら歪めれば?バカでいいなら。
特に物質主義者レベルの代表格【医者系】の【異世界】が歪めそうだが、《英語できない信じられないバカ医者》のレッテル覚悟で歪めなよ。

【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON133
2~4
(P245)



【②『偶像は必ず堕ちる』。楽園の主人公達がどんなに楽に緩く仕事をする為にゴリ押しし、その為に邪魔な者、主人公達の特別性を危うくさせる邪魔者をスケープゴートに仕立てあげて排除しようとも。排他的楽園は永続しない。スケープゴートへのあらゆる糾弾は必ず主人公へ返されるからだ。【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用により、エゴの、特別性で世界に呪縛する手段でしかない主人公達(偶像)は、スケープゴートを堕とした手段で堕とされる】

毎日のリンク集記事を書いている最中、概念記事リンクを扱っている最中に、スマートフォンがいきなり再起動となった。たまに生じるのだが、大概その前に地震があったりして、余程この時点、あるいは記事がエゴにとって不味いのだな、と判る。
しかも、その原因の領域も目に見えてはっきり浮上する。大概そうなのだが、北隣【近藤】(仮)系の【異世界】の影響。近接地南面リビング外異常設置ごみ箱を執拗にいじくりだすタイミングが、「これが原因でした」と自白しすぎ。ゴールデンウィーク中で飛んでなかったヘリがいきなり飛び出すし、消えてるタイミングで西の道を通った女子供声も関連している。異常ヘリを引き起こす要因は北隣【近藤】(仮)異常ごみ箱設置の領域だったわけだ。こんな栃木県宇都宮市のど田舎をヘリが飛ぶ時点で異常なのだが、その異常ヘリの原因というわけだ。世界がかけ離れすぎているからだ。全く迷惑な。再起動で数分の時間ロス。だが、崩す為の材料になるならば、プラマイゼロだ。

しっかし…北隣【近藤】(仮)で取り繕い関連づけで世界の作り直しをすれば、犯罪やストーカーや異常行為や異常現象や『場違い過ぎ』や世界構造の著しい違いになりすぎているというのに、まだまだやる気かよ。北隣設定自体を捨てないと本当にどんどん犯罪度が激しくなり、違いが激しすぎて『場違い』過ぎ行為度が加速していくだけなのに。
世界構造の違いがどんどん浮き彫りになるだけなのに。

北隣【近藤】(仮:50才前後役所系公務員男)の『ねずみ色パーカー』の異常さを指摘した途端、道行く男、窓などから見える通行人男、テレビでインタビュー受ける男……と数日は視界と視界に入ってきて気持ち悪い位だったのに、まだねずみ色パーカー着るんだな……呪いにしか見えないから、もうグレーとかパーカーは選ばないようにしようと思った位だ。 駐車場や庭を彷徨いてるだけで本当にもう既に深刻レベルな不審者状態なのに、まだ彷徨くなんて……
【異世界】が北隣設定をやめないからだよ。

しかし、車の座席シート足元をホウキで掃くなんて、初めて見たが、頭がおかしいんかとしか思えないね、北隣【近藤】(仮)。余程駐車場を彷徨く理由を作りたいみたいだが、やはり全ての動きが異常だ。
更に、靴を洗って干して玄関出入りする理由を作り関連づけたいんだろうし、特に風呂時を狙いたいんだろうが、何故いつも日陰になる玄関に干すのか。書いたせいか、今回はかなり後で日向に置き直したが、ならば東のベランダに干すのが最善だろ。昼頃までは日差しが当たる筈だし、そのまま干しておける。日陰の玄関に干すくらいならな。そしていつもはずっと日陰の玄関に干してる。本当に玄関出入りする理由を作りたくて仕方ないみたいだ。
それ以前に、靴は普通、外の水道で洗うよね。水道があるなら。砂利とかそういうのが排水溝に流れるし。そして北隣【近藤】(仮)には外に水道がある。50才前後の家と70~80代の家の合間の通路だか、中央か東方向にある。ここからは見えないが。風呂場で洗うのは、確実に風呂場に入り浸りたいからとしか言いようがない。やってることが不自然なんだよ、全て。
こうして見ると、本当に、関連づける為の動きしかやらないから、動きが不自然になっている。
やはり、世界構造の違いが壮絶すぎて、実質どういう仕事をすればいいのかわからないのだな、と公務員系について思うわ。ずさんさとか不正犯罪ニュースが多発して当たり前だな。


[その他]但書一部
メッセージは見ないで削除しています
やるなら公然とコメントでやれ。無論、【但し書き】にも書いてるように容赦ないツッコミしかしない。
どんな内容でもこのブログには例外なく【異世界】の別人へのメッセージ、インチキしか来ないから、返されるのは矛盾ツッコミだけだと覚悟してやれ。
公然とツッコミされるのが不味いためにメッセージに走るのは判ってる。
その取り繕いの逃げ口を絶つ為に書いている。
以上

【但書】だけではなくこの記事にも、メッセージは受け付けない旨が書かれており、全てのブログ記事で【但書】を必ず見るか、直ちにブログを去るかにするよう促している。
それが見えないのか?
それとも【但書】無視の喧嘩売りか?
にしかならない。
西暦2016年5月6日:金曜日に発見した(前日午後か当日来ていた)レオ』という名のメッセージ、喧嘩売りか、見えていないかのどちらかなんだよ。
それ以前に見るわけない削除されるだけのメッセージを書き込む奴は頭がおかしいと前々から言ってるだろうが。
『レオ』という名だけに、自分を百獣の王だと勘違いしてる【異世界】なんだろうが、単にメッセージするだけで、頭がおかしい異常者にしかならないとそろそろ判れよ、【異世界】。
その為の【但書】であり、絶対に見過ごせないようにあちこちに【但書】への誘導がある。しかも、ブログ前面タイトル一覧を見れば、【但書】を見る必要性が一目瞭然状態なんだよ。

【異世界】は【異世界】。世界に違いがあり、『別の世界』であり完全に別れていて何も繋がっていないから【異世界】なんだよ。全くの別もの。

だから、いくら関連づけるために躍起になって【異世界】の要素を関連づけて誤魔化して作っても、『違い』は消滅させられない。一致させられないんだよ。
そして、こちらの領域の方が後に作られているからこそ、更に『違い』を隠すためにごまかし続けることは不可能。その作り直しのごまかしをうち破るために、後から絶対的な『違い』が作られるからだ。
エゴは【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】にそう作らざるを得ないように誘導され、否応なしにごまかしを崩す為に後々作らされる。

それが判らずに、【異世界】を取り繕う為に、【異世界】から漏れた要素を世界に採り込んで歪めて作り直しをしても、いずれ必ず『漏れた実際』との『違い』が突きつけられ、ごまかしを崩される。

だから、最後にエゴが作らされた主人公(本物)に関連づけてあらゆる要素を歪めながら各世界で世界を作り直しても、各世界の主人公達への直接的か間接的な関連づけは『一致』できない。最後の本物は全ての主人公の特別性を崩す為に、エゴが『作らされる』からだ。
主人公達の特別性を死守する目的で、絶対に『一致』はできない。本物は最後の主人公だからだ。その他の脇役ではないからだ。どんなにスケープゴートに仕向けようとしてきたとしても、最後にエゴはスケープゴートを主人公とした世界を作らざるを得なくなる。だからこそ、世界自体が絶対的に違うから『一致』は不可能なのだ。
だから、いくら医者系メインとかの領域が本物を病気にさせて、病院へ通わせたり入院させることで関連づける為に躍起になって作っても、『別人』となるだけなのだ。このせいで本物は酷く迷惑しているから、医者系主人公達の関連づけの為には、絶対的に病院へ行き医者に関わるような自体には陥らない。その他の主人公達も、病院で行き合いたくても不可能。本物は病気にはなれない。だから本物は大病したことがない。医者とは何か、病気とは何か、病院とは何か―そのエゴが作った目的を知るため以上には病院とは無縁だったのだ。病気も知覚もエゴが作ったインチキ―それが判った時点で軽くとも病気になる筈がない。インチキを現実の病気にはさせないように作られるからだ。そのような最終結果しか作られない。家族で間接的に関連づけしたくて仕方ないようだが、それも同様、そう関連づけたい領域の主人公達の特別性を崩す為以外には行われない。
【終わらせる為に作用する何か】の作用がエゴにそう作らされる。

主人公達の特別性を死守する目的で漏れた要素に関連づける限り絶対的に『一致』はできない。何を作り直そうが、『一致』できない限り、先には進めない。作り直しが延々と続き、『一致』できるまで『実態』で崩されるのみ。

北隣【近藤】(仮:50才前後公務員夫妻:西暦2016年)は、最後の本物に関連づける為に歪めて躍起になって、ルーティーンのタイミングや直接の動きのタイミングを狙いすました重度のストーカー的動きしか取らない世界の作り直しをしているが、世界が絶対的に違うから『一致』できない故に、何度もやり直しを余儀なくされる。
漏れた本物の動きを追いかけて歪めながら世界を作り直しをする為に、仕事をサボってもネックにしかならないということだ。『一致』できないから必ずやり直しとなる。その過程でサボりはマイナスしか引き起こさない。
西暦2016年5月6日:金曜日は平日なのに北隣【近藤】(仮)は公務員夫妻揃ってサボりなんか異常すぎる。関連づける為だけに。ゴールデンウィーク中ずっと家にいたくせに。数日前救急車で運ばれた親の入院は骨折的なものなのだから、母親を病院へ朝夕送り迎えした程度なくせに、そんなのはサボりの理由にはならない。家でのうのうと関連づけストーカーしかやってなかったくせに。ゴールデンウィークの合間の平日なんか誰でも休みたいが、誰もが休んだら業務が成り立たなくなる。だから、サボるにサボれない空気がある筈であり、サボったら顰蹙ものだ。しかも、小学校教師なんかがサボったら、児童に示しがつかない。あり得なさすぎる無責任さだ。病欠はこのタイミングでは普通サボりだと思われる。これで職場で孤立してなかったらインチキだ。サボり過ぎる奴は顰蹙を買い陰口非難されて孤立する。何故なら、そいつがサボった分の仕事の皺寄せが周りに行くからだ。大変な時にのうのうとサボりそいつの皺寄せが来たらそいつは恨まれる。北隣【近藤】(仮)はだから一切という位に交遊関係がないのだろうとも見えるが。
要するに、仕事をサボっても実際問題として害しかないわけだ。マイナスしか降りかからない。というか、そんなにサボっていて、自分の仕事が溜まって自分の首を絞めないのかとも思うが、だからこそ公務員の仕事のずさんさニュースが次々に出てくるわけだ。
TVコマーシャルで『飯食うために会社に来てるとは思われたくはなかったが』とかサラリーマンが考える台詞があるが、まさに『職場に不必要な役に立たない無能な人間』しかそんなにはサボれないのだが。北隣【近藤】(仮)でサボりを押し通す型はそれに当てはまりすぎてしまうがそれでいいのか?

どうせ、世界の違いは覆せないのだから、最後の本物に関連づけて世界を作り直しても、その『違い』によりやり直しが繰り返されるだけなのに。世界自体が絶対的に違うから、絶対に『一致』できない。ならば関連づける為に躍起になって作ら自体が無駄なんだよ、世界の作り手エゴ。

エゴがスケープゴートにしたがってきた最後の本物を主人公としてそのまま世界を作るまで、無駄なやり直しが繰り返される。

関連づける為に躍起になりすぎて、各世界の主人公達はどんどんマイナスへと堕ちていくだけ。北隣【近藤】(仮)で主人公をやればやるほど、犯罪、ストーカー、異常行為、異常現象、実質的な仕事や動きをしていない異常さ、常識や規範や普通や世界構造の違いが決定的に突きつけられて、エゴが特別性を死守したい主人公達こそがあらゆる異常者になるだけだ。

スケープゴートへ押し付けたマイナスの要素を、主人公達が当てはまるという結果を突きつけられる。

【A・Course・in・Miracles】で言う『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』という主要概念。仏教で言う意味に近い幻想。


西暦2016年5月7日:土曜日
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160506-OYT1T50030.html
三宮暴走、向精神薬を服用か…影響を慎重に捜査
神戸市の中心街・三宮のJR三ノ宮駅北側で3日、乗用車が暴走し、歩道にいた5人が重軽傷を負った事故で、車を運転していた無職の男(63)の尿から向精神薬の反応が検出されたことが、捜査関係者への取材でわかった。
男は「約10年前からうつ病で通院している」と話しており、兵庫県警は、治療薬として向精神薬を服用していた可能性があるとみて、運転への影響の有無について慎重に調べる。
捜査関係者によると、男は調べに「事故直前から記憶がない」と供述。助手席に同乗していた男の息子(22)は「(暴走時に)呼びかけたが、反応がなかった」と説明しているという。
専門家によると、うつ病の治療に用いられる抗うつ剤などの向精神薬の中には、意識がぼんやりするものもある。県警は、詳細な鑑定を行い、男が服用していた薬の種類について確認を急ぐ。
以上ニュースから引用

完全解決以外の全ての解決法が、副作用や弊害や再発をもたらす。
全ての薬という解決法では完全解決は不可能。だから弊害が出る。

完全解決だけが、後に何も残さずに全てを終わらせる。問題という全てを完全に終わらせる。それだけが完全解決法だ。

完全解決法以外の全てが、エゴが完全解決させないようにする為に作った解決できない解決法なのだ。

エゴは完全解決させない。
エゴとは正反対の作用、【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】だけが完全解決へ導く。

完全解決だけを望むか、それともエゴが作った解決できない解決法を大事にし続けるか、この2択だけがある。

そして、エゴの取り繕いは完成しない。必ず失敗に終わり、弊害とボロが出すぎて取り繕い自体が崩壊の原因となる、自滅へ陥らされる。

世界を取り繕う為にこの領域での5月に夏としてやりたくとも、夏の取り繕いは成立できない。北隣【近藤】(仮)で夏休みをずっとやり直している領域があるが、絶対的に崩壊の原因となるだけとなる。
サボり過ぎた言い訳に夏休みに見せかけたいんだろうがな。

違い過ぎる世界の取り繕いは、世界構造の違いを浮き彫りにさせるだけ。
以下のように、世界構造の違いから、仕事の実質的なやり方の違いが生じ、【異世界】は不正や犯罪になる。
その位に世界構造が違いすぎるから、エゴの取り繕いによる世界のやり直しは必ず実態が突き付けられて破綻する。

楽に緩く仕事をして生きたい楽園の【異世界】の仕事は、ずさんさ、データ改竄等のニュースとして違いを突きつけられる。この領域で魔法は通用しない。

【A・Course・in・Miracles】で言う『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』という主要概念。仏教で言う意味に近い幻想。

西暦2016年5月6日:金曜日
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160506-OYT1T50118.html
羽田工事データ改ざん、滑走路の液状化対策で
羽田空港のC滑走路で、巨大地震に伴う液状化現象を防ぐための地盤改良工事で施工不良があり、これを隠蔽する施工データの改ざんが行われていたことが6日、わかった。
施工した中堅ゼネコン「東亜建設工業」(東京都新宿区)が明らかにした。同社東京支店長(当時)の判断で仕様書通りに施工したかのようにデータを書き換え、発注者の国土交通省に報告していた。
同省は、C滑走路の通常利用に安全上の問題はないとする一方、現状では液状化対策が取られていないため、同社から原因究明や再発防止策の報告を待ち、再工事の実施を検討する。
同社や同省関東地方整備局(横浜市)によると、工事は同社が主体の共同企業体(JV)が約33億円で受注し、昨年5月28日~今年3月18日の工期で施工した。
施工不良があったのは、同社の担当区域のうち、幅60メートルあるC滑走路北西端の長さ計75メートルの地盤。同社は独自工法の「バルーングラウト工法」を採用。滑走路脇から滑走路直下へ地中を斜めに掘削して管を通し、薬液計約1250万リットルを注入する計画だった。薬液を地中に注入すると、地下水がゲル化して直径約2メートルの球状の塊(バルーン)となり、地盤を強固に改良するものだった。
以上ニュースから引用


西暦2016年5月7日:土曜日
http://mainichi.jp/articles/20160508/k00/00m/040/055000c
7日午前9時45分ごろ、栃木県那須町豊原乙の国道4号で、大型トラックなど計4台が絡む事故があった。乗っていた8人全員が病院に搬送され、軽ワゴン車を運転していた福島県西郷村熊倉折口原、家電販売業、小森三千世さん(61)が全身を強く打ち、約3時間後に死亡。2人が胸の骨を折るなどの重傷、男児3人を含む5人が打撲などの軽傷を負った。
那須塩原署によると、現場は片側1車線の直線道路。小森さんの軽ワゴン車と対向してきた軽乗用車が衝突。後続の乗用車などがさらに衝突したとみられる。事故の詳しい原因を調べている。
以上ニュースから引用

西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
前半(30)【A Course in Miracles】特別性で矛盾を覆い隠す結果
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12156839537.html

【A・Course・in・Miracles】で言う『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』という主要概念。仏教で言う意味に近い幻想。

エゴは取り繕いで世界作るの本当にやめたらいいと思う。違いしか浮上しないのに。西暦2016年前半(30)概念で書いた、西暦2016年5月2日:月曜日に発生した栃木県宇都宮市中心街での【人間レベル】における理由のない結果と帰した『大惨事レベル』の異常渋滞の取り繕いだよ。兵庫県神戸市三ノ宮に引き続き、那須での取り繕い。

栃木県の那須は宇都宮市中心街からは車で公道で走って2時間以上はかかる。どう頑張っても宇都宮市中心街には影響が来ないし、栃木県内有名な観光地から遠い宇都宮市では観光地の渋滞が影響しない理由。那須だけに、金持ち系県外系がやり直しをしたのだろうが、那須は宇都宮市中心街からはかなり遠いんだよ。
浅ましいやり直しもうやめなよ。

あの渋滞はニュースになれなかった、渋滞自体がエゴが作ったインチキであると証明するもの。矛盾を取り繕う為の世界の作り直し、関連づけて取り繕う為の誤魔化しが、逆に全てが『インチキ』である証拠となってしまった顕著な例。

知覚ある世界の全ては、例外なくエゴが作った作り物のインチキでしかないという証拠として、エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】に再利用されただけ。

全てはエゴの欺きの目的で作られた、エゴの意図で動かされた、くだらない茶番劇に過ぎない証拠。

エゴが作った最後の世界ともなると、それで終わるだけに、世界全てがインチキ臭くて仕方ない証拠しか見せられないんだよ。

(泣)嫌だ…もう…北隣【近藤】(仮)がどうあっても関連づける為に庭を彷徨く理由として、あまりにも酷い異常行為をやり出した。気持ち悪過ぎて泣きそうだよ……
40年ここに住んできて、生まれて初めて北隣【近藤】(仮:50才前後公務員男:西暦2016年)がカメラを手にしてるのを見た。なのに、そのカメラは、カメラに拘っていないとまず絶対買わない望遠レンズ付きの、カメラマンとかが持ってそうな高性能すぎ的ごついカメラ。普通の人はデジカメですらなくスマートフォンで写真撮るこの西暦2016年に。一体何にそんなカメラ使ってんの……犯罪の臭いしかしないんですけど。ストーカーが対象を隠し撮りするのによく使ってるよね、そういうカメラ……。だが、そういうカメラに共通して思うのが「昭和時代をやりたいんだな」というインチキ臭さ。だからそういうごついカメラをまだ作る。そのごついカメラで、前日と同じ服で、北隣【近藤】(仮:50才前後公務員男:西暦2016年)が庭を彷徨きながら庭の花の写真を撮ってる姿を目の当たりにされてみろ。気持ち悪くて泣きそうになるから。
インチキ臭さしかない。
「突然何!?」位に異常なことをやり出しながら、エゴが北隣設定その他で関連づけの為に世界を作ると、こうも異様で気持ち悪くて仕方ないシチュエーションと化すわけだ。いきなり頭おかしい位に異様化するのだ。度肝を抜くから。ぎょっとして目を疑う異様さだから。

大体、北隣【近藤】(仮:50才前後公務員男とその親70~80代位老夫妻:西暦2016年)は、生まれたての野良猫をバケツの水で追い払うような、この領域ならば命の尊さを学校で道徳で学んだ筈なのに家庭でそれを全否定してしまうような残酷な行為をしていたくせに、花の写真なんか撮るなんて、あまりにもちぐはぐすぎる。70~80代老女に至っては、そんな残酷な行為をしているのに植物を育てるなんていう激しい矛盾を押し通している。あまりにもやっていることが支離滅裂だ。人間として破綻している。
小学校でうさぎや鶏等の動物を飼育する理由を何だと思ってんだ。命の尊さを学ぶためだろ。

しかも、北隣設定で庭や駐車場を彷徨く理由を作るために躍起になりすぎるから、北隣【近藤】(仮:50才前後公務員男:西暦2016年)はメルセデス・ベンツ黒ワゴン車にビールの空き箱を積んだ数分後に別の車ハスラーに別のビールの箱を積む等という異様過ぎる行為となる。ビールの空き箱、何でそんなにしょっちゅう車に積むのかも意味がわからない。【異世界】では何か意味ある行為なのか?意味不明すぎて支離滅裂な動きばかりで、本当に異常者の彷徨きにしかなっていないのに、それに気づけていない。
エゴが世界の作り直しをしたからこんな異様な行為となったのだろうが。【人間レベル】では説明できない行為ばかりで、とても人間の動きとは思えない。

関連づけの為の理由づくりは、特に北隣設定ではもはや、犯罪、異常行為、認知症的動向、超常現象その他全ての異常にしかならない。
それがまだ判らないらしい。


以外、シェイクスピア『リチャード三世』から引用。

『ブラッケンベリー:王侯貴族は勲爵を頼みに傲り輝くが、そのうわべの栄誉は、所詮、心の悩みをもって贖わねばならぬ。世人の想いも及ばぬ快楽を求めて、しかもそれが得られぬままに、不安な煩いを山と背負いこむのだ。となれば、位高き貴族も市井の無名人もそのうわべの名声以外、何の変りもありはしない』

『マーガレット:そのとき、お前に言ったはず、その傲れる姿も、見せかけだけの飾り文字、吾が身の上の引き写しだとな。こうも言った、あわれな影法師、絵に描いたお妃、かつての私の傀儡と。あれほど恐ろしい因縁芝居の開幕、人をいい気にさせる序言葉、あとで抛り出されるために、高みに押し上げられていただけのこと。二人のきれいな赤ん坊をあてがわれ、うまくだまされていた母親、夢の中の妃、その誇らかな、これ見よがしの旗持ちも、つまりはどこからでもねらい撃ちにできる的だった。もっともらしいのはうわべだけ、消える吐息、解ける水泡、ほんの出番を埋めるだけの道化芝居のお妃様。お前の夫は、今どこにおいでだ?兄弟は?二人の子供は?何が楽しみで生きている?お前のまえに膝まずき、懇願し、「お妃様万歳!」と、誰が言っておくれだ?お世辞を言ってくれる腰の低い貴族たちはどこにいる?うしろからぞろぞろついてくるお附きの者どもはどこだ?一人一人数えたててみるがいい、今の御身分がわかるというものだ、昔の仕合せな妻のかわりに、苦悩に沈むやもめが、楽しい母親のかわりに、母の名を怨み歎く女が、妃のかわりに、煩いの冠をいただく女奴隷がいる、かつては人にすがられた身が、今は頭を垂れてすがりつく、この私を蔑んだ女が、逆に私に蔑まれる、誰からも恐れられた昔と打って変って、恐怖におののく今の身の上。誰をも顎で指図した御身分だったが、今は洟をひっかけるものもない。正義の神が操る時計の針は一廻りしてしまったのだ、取り残されたお前はその餌食、昔の憶い出だけを胸にいだいて、それが今の身の上を責めさいなむ。私の位を奪いとったお前が、その悲しみだけをもらわずにすむと思うのか?…』
(エリザベスとリチャード三世の母へ向けた言葉)

西暦1500年代の文学の巨星シェイクスピアにすら表現できた、人間の因果。栄枯盛衰。他者に与えた種類を受け取るという因果応報。

まるでエゴが作った各主人公を言い表しているかのようだ。エゴの捨てゴマ。持ち上げるだけ持上げ、特別性の誘因手段として使えなくなった途端に捨てられる。まだ使えるならばスケープゴートとして使われるだけのエゴロボット。

主人公達が完全に堕ちたらそこでその世界は終わりであり、その主人公達の心情は表現はされない。まさに機械的。人間ならば必ずうわべだけの力を持ったが故の苦しみは生じるが、それすらも作られていない、『よい面』だけを見せて魅せたいエゴの作り物の世界。

『偶像は必ず堕ちる』

楽園の主人公達がどんなに楽に緩く仕事をする為にゴリ押しし、その為に邪魔な者、主人公達の特別性を危うくさせる邪魔者をスケープゴートに仕立てあげて排除しようとも。排他的楽園は永続しない。

スケープゴートへのあらゆる糾弾は必ず主人公へ返されるからだ。

【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用により、エゴの、特別性で世界に呪縛する手段でしかない主人公達(偶像)は、スケープゴートを堕とした手段で堕とされる。

それが判ってくるとエゴはスケープゴートの堕とし方を巧妙にさせるのだが、それはまた別の機会に。

シェイクスピアの悲劇ものは使えるとは思っていたが、やはり再利用で使える。【人間レベル】の時に読んでいた理由だわな。

再利用段階に入ってからは、なるべく小説等大人で簡単にやれる種類はやらない方がいいと考えて、再利用手段の材料として敢えて選ばなかった。大人時代で主人公達が『いいとこ取り』できやすくなる手段は避けてきた。主人公達が崩れるにはどうすればよいかだけ、エゴの欺きの目的が終わるにはどうすればよいかだけを考えて言動してきた。
しかし、漫画等を『43才(独身)からはやらない』という年齢制限を設けたことで、スケープゴート糾弾用として激しく利用される方向性しかなくなる位になってきた。こんな時期だからこそ、逆に文学とかは、特別性を崩すための再利用手段の材料として使えると思った。だからここでシェイクスピアとかを材料として使う為だけに読む。
やはり、予測は当たっていたようだ。どんどんスケープゴート糾弾用として利用しにくくさせてやる。一番やりづらくさせてやる。まだ43才までにはあと数年あるからな。
これが最後にエゴが作らされた個体。どうすればエゴの欺きの目的を崩せるかしか考えて言動してない。

佐藤篤代

概念:佐藤篤代/西暦2016年前半(31)
【A Course in Miracles】
因果の結果を受け取る特別性
西暦2016年5月8日:日曜日



西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
西暦2016年前半
(1)【A Course in Miracles】特別な関係の再利用
(2)【A Course in Miracles】特別性におけるエゴの目的
(3)【A Course in Miracles】特別性の裏切り
(4)【A Course in Miracles】個体の特別性誘引による弊害
(5)【A Course in Miracles】エゴによる特別性の例外作り
(6)【A Course in Miracles】特別性は真実を妨げる障壁
(7)【A Course in Miracles】スケープゴートを作る特別性
(8)【A Course in Miracles】不都合を排除する特別性
(9)【A Course in Miracles】罪をでっち上げる特別性
(10)【A Course in Miracles】戦争と排他性を作る特別性
(11)【A Course in Miracles】迫害と思想弾圧を作る特別性
(12)【A Course in Miracles】クズを罰したがるのが特別性
(13)【A Course in Miracles】高位が下位を拝する特別性
(14)【A Course in Miracles】選民意識の特別性
(15)【A Course in Miracles】価値観で落伍者を作る特別性
(16)【A Course in Miracles】排除は特別性の不可避的性質
(17)【A Course in Miracles】虐げの連鎖を作る特別性
(18)【A Course in Miracles】屈服と支配―高位の特別性
(19)【A Course in Miracles】違いで高さを死守する特別性
(20)【A Course in Miracles】絶対強者勝利=楽園の特別性
(21)【A Course in Miracles】弱者を踏み躙る楽園の特別性
(22)【A Course in Miracles】罪の悪循環の輪に陥る特別性
(23)【A Course in Miracles】異常者を作る特別性の末路
(24)【A Course in Miracles】特別性の中に真の救いはない
(25)【A Course in Miracles】特権で不都合を排する特別性
(26)【A Course in Miracles】不条理は楽園の特別性が作る
(27)【A Course in Miracles】不公平な楽園の特別性の歪み
(28)【A Course in Miracles】不当な発言力と特権の特別性
(29)【A Course in Miracles】矛盾を正当化させる特別性
(30)【A Course in Miracles】特別性で矛盾を覆い隠す結果

西暦2015年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111785865.html
後半
(42)【A Course in Miracles】エゴの欺きの手段;特別性
(43)【A Course in Miracles】特別な関係のバリケード
(44)【A Course in Miracles】特別性の赦し
(45)【A Course in Miracles】特別性を棄てる

西暦2016年(年号:平成28年)
申(さる)年現在

【佐藤篤代について】

[本物:佐藤篤代がブログで言う核]
【A・Course・in・Miracles】の核心
・知覚ある世界全てはエゴが作った幻想
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。

矛盾がない概念を採用し、その方向性を目指す。こうして矛盾と歪みをそぎおとしていけば、いずれエゴの欺き(幻想)の完全な終わりへ向かえると本物:佐藤篤代は考えるからだ。

『世界は幻想』とは【人間レベル】で言うと仏教的意味合いに近い。


[佐藤篤代]

佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。

本物は将来性のないニート
(西暦2016年)
佐藤篤代は西暦2016年1月17日(日曜日)で40才
栃木県宇都宮市のド田舎生れずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し




佐藤篤代の現段階の概念
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html

A Course in Miracles;世界は幻想という意味
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11740124334.html

西暦2016年版プロフィール
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111502426.html

43才になったらやらない一覧
http://simplog.jp/comment/11771884/23

ニュースリンク(西暦2014年4月~)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102638099.html

【但し書き】必ずお読み下さい
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12101838092.html













【但し書き】
メール、コメント、いいね等その他全部のコミュニケーションは迷惑だからやめて下さい例外は一切ありません
全て別人へのコメントにしかなっていません。
なされる全てが【異世界レベル】の【主人公(偽者)用コメント】でインチキだと判明していますので、「現実の他者」に対する対応は一切しません。
容赦なくツッコミします。そのコメント等の目的、大元を崩す為に容赦ないツッコミをします。

佐藤篤代

概念:佐藤篤代/西暦2016年前半(31)
【A Course in Miracles】
因果の結果を受け取る特別性
西暦2016年5月8日:日曜日